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魔力の不具合



 シエル様はしばらく私を膝の上に抱いて、肩に額を押し付けていた。

 私よりもずっと大きくて大人なのに、その姿は迷子の幼い子供のようにも見える。

 細身だけれどしっかりしていて、手足が長い。

 宝石人の特性なのかしら、服の下にも、何かごつごつとした硬いものがある。

 ざっくりと開いた服の胸元には赤い宝石がのぞいているのだけれど、その他にも宝石が浮き出ているのかもしれない。

 それは私の体にはないもの。

 私とシエル様の体のつくりは、女性と男性というだけで全く違う。

 なんだか、不思議。


「……すみません、リディアさん。あなたの方が、不安だと思うのに。……これでは、僕が慰められているみたいですね」


「え、ええと、その……私、こういうの、あんまり経験が、なくて……でも、安心します……。自分のこと、よくわからなくて……心配も、ありますけれど、シエル様がいてくれるって、思うと、怖いこと、ないって、思えるから……」


「安心──だけですか」


 耳元で涼しげな声が、密やかに言葉を紡いだ。

 私はびくりと体を震わせて、シエル様の肩に回していた手で、その服を掴む。


「な……っ、え、ええと……」


 どういう意味なのかしら。

 安心は、するけれど。ちょっと、緊張もしている。

 それは多分、シエル様がとても綺麗な方だからだろう。

 近くで顔を見ると、驚くほどに、整っている。宝石人の方々は体が鉱物でできているけれど、美しい方が多いみたいだもの。

 シエル様のお父様も、お母様もきっと、美しい方々だったのだと思う。


「……あなたは、男性が嫌いだと記憶しています。嫌だったら、僕を突き飛ばして、逃げてください」


「苦手ですけれど……もう、全員嫌いとか、そういうのはなくて。……シエル様、お友達ですから、不安な時は、私も手を繋いであげますね……?」


「ありがとうございます。こうして、体を重ねても、魔力の気配は感じない。けれど、手を絡めた時には、微かな気配を感じました。……魔力の性質まではわかりませんが、魔力の有無は、体に触れると、少し感じることができるのです」


「どういうことなのでしょうか……」


 シエル様の手が、するりと私の腰から離れる。

 シエル様の上に座ったままだった私は、急いでシエル様の上から退いて、立ち上がった。

 お友達だから、抱きしめてもらうのも、その逆も、安心するし、良いのだけれど。

 でも、なんだか恥ずかしい。

 シエル様は私の魔力の気配を探っていたのね。

 私には感じることができないのだけれど。

 シエル様も床から立ち上がると、何かを考え込むように腕を組んだ。


「可能性としては、二つ。元々あなたの体の中で、魔力の回路がうまくつながっていないという可能性。例えば川が、落石などで堰き止められてしまうように、体の中で何か不具合が起きている場合、魔力が体の中で凝ってしまうのです。魔力が凝れば、うまくそれを外側に発露することができなくなる」


「私、あの、体におかしいところ、ありませんけれど……」


「ええ。そうですね。……女神の加護ほどの強い力が体に凝っているとしたら、体に不調があってもおかしくはない。不調を感じることもなく過ごしていたとなると……その可能性は低いのでしょう」


「私、自分の料理を自分で食べていますから、だから、健康なのでしょうか……」


「どうでしょうね。ロクサス様から聞いたかもしれませんが、特殊な魔法というのは自分自身には効かないのです。女神の加護がそうだという確証はありませんが」


 シエル様は淡々と言いながら、目を伏せる。

 先ほどまでのシエル様は、繊細さと幼さのある、どことなく小さな子供のようにも感じられたけれど。

 今は、そんな雰囲気はなくて、しっかりとした大人の男性に見える。


「もう一つの可能性は、誰かが、あなたの力を封じているということ」


「誰かが……?」


「体の中の不具合は内因的な問題です。そうではないとしたら、外因的な問題が起こっているはず。魔力を体に封じ込められている、それも、ごく幼い頃に。……けれど、女神の加護を封じることができる者など、この世界にいるのか……」


「シエル様はとてもすごい、魔導師なのでしょう? ええと、ゆ、ゆげの、魔王、でしたか……」


「湯気」


「ゆーげ……」


「夕食……」


「お夕食の、魔王……可愛いです」


「可愛いですね」


 シエル様がにこにこしている。

 結局思い出せなかったけれど、シエル様が笑ってくださったので、よかった。


「相手の魔力を封じる……これはとても、難しいことです。一時的には可能でしょうが、リディアさんは十八歳ですよね。十八年近く、封じ続けるとなると、とても……」


「そうですか……」


「魔力を封じたことが、悪意からか、それとも善意からなのかはわかりませんが、慎重になった方が良いのでしょうね」


 小さい頃、私に何かが起こった。

 例えば本当にそうだとして、記憶を探ってみても、思い出せることは何もない。

 昔のことを考えると、頭の奥がずきりと痛む気がした。

 私は──何かを忘れているのだろうか。


「本当は、レスト神官家を探りたいのですが、下手に刺激をすると、あなたの身に危害が及ぶ可能性もあります。殿下のそばでフランソワ様は無邪気に振る舞っていますが……フランソワ様に女神の加護がないとしたら。……ただ、殿下に横恋慕した挙句、奪い取りたかった……だけなら、良いのですけれどね」


「シエル様が……恋の話をするのは、なんだか不思議ですね」


「僕は、恋とは縁遠いように見えますか?」


「ええと……はい。あんまり、想像できません。最初は距離が近いから、ルシアンさんと同じで、女誑しだと思いましたし、女性に大人気なのかなって思ったんですけれど……」


「僕は、見た通り、異形ですから。恐れられているでしょうけれど」


「シエル様は、きらきらしていて、綺麗ですよ。そんなことはないと思いますけれど……」

 

 私ははっとして、口を押さえた。

 まるでシエル様が、モテない、みたいなことを言ってしまったわね。

 それはそれで、とても失礼なのではないかしら。


「あ、あの! シエル様が、モテないとか、そういうことではなくて……っ」


「女性……もそうですが、人間に、僕はあまり、関心がないんです。……いや、なかった、と言うべきかな。だから、気にしなくて大丈夫ですよ」


 シエル様はそう言って、それから真剣な表情で私を見つめた。


「リディアさん。僕がずっとそばに、いられたらと思います。けれど、そういうわけにもいきません。何かあれば、すぐに呼んでください。それから、僕が渡した宝石を、離さないようにしてください。あなたの身を、守るでしょうから」


「……はい」


「今の話、僕は誰にも伝えたりはしません。……リディアさんも」


「はい、内緒です。シエル様と、二人だけの、秘密です」


 不謹慎だとは思うけれど。

 お友達と、内緒話をするみたいで、ほんの少し楽しい。

 お話が終わると、シエル様は私に甘い珈琲を淹れてくれた。

 シエル様のご自宅には何もなくて、インスタントの珈琲の入れ物は、研究用のビーカーだった。

 綺麗に浄化したビーカーにインスタントの豆を入れて魔法でお湯を注いで、角砂糖を入れてくれた。

 いろいろ心配なことはあるけれど、一番心配なのは、シエル様の生活よね。

 ありがたく珈琲をいただきながら、私はそんなことを考えていた。



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