魔王的なソーセージパンと、シエル様の新居
大衆食堂ロベリアは、基本的に水曜日がお休みである。
あとは私の気分によってまちまちなのだけれど、マーガレットさんも水曜日をお休みにしているというので、私もそうした。
それなので、お休みの日の朝、遅く起きた私。
身支度を整えたあとぼんやりしながら紅茶を飲んで、誰もいない食堂できのこ狩り大会のチラシを眺めていると、シエル様がやってきた。
「リディアさん、おはようございます。お休みの日に、すみません」
「シエル様! おはようございます。大丈夫ですよ、特に予定はなくて、ぼんやりしていました」
「ぼんやり?」
「ええと、はい……その、ぼんやり、です。シエル様、ぼんやりすること、ないですか?」
私は立ち上がると、ぱたぱたと小走りで調理場に向かって、シエル様の分のカップも持ってくる。
ケトルに沸かしてあったお湯をティーポットに追加して、シエル様に紅茶を淹れて差し上げた。
「シエル様は、ぼんやりしなさそうですよね。いつも、難しいことを考えていそうです」
「そんな風に見えますか?」
「ええと……はい。シエル様も、ルシアンさんも大人ですから、いろいろ考えることが多そうだなって、思って」
シエル様は「突然訪れたのに、紅茶を淹れていただいて、ありがとうございます」と丁寧にお礼を言ってくれた。
それから、テーブル席の椅子に私と向かい合わせで座った。
「ルシアン?」
「はい。ルシアンさん、昨日久しぶりにお店に来てくれたんですけれど、元気、ないみたいで」
「このところ、フランソワ様の思いつきが増えて、聖騎士団は振り回されているようですから」
「孤児院や療養所の視察が増えたって……あ、シエル様、朝ご飯食べますか? 私、これからなんです。昨日の残りのパンにソーセージを挟んで食べようって思うんですけれど」
「ありがとうございます。今日はお休みなのに、申し訳ないですね。お支払いはしますので」
「あ、あの、良いんです、今日はお休みですし、残り物なので……その、あの、サービス、です」
私──休日にお友達とお食事を一緒にとることができる。
そう思うとなんだか嬉しくて、頬が染まった。
にこにこする私に、シエル様は優しく微笑んでくれる。
「料理をするのなら、お手伝いしますね」
「は、はい……! シエル様が、朝食がまだで、よかったです。シエル様、ご飯食べないって、リーヴィスさんが心配していました」
「先日作っていただいたソーセージなら、食べました」
「ソーセージ以外で、何か食べたのですか?」
「そうですね。固形食料と、水を」
「シエル様……あの、私、お店開いていますから、ご飯、食べにきてくださいね……」
リーヴィスさんがシエル様を心配する気持ちがなんだかわかる気がした。
保存庫からシエル様の魔王的な赤いソーセージを二つ取り出して、油をひいたフライパンに並べる。
一度茹でているので中まであたためて表面をパリパリに焼くだけだから、結構早い。
じゅうじゅうとお肉の焼ける音と共に、香ばしい香りが漂いはじめる。
ソーセージを焼いているコンロの隣で、ソーセージを挟む用のパンを焼く。
パンの表面が少し焼けてあたたかくなったので、中央に切れ込みを入れて、シエル様が持ってきてくれたお皿に置いた。
シャッキリと水で洗って水気を切ったレタスを敷いて、その上にこんがり焼けた赤い魔王的なソーセージを置く。
ソーセージは大きいので、当たり前みたいにパンからかなりはみ出したけれど、これはこれで美味しそう。
その上から作り置きのトマトソースを少しかけた。
「できました! 朝ご飯からピリッと辛い魔王的な大きさのソーセージパンです」
「ありがとうございます。いつもながら、あなたの両手は魔法のようです。あっという間に、食事を作ることができてしまうのですね」
「シエル様は、差し上げたソーセージ、ご自宅でどうやって召し上がっていたのですか?」
「基本的には、皿の上に置いて、炎魔法で炙って、食べていました。美味しかったですよ」
「シエル様、……あの、ご自宅に、調理器具などは、ありますか……?」
「特には」
シエル様、大丈夫かしら。一人で暮らして、倒れたりしないかしら。ルシアンさんも心配だけれど、シエル様も心配よね。
私たちはテーブル席に戻ると、向かい合って朝食を食べた。
「やっぱり、ちょっと、大きいです……口に入れるのが、大変で。……でも、口の中に、いっぱい入れると、幸せな気持ちになります」
シエル様のソーセージは、パンに挟むには大きすぎる。
味は、ちょっと辛くて、目が覚めるみたいで美味しいのだけれど。
私はソーセージを口に含んで、口の中一杯になったお肉をもごもごと食べて、ごくんと飲み込んだ。
この食べ方は、淑女としてはあまり良くはないのだけれど、今の私は食堂の料理人で、淑女じゃないのでまぁいいかと思う。
シエル様は私を微笑ましそうに見つめながら、自分の分のソーセージパンを優雅な所作で召し上がっている。
小さな子を見つめるお兄さんの視線だ。
それは、オリビアちゃんに向けていたものと似ている。
「……ルシアンが殿下やフランソワ様にふりまわされているのは、リディアさんの噂を打ち消して、自分の功績を上書きするため……だと思います、リディアさんの料理が白月病を癒したという噂が広まっていることに、フランソワ様は危機感を覚えたのかもしれませんね」
「わ、私、フランソワと、競いたいなんて、思っていなくて……」
「ええ。知っていますよ。だから僕は、実をいえば躊躇っています」
「ためらう?」
「リディアさんに、僕の研究室へと来てほしいと思っています。あなたの力の真実が知りたい。……それは、リディアさんにとって、苦痛になるのではないかとも思います」
「……あ、あの、大丈夫です、私……私にできることなら、したい、って、思っています」
「リディアさん……」
「だから、一緒に行きますね。できることは、お手伝いするって約束、しましたから」
私はシエル様に遅れて、もぐもぐと朝食を食べ終えて、紅茶を飲んだ。
それらお皿を洗うと身支度を整えて、シエル様と共に大衆食堂ロベリアを出た。
今日の看板はずっとクローズのままだ。
お店の扉に鍵をかけて、秋晴れの街を歩く。
「そういえば、もうすぐ秋祭りがあるんですよ」
「秋祭り、ですか」
「はい。きのこ狩り大会があるんです。ルシアンさん、元気がなかったから、一緒に行こうって約束して……」
「きのこ狩り……?」
シエル様は不思議そうに首を傾げた。
私と一緒で、シエル様も世俗に結構疎いのかもしれない。研究室に籠ったり、お仕事ばかりをしているイメージだものね。
「きのこは、森の中の、木の根元とかにはえるんです。それをとるんですよ。手で優しく掴んでちょっと力を入れると、根本からポロッと取れるんですよ、きのこ。タケリマツタケは、きのこの王様って呼ばれていて、美味しいんですけど高級で……そのきのこを、たくさんとって持ち帰ることができる大会みたいです」
身振り手振りを交えた私の説明を、シエル様は興味深そうに聞いていた。
「ルシアンさん、元気がないから、森で一緒にきのこをとれば、元気になるんじゃないかなって思って」
「……僕も、落ち込んでみれば良かったかな」
「シエル様、何か言いましたか?」
「……いえ。楽しそうですね、リディアさん。たくさんとれると良いですね、その、きのこが」
「はい……! シエル様もお祭りのあとにきのこ料理を作りますから、食べに来てくださいね」
シエル様にも振る舞えるぐらいにきのこが採れたら良いのだけれど。
そんなことを話していると、路地から出て広場を過ぎたその先で、シエル様は足を止めた。
南地区の中では一番立派だと言われている、長い間空き家になっていた古めかしい邸宅である。
外壁に蔦が絡んでいて、長い間手入れがされていないような外観の邸宅が、私は少し苦手だった。
お化けが出そうだと思っていた。
「着きました」
「ここ、シエル様のお家だったんですか……?」
「最近購入しました」
「シエル様……もしかして、お金持ちですか……?」
私は目を見開いてシエル様を見つめた。
シエル様は軽く首を傾げると「どうなのでしょうね。貨幣にはあまり興味がありません」と、困ったように言った。
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