秋祭り恒例きのこ狩り大会への誘い~タケリマツタケは旬の味~
南地区のアルスバニアに逃げてきてからおおよそ半年。
季節は夏を過ぎて秋を迎えようとしている。
この半年はぐずぐず泣きながらご飯を作っていて、市場と食堂の往復ぐらいしかしてこなかったし、地域の行事に目を向ける余裕なんて私にはなかった。
「きのこ狩り大会、楽しそうですか、ルシアンさん……?」
「ん? あぁ、……私もこういった催しものに参加したことはないのだが、気持ちがすさんでいるせいか、楽しそうだな、と」
ルシアンさんは腕を組むと、軽く首を傾げた。
「きのこ狩り大会とは、何をするのでしょうか……」
そもそもきのこ狩りとは、何なのかしら。
きのこを、狩るの?
魔物みたいに。
「蛸釣りはこの間、ツクヨミさんとしましたけれど、きのこ狩りは、したことがなくて……」
「南地区アルスバニアは、聖都の他の地域と違ってあまり開発が進んでいないせいで、自然が多く残っているだろう。森や山も多い。その中のひとつの、フェトル森林でキノコを採ってその量や大きさを競う大会らしい」
ルシアンさんがチラシを眺めながら教えてくれる。
私は、うんうんと、頷いた。
きのこ狩りというのは、きのこ採りのことなのね。
きのこは、木の根元にはえている。それを採って競う大会ということ。
きのこ。良いわよね、キノコ。やっぱり秋といえば、栗やきのこや、さつまいもよね。
「アルスバニアの秋祭りは、収穫祭も兼ねているから、多くの店が出店するし、作物なども多く売られる。リディア、新メニューについて悩んでいるようだから、行ってみても楽しいのではないかな」
ルシアンさんはどこか他人事のように言った。
さっきは、楽しそうって言っていたのに。
「ルシアンさんは、行かないんですか?」
「私か? 私は、祭りの類にはあまり。大抵、仕事をしているから、縁遠くてな」
「じゃ、じゃあ、あの、一緒に参加しましょう、きのこ狩り……! ルシアンさん、元気がない、から。きのこ狩り、したことないけど……楽しいかもしれない、ですし」
「私を、誘ってくれるのか、リディア……」
「は、はい、あの、ルシアンさんの現実的なソーセージで、女の人のお客様が増えましたし。……シエル様や、ロクサス様よりもちょうど良い大きさなので、食べやすいのですよ、きっと」
「そうか、……複雑な心境だけれど、喜んだほうが良いのだろうか、これは」
「わ、私も、現実的なぐらいがちょうど良いなって思うので、たまに、食べます」
「……リディア」
ルシアンさんが目尻を少し染めている。嬉しそう。
「……そこで喜ぶのは、どうかと思うが」
優雅に紅茶を飲みながら、ロクサス様が呆れたように口を挟んだ。
私はロクサス様を軽く睨む。
せっかくルシアンさんがちょっと元気になってくれた気がするのだから、ロクサス様は静かにしておいて欲しいのよ。
「それで、その、……私のお店に最初に来てくれたの、ルシアンさんですし。……だから、あの、元気がないと、心配です。……一緒に、きのこ狩りに行ったら、気分転換になるんじゃないかなって」
「だ、駄目だ。駄目だ、リディア。ルシアンと共に、森の中できのこ狩りなど。森の中で二人きりになるなど、俺は許可しない。危険だ!」
私がルシアンさんを励まそうと一生懸命誘っていると、ロクサス様ががたりと椅子から立ち上がった。
ロクサス様が必死だ。きのこ狩り、そんなに駄目なのかしら。
「どうしてロクサス様の許可が必要なのですか……? 聖都の森は、騎士団の方々が管理してくれていて、魔物や危険な動物もいないし、安全ですよ」
「いや、だが、しかし……!」
「ロクサス様も、きのこ、狩りたいのですか?」
「そういうわけではないが……」
ロクサス様不器用だから、きのこ狩りなどは不得意そうよね。
「参加するつもり、なかったから、チラシ、ちゃんと見ていなかったんですけれど、……採ったきのこは、持ち帰って良いのですね。フェトル森林に生えているきのこは三種類で、ヒラヒラマイタケと、鬼しめじ、それから、タケリマツタケ、です」
ヒラヒラマイタケは、ドレスのレースのように広がった笠が特徴の、深い味わいのキノコ。
鬼しめじは、ふつうのしめじよりも茎が太くてどっしりしていて、食べ応えがあって美味しい。
そしてタケリマツタケは――。
「ルシアンさん、タケリマツタケ、美味しいです。大きいの、これぐらいあって、これぐらい太くて、大きければ大きいほど、高級なんですよ」
私は茎と笠の部分を、両手を使って表現した。
ルシアンさんは興味深そうに私の両手を見ている。
「タケリマツタケ……」
「はい。めったに買えない高級品ですよ! たくさんとれたら、キノコ鍋にしましょう。キノコ鍋と、てんぷらです。きのこ、美味しいですよ。きっと元気が出るし、食欲も、出てくると思います」
「……リディア、そうだな。……私も、リディアの料理なら、食べたいと思うかもしれない」
ルシアンさんが笑ってくれたので、私は少しほっとした。
あのフランソワと殿下の警護に何度も連れまわされていては、それは疲れるわよね。
私はもう、あの二人とは会うことはないだろうけれど、なんとなく責任も感じる。
「は、はい……! 優勝、は、できないかもしれませんけれど……お祭り、楽しいです、たぶん。……私、お祭り行ったことないので、わかりませんけれど」
「私も同じだ。リディア。初体験同士、だな。よろしく頼む」
「はい!」
「……ま、待て、リディア、俺も……!」
ロクサス様があわてたように口を挟んでくる。
ロクサス様もやっぱり、きのこ狩り、したかったのかしら。
でもロクサス様は次期公爵様だから、庶民のお祭りに参加をしていただくわけにはいかないから、とても誘ったりはできないのよ。
それに、今、元気がないのはルシアンさんだし。
「申し訳ないですが、ロクサス様。誘われたのは私です。譲る気は、ありませんよ」
「ルシアン……お前と俺は、リディアの友人ではない。そう思い、油断していた」
ロクサス様は眉間に皺を寄せると、軽く首を振った。
それから、律儀に食べたお皿などを片付けようとしてくれる。全部を一度に持とうとして、お皿の上でコップがぐらぐらしているのを見かねた私は、急いでロクサス様から食器を貰って、調理場に運ぶ。
「あ、あの……ロクサス様も、きのこ、狩りたかったですか? 参加は、自由ですけれど、二人一組なので、どうしましょう。ルシアンさんと二人で、参加してきますか?」
「どうしてそうなる」
「どうしてそうなるんだ、リディア」
ここは、私が遠慮して、二人で楽しんできてもらって――と、思ったのだけれど。
ロクサス様とルシアンさんに何故か責めるような視線を送られたので、私は目をぱちくりさせた。
「ええと、あの、私、私はシエル様を誘って参加しようかと思うので、私のことは気にしなくて、大丈夫です……っ」
「それが一番駄目だ」
今日一番強い口調で、ロクサス様に言われた。
ルシアンさんがロクサス様の耳元で何かこそこそ話している。
「ロクサス様が余計な口を挟むから、私とロクサス様がきのこ狩りをする羽目になりそうなのですが。ここは、ロクサス様が遠慮してください。この間、リディアにメイド服を着せて連れまわしたのでしょう? 私はその間、あのプードルみたいな名前の女の警護をしていたんですよ……」
「その言い方は、語弊がある。……プードルの警護とは哀れだとは思うが、しかしだな」
「シエルが一番まずい」
「俺もそう思う」
何を話していたのか分からないけれど、二人は頷き合う。
それからロクサス様は「俺はきのこは狩らない」言って、お金を置いて颯爽とお店から出て行った。
きのこを狩りたいと言ったり、狩らないと言ったり、情緒不安定なのかしら、ロクサス様。
「リディア。……秋祭りの日は、必ず休みを取る。楽しみにしている」
「は、はい! ルシアンさん、きのこ、いっぱいとりましょうね!」
とりあえず、ルシアンさんと一緒に秋祭りに行くことになった私。
両手を握って、気合を入れる。
ルシアンさんは微笑ましそうに私を見た後、私の頭をぐりぐり撫でて、お金を置いて帰っていった。
結局ルシアンさん、珈琲しか飲まなかったわね。
――心配ね。
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