増えるメニュー
白月病を治療できる神秘の料理を出す店だと、噂が広まっているらしい。
一度にたくさんの人が来るわけではないけれど、ぽつぽつと、噂を聞き付けた白月病の方々や、患者様を連れた家族の方々が私のお店を訪れるようになった。
それなので私はツクヨミさんから新鮮な蛸を仕入れて、ロクサス様にふにゃふにゃにしてもらう毎日を送っている。
ふにゃふにゃ蛸が、ふにゃふにゃ蛸のリゾットには必要なのである。
ロクサス様は蛸を柔らかくするために毎日来てくれて、ついでに朝食を食べて帰るようになった。
それなので、朝食代を無料にするかわりに蛸を柔らかくして欲しいと頼んでみた。
けれど、お金には困っていないと言って、無料で蛸をやわらかくしてくれた挙句、多めのお金を私にくれるロクサス様は、とってもお金持ちだ。
「でも、毎日毎日、蛸をしごく生活も、ちょっと大変です……」
白月病の方々のためにいつでもふにゃふにゃ蛸のリゾットを提供してさしあげたい。
毎日蛸のぬめりをとるというのは、ちょっと大変。
それに気づいた私は、ある程度まとめて蛸を下ごしらえして保存しておくことを思いついた。
下ごしらえしてしまえば氷魔石の保存庫である程度の日数は保存できるので、毎日蛸と戦わなくても良いかもしれない。
でも大衆食堂ロベリアとしては、もう少しメニューを増やしていきたい気もする。
「ルシアンさん、新しいメニュー、何が良いと思いますか? ソーセージは三種類ありますし、パンもありますし、蛸もあります。お魚かな、お肉かな、お野菜かな、と思うんです。私としては、しごかなくて良いものがいいので、イカはちょっと嫌だなって思うんですけど……」
「リディア、君の声を聞いていると、心が落ち着く」
綺麗な所作で朝食セットである『早起きぱっちり目玉焼きと、現実的なソーセージ、ふわふわパンと野菜スープ』を食べているロクサス様の隣で、ルシアンさんは大人しく珈琲を飲んでいる。
毎日のように来てくれていたルシアンさんだけれど、聖騎士団の皆さんも忙しかったのか、最近姿が見えなかった。
今日は久々にきてくれた。一人で。久々のお休みなのだという。
それなのに、いつもの元気がないし、騎士団に勧誘もしてこない。
心配になった私は新メニューについて話しかけてみた。
色々あったけれどルシアンさんは常連さんだし、ルシアンさんが私の料理を褒めてくれなければ、私は誰とも出会うことがなくて、ずっとぐずぐず泣いてばかりの日々だったのよね、きっと。
だから、ルシアンさんの元気がないと、ちょっと心配。
「……なにかあったんですか。恋人にふられたとか。五人ぐらいいる恋人に、いっせいにふられたとか……」
「……それは自業自得なのではないか」
ナイフとフォークを使って綺麗に目玉焼きを小さく切って口に運び、きっちり口の中のものを飲み込んでから、ロクサス様が言う。
「五人か。多いな。一日に一人会ったとして、一週間は七日だ。二日しか、自由時間がない。……お前は元気だな、ルシアン」
感心したようにロクサス様が言った。
確かに、五人の恋人を対等に扱うとか、ルシアンさんはすごいのかもしれないわね。
「……ロクサス様、真に受けないでください。リディア、私には恋人はいない。君はどうしてそのような勘違いをしているんだろうな」
「ルシアンさん、街を歩いていると、沢山女の人たちが腕にこう、ルシアン様~って、しがみついているのを、よく見ますし……」
私は今朝方商店街の方から配られた『秋祭り恒例、きのこ狩り大会』のチラシを、食堂の壁にピンでとめながら答える。
「誤解だ。あれは、女性の方から来てくれるというだけで……皆、魔物に襲われそうになっているところを守ったり、護衛の任務についたことがある相手だったり、悪漢に襲われそうになっているところを守ったり、ともかく顔見知りだ。恋人ではない」
「ルシアン。滅びろ」
「ルシアンさん……滅びたら良い……」
私とロクサス様の声が重なる。
ロクサス様はしらけた視線をルシアンさんに向けた後、綺麗な所作で現実的なソーセージを一口大に切り始める。
「ルシアン。現実的なくせにな」
「どういう誹謗中傷ですか、それは。ロクサス様こそ、ジラール家のソーセージは幻獣ですが」
「まぁ、概ね満足している」
ロクサス様もルシアンさんもソーセージが好きね。
やっぱり男性はお肉が好きなのかしらね。
そんなことを考えながら、キノコ狩り大会のチラシを貼り終えた私は、チラシが曲がっていないことを遠くから見て確認した。
うん。ばっちり。
「ルシアンさん、ルシアンさんが助けた女性たちは、ルシアンさんが好きなんですよ、きっと」
私でさえ分かるのに、ルシアンさんには分からないのかしら。
どうりでルシアンさんの現実的なソーセージを食べにくるお姉様方に、妙に怨念というか、執念というか、熱い気持ちのある方が多いと思ったら、そういうことなのね。
つまり、片思い。
ちょっと、どきどきするのよ。私、恋愛のお話は好き。
幸せな気持ちになれるもの。
「私は、恋人を作る気はないよ」
「どうしてです? 女性に人気があるのに。ルシアンさんが好きって言ったら、喜ぶ女の人、沢山いますよ、きっと」
「……リディア。好きだ」
「そういうの、軽薄、軽薄って言うんです……っ、ルシアンさんの女誑し、心配して損しました……」
私は頬を膨らませた。
そういうことを言わないで欲しいのよ。
というか、その言葉は他の女性に言ってあげたほうが良いと思うの。私じゃなくて。
ロクサス様が何故かナイフをテーブルに落として、焦ったように拾っている。所作は綺麗なのに、不器用なのね。
ルシアンさんは立ち上がると、私の隣に来て、キノコ狩りのチラシを眺めた。
「チラシの位置、低くないか」
「低いですか? もっと高い方が良いですか?」
「あぁ。リディアは小柄だからな。私が貼りなおそう」
ルシアンさんはピン止めしたチラシをはがすと、もう少し高い位置にとめてくれた。
ルシアンさんは背が高いので、私が背伸びをしてやっと届くような場所にも、軽々と手が届く。
休日なので騎士団の団服を着ていないルシアンさんは、黒いシャツと黒いズボンの飾り気のない服装をしている。腕を動かすと背中の筋肉が隆起するのが分かる。
やっぱり、女性というのは筋肉質な男性に弱いのかしらね。
「リディアの顔を見たら、元気が出た。やはり、大衆食堂ロベリアに来ないと、一日がはじまらないな」
「そういうことを言うから、不幸な女性が増えるんじゃないでしょうか……」
「私は正直だよ。いつでも。……だが、元気がなかったのは、本当だ。精神的なものかな。食欲もなくてな」
「今日は珈琲だけですし、ルシアンさん、騎士団の方はお仕事でたくさん体を動かすのでしょう? ごはん、ちゃんと食べたほうが良いです」
「そうだな。ありがとう、リディア。君は優しい。それに、少し見ない間に、……あまり泣かなくなったな」
「は、はい……色々、あって。そんなに忙しかったんですか?」
「あぁ。……リディアが白月病の人々を救ったという噂が、そこここで流れている。フランソワ様が、対抗心を燃やしてか、孤児院や療養所の視察を増やしていてな。その都度警備に連れまわされてる。正直、うんざりだよ」
ルシアンさんは疲れたように溜息をついた。
それから「キノコ狩りか、楽しそうだな……」と、ぽつりと言った。
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