女の子にメイド服を着せて街を連れ回す趣味のある眼鏡
ジラール家の馬車で大衆食堂ロベリアに戻った。
私のお店のある路地は細いので馬車は入ることができない。
それなので、ロクサス様にお願いして、少し離れた広場で降ろしてもらった。
「リディア。今日は、本当に……その、ありがとう。お前のおかげで、兄上は救われた。……俺も」
馬車を降りる前にロクサス様にお礼を言われて、私は首を振る。
「い、いえ、私、料理をしただけで……」
「その料理に、聖なる力が宿っているのだろう。女神アレクサンドリアの加護。女神の奇跡だ」
「そんなこと、ないと思いますけれど……」
ロクサス様は、使わなかったひじきとかお味噌とか、油揚げとかお野菜などの入っている背負いカゴを肩に背負って、先に馬車から降りると、私に手を差し伸べてエスコートしてくれる。
私は戸惑いながらもそれを受け入れた。
繊細さのある長い指を持った大きな手のひらに自分のそれを重ねる。
馬車から降りるのを、こうしてエスコートしていただいたのは、いつ以来かしら。
ステファン様の婚約者になって半年ぐらいは、ステファン様のお迎えでお城に行くときは必ず、手を繋いでくださっていたわね。
懐かしいわね。思い出よ、恋心と共に滅びるが良い。
「リディア。……お前の料理には、力がある。兄上の姿を見ただろう」
「で、でも、魔力がないのに、そんな力があるとか、おかしいですし」
「お前に魔力がないと、誰が言ったんだ」
「そ、それは、お父様が……物心ついた時に、貴族の方々は、魔力診断を行いますよね。私、そこで色なしって診断されて、……色がないっていうのは、魔力がないこと。確かに、魔法も使えませんし」
「魔力がないわけではなく、魔力の発動の仕方が、限定されているだけかもしれない」
「それは、わからない、ですけど……」
ロクサス様が熱心に私を見つめてくるので、私はうつむいた。
貴族の方々は基本的に行うのだけれど、それから王国民の中でも希望者などは、神殿で魔力診断を受けることができる。
魔力量を測るとともに、どの属性が得意なのか、特殊魔法の力があるかどうかを調べるものだ。
魔力診断の水鏡に手を入れると、その人の持つ魔力に応じて水鏡に変化が現れる。
色が濃ければ濃いほどに魔力量が多いとされていて、水や炎や風や土といった属性ごとに色が変わる。
物心ついた時に私もお父様に連れられて、水鏡の診断を行った。
その時にはもうお母様は亡くなられていたように思う。
水鏡に手を入れた時に色が変わらなかった私に、お父様は「お前には魔力がないのだ」と淡々と言っていた。
そこでお父様は私に失望したのかもしれない。
それからほどなくして、フランソワと義理のお母様が神官家に現れたのだから。
「水鏡の診断で、水の色、変わらなかったのです。魔力があったら、反応していたはずなのに」
「どういうことなのだろうな。だが、お前には力がある。これは確実なことだ。水鏡に何か不具合があったのかもしれない。……俺は、……その、……お前はもっと、自信を持って良いと思っている」
「は、はい、……ありがとうございます。でも、私、料理が美味しいって言ってもらえるだけで、十分で……」
ロクサス様の気持ちはありがたいのだけれど、魔力が欲しいとは思わない。
レイル様の病を癒す力が欲しいとは、思ったけれど。
でも、大衆食堂ロベリアで、静かで穏やかな毎日を送ることができれば、それで良いのに。
「白月病の患者は、兄上だけではない。王都にも、この国にも、もっと患者がいる。多くは家に隠されていたり、家人が面倒を見切れずに、療養施設に送られている。街で見かけることはないとは思うが」
「……ロクサス様」
心のどこかで、わかっていたことだ。
病に苦しんでいる方は、レイル様だけではないのだろうと。
でも、私。私に、何かできると、思えないもの。
もし、失敗してしまったら。そんな力、私にはなかったら。病が癒えるという希望を与えて、それを奪うようなこと、したくない。
「私……」
「リディア。女神の加護は、お前にある」
うつむく私の両手を、ロクサス様が握りしめる。
私はそこではっとして、あたりをきょろきょろと見渡した。
もうすぐ夕暮れ時の、大衆食堂ロベリアに近い広場には、多くの人が行き来をしている。
みんななんだか申し訳なさそうに、かなりの幅をとっている馬車の真前で両手を握り合っている私たちを、避けて通っている。
私は赤くなったり青くなったりした。
公衆の面前で、手を握り合って見つめ合う迷惑な恋人みたいなのよ。恋人じゃないけど。
「ろ、ロクサス様、離してください……!」
「そ、そんなに嫌か、それは悪かったな……!」
私が手をぶんぶん振ると、ロクサス様は苛立たしげに両手を私から離した。
私はロクサス様から背負いカゴを受け取った。
別にロクサス様が嫌いとかそういうことではないのだけれど、街の真ん中で手を握り合うのはどうかと思うの。
恋人とかじゃないし。恋人だったらまだ許されるのだろうけれど。
「リディア。謝礼だ。受け取れ」
「ありがとうございます……」
ロクサス様は最後に、ずっしり重たい袋を私にくれた。
中に金貨の感触がある。
「お、多すぎませんか……!」
「服も汚して、時間も食材も使ってもらい、誘拐までした。慰謝料と思え」
「もう怒ってませんけど……」
「ともかく受け取れ。それではな、リディア。兄上を連れて、また来る」
「あの、ロクサス様……!」
私は馬車に乗り込もうとするロクサス様を引き留めた。
「お暇なときは、来てください。ロクサス様が嫌でなければ、一緒に、煮込み料理を作りたいのです……」
広場で手を握り合うのは良くないけれど、煮込み料理はぜひ一緒に作りたい。
「そ、そうか……仕方ないな」
「嫌だったら、良いですけど。無理にとは言いませんけれど……」
「嫌ではない。分かった、リディア。用がある日以外は、顔を出そう」
「は、はい! ありがとうございます」
そこまで頻繁に来なくても良いのだけれど。
でも、ロクサス様がいると捗るわね。料理が捗る。
煮込み料理を美味しく作れることが嬉しくて、私はにこにこしながらお礼を言った。
ロクサス様は慌てたように私から視線を逸らして、馬車に乗り込んだ。
走り去る馬車を見送って、私は家に戻る。
途中で、いつものように店先でアロマ煙草を吸っているマーガレットさんとすれ違った。
「おかえり、リディアちゃん。今回の誘拐はどうだった?」
「マーガレットさん、帰りました。どうもこうも、見ているんだから助けてくださいよ」
「あんたには前から、泣いてばかりいないで彼氏でも作んなさいって言ってるでしょ、あたしは。あんたを連れて行ったの、ロクサス・ジラールって見ればわかるし。ジラール家の刻魔法の双子。悪くないと思うんだけど」
「そういうのじゃないです。ロクサス様とレイル様は仲良しだから、もし恋人になった方がいたとしても、入り込む隙間がないんじゃないかなって思うんですけど」
「あらぁ。そっち?」
「そっちって、どっちです?」
「まぁでも、さっきのあんたたち遠くから見てたんだけど……メイド服を着せて女の子を連れ回して最後にお金を渡す金持ちの道楽眼鏡に見えたものね。ざわついていたわよ。それはもう、みんなざわついていたわよ。リディアちゃんが身売りをしたって、明日には話題沸騰なんじゃないかしら」
「な、なんですかそれ、すごく、変態っぽい……!」
やっぱりこの服装は、ロクサス様のご趣味だったのかしら。
私はマーガレットさんにお別れを言うと、お店に戻った。
お店の中に入ると、鍵が開けっぱなしだったお店の中のカウンター席に、シエル様が足を組んで座っていた。
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