メイド服が好きなロクサス様、病身のレイル様
貴族街のジラール公爵家の第二邸に馬車が到着すると、ロクサス様は再び凍り付いた蛸の入った背負いカゴを肩にかけて、私を軽々と担ぎ上げて馬車を降りた。
使用人の方々がお出迎えに出てきてくれるのを一瞥すると「入浴の準備を」と短く言った。
「客人だ。俺の大切な。丁重に扱え」
そう口にするロクサス様が、私を丁重に扱ってはくれていないのだけれど……!
(どう見ても誘拐だし、蛸と私を背負った不審者よね……)
けれどジラール家の使用人の方々はロクサス様の不審な行動になれているのか、あっさり今の状況を受け入れたようだった。
「そう薄汚れて生臭い体で、兄上に会わせるわけにはいかない。風呂に入ってまともな服に着替えろ」
「……それは、ロクサス様が私を誘拐するから……っ、お風呂、入ろうって思っていたところで、誘拐するのが悪いのです……っ」
さすがに私は反論した。
もう怒らないのよ、男性にたいして無闇矢鱈と怨嗟を吐き散らさないのよ――なんて思っていたのだけれど。
さすがに、腹が立つのよ。
なんなの、この眼鏡。
眼鏡がはじけ飛ばないかしら……!
「生臭いのは私のせいじゃなくて……蛸釣りのお手伝いをして、蛸にからみつかれたからで……!」
「……お前は何をしているんだ。やはりお前は、ジラール公爵家にいるべきだな。不自由はさせない」
「嫌です……っ、ロクサス様なんて、今日まで私を無視してたくせに……!」
「好きでそうしていたわけではない。あの女の機嫌をとるためだ。……全ては、兄上のためだった」
「そ、それは、そうかもしれませんけれど……」
そう――苦しそうに言われると、じゃあしょうがないわよね……って納得しそうになってしまう。
フランソワは、私を貶めるのが人生の生きがいみたいなところがあるから。
婚約者だったロクサス様が私に少しでも優しくしたとしたら、それは、怒っただろうし。
「俺も濡れた。湯浴みをして着替えたら、兄上の元へ行くぞ、リディア。食材は調理場に運んで置いて貰う。なにか足りないものがあれば言え。買ってこさせる」
「……食材、蛸とかひじきとか、いっぱいありますから、とりあえず、蛸をたべてあげないと、新鮮なうちに……」
「お前に絡みついていた蛸だな」
「レイル様は沢山ご飯、食べるのですか?」
「食事は、今はもうほとんどとることはない。……だが、お前の作る食事は、薬になるだろう。無理をしてでも食べて貰うつもりだ」
「……そ、そんなに期待、していただいても、私」
セイントワイスのみなさんやシエル様が元気になったのだって、たまたま、かもしれないのに。
病身のお兄様を救えるって、期待されても……。
それは、できることなら、役に立ちたいって思うけど。
でも――。
「リディア。……お前の料理に、確かに俺は期待している。期待はしているが、もしお前の料理に特殊な力がなくとも、俺は、兄上に少しでも食事をとってもらえれば、それで良いんだ」
「……ロクサス様」
使用人の方がロクサス様の背負いカゴを受け取って、どこかに運んでいく。
ロクサス様に抱えられていた私も降ろされて、侍女の方々に連れられて浴室へと向かった。
さすがは公爵家別邸と感心してしまうぐらいに、浴室は広かった。
浴槽にはお湯がたっぷりはられて、良い香りがする。
あれよあれよという間に、服を脱がされて、全身から髪から綺麗に洗われる。
自分でできると言ったけれど、侍女の方々は「ロクサス様の大切なお客様ですので」と、とりあってはくれなかった。
隅々まで綺麗になった私はお湯の中に身を沈めて、深い溜息をつく。
それからはっとして、慌てて口を開いた。
「お洋服のエプロンに、大切なものが入っていて……! 大きめの、宝石に見える、お守りなんですけれど、大切で……!」
びしょびしょでぬるぬるした服を、もし捨てられてしまったらどうしよう。
シエル様からいただいた宝石は、お友達の証のようで、私の心強いお守りなのに。
慌てる私に侍女の方が「大丈夫です。お洋服は洗って乾かしてお返ししますし、お守りはリディア様におかえしします」と言ってくれた。
湯浴みを終えて体に香油を塗り込められて、私は食材になった気分を味わっていた。
お肉に味付けするために、調味料を塗り込めることがあるのよね。
髪を乾かして、一つに纏めて結ってもらう。
それから、「本当は……大切なお客様ですので、もっと素敵なドレスが良いのでしょうけれど」と申し訳なさそうに言われながら、侍女のお洋服を着せて貰った。
「若奥様に侍女の服を着せるなど罪深いことと思いますが……たいへん可愛らしいお姿です、リディア様」
「若奥様じゃないです……でも、ありがとうございます」
侍女のみなさんが、礼儀としてだろうけれど、私の姿を口々に褒めてくれるので、私はお礼を言った。
膝丈のスカートに、白い靴下。侍女服は茶色で、白いエプロン。それから、リボンのついたヘッドドレス。
綺麗になった私は――どこからどう見ても、ジラール公爵家の新しい侍女だった。
これからお料理をするので、動きやすくて良い。
それに、ドレスは着慣れていないので、侍女服の方がかえってありがたい。
シエル様がくださった宝石を、侍女さんのうちの一人が持ってきてくれたので、私はそれを新しく着せて貰った白いエプロンのポケットに入れた。
浴室から出ると、すでに湯浴みを済ませたのだろう、着替えを終えてすっきりした面持ちのロクサス様が、壁に寄りかかって待っていた。
「……リディア。……悪くない姿だな」
「は、はい。この服、落ち着きます」
「末永く、俺の元にいると良い。……その、……使用人としてな」
「……ロクサス様、まさか、誘拐した女を使用人としてこきつかうご趣味が……」
もしかして、侍女の方々も無理矢理使用人にされたのかしら。
シエル様よりも変態だわ。
シエル様はもう変態じゃないので、ロクサス様こそ真の変態。
「そのような趣味はない……!」
「そ、そうですか……」
そんなに一生懸命否定しなくても。
ロクサス様に連れられて、私はレイル様が休まれているというお部屋に向かった。
二階にある大きな窓のある広いお部屋のベッドに、レイル様は休まれていた。
白月病の方を見たのは、これがはじめてだ。
病名と病気については、学園の授業で習ったので知っている。
大きなクッションを重ねたものを背もたれにして上体を起こして休まれているレイル様は、白月病の症状として私が知っているとおり、その肌は透き通るように青白く、髪もロクサス様のような銀色ではなくて、銀色を通り越して新雪のように真っ白だった。
睫も白く、瞳だけが、ロクサス様と同じ金色。
双子だけあってその面立ちはロクサス様とそっくりだったけれど、白い病衣からのぞく手首は骨と皮しかないのではないかというぐらいに細い。
端正な顔立ちも痩せ細っていて、唇が乾いている。
「兄上。……調子は、どうだろうか」
「……あぁ、ロクサスだね。そう、悪くはないよ。……もうすぐだ。きっともうすぐで、お前に迷惑をかけることも、なくなるだろう」
遠慮がちにロクサス様が話しかけると、レイル様は口元に笑みをたたえて言った。
「そのようなことを、言うな。……リディアを、連れてきた。話していただろう。奇跡の力を持つ料理を作ることができる、レスト神官家の、聖なる巫女だ」
ロクサス様は、嘘をついた。
私はロクサス様の服を引っ張ったけれど、今にも儚くなってしまいそうなレイル様の姿を見ると、それは違うと声をあげることはできなかった。
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