不吉な占い
蛸釣りが終わって、くじら一号は港に戻った。
私は桟橋に降りると、くじら一号とヒョウモン君にさようならを言った。
くじら一号は私をちらりと見た後にすぐに目を伏せて、ヒョウモン君は長い蛸足の一本で、私の顔にぬちゃりと触れてくれた。
「ヒョウモン君は、また来るが良い、リディア……って言ってるぞ。くじら一号は、息災でな、娘よ、だそうだ」
ツクヨミさんも桟橋に降りながら、海洋生物たちの気持ちを代弁してくれる。
二人とも、男らしいわね。
でもくじらと蛸なのよ。
ヒョウモン君の足がするすると私から離れて、凍らせた蛸がいっぱい入った保存箱を器用に掴むと、桟橋にどさりと下ろした。
ツクヨミさんは、私に絡みついていた一番大きな蛸を、お手伝いを頑張ったご褒美にくれた。
「じゃあな、お嬢ちゃん。蛸は人気だからなぁ、明日にはもう売り切れちまうだろうから、また仕掛けた時は手伝ってくれよ」
私は私の身長ぐらいある凍った巨大蛸を両手に抱えた。
大きすぎて入る袋がなかったのだ。
「たまになら、良いですけど……事前に言ってください、準備、してくるので」
海水塗れで蛸を抱えた私は、頷いた。
大変だったけど、蛸壺から蛸を引っ張り出すのはそんなに悪くなかった。
それに、頼られるのはちょっと嬉しい。
今度はお着替えを持ってきましょう。
あと、濡れても良い服を着てこなきゃ。
私は蛸を抱えて、それから、ひじきやお味噌、鰹節と乾燥わかめと油揚げを袋に入れたものを腕から下げて、ツクヨミさんと別れた。
手伝ったご褒美に、全部無料でくれた。濡れた洋服代らしい。
良いのやら、悪いやらだ。
帰りがけに野菜を買い足すと、八百屋のおばさまが私の惨状を見て「あらあら、それじゃ大変でしょ」と言いながら、背負いカゴを貸してくれた。
お野菜やひじきなどを背負いカゴに、両手に蛸を抱えた私がお肉屋さんの前に差し掛かると、いつもの通りマーガレットさんが店先の椅子に座って足を組んで、アロマ煙草を吸っていた。
「あらま。市場に買い物にいったのに、びしょ濡れになって帰ってくるなんて。海にでも落ちたの、リディアちゃん」
「マーガレットさん! 海には落ちてないですけど、蛸を捕まえました」
「蛸を……そう。海に潜って、モリで突いてきたのかしら」
「そ、そんな元気溌剌なこと、しないです、私……」
「そうよねぇ。料理へのこだわりが天元突破して、素材から自力で捕まえないと気が済まなくなったのかと思ったわよ」
マーガレットさんは、ぷは、と紫煙を吐き出した。
オレンジチョコレートの香りがする。
「おおかた、ツクヨミにつれ回されたのね」
「はい……そうなんです。ひじきを買いに行ったら、蛸が手に入りました」
「そうなの。ルシアンとシエルで悩んでると思ったら、ツクヨミもなのね、リディアちゃん。誰が良いかしらねぇ、リディアちゃん、誰が良いのかしら〜」
マーガレットさんが体をくねらせながら、意味ありげな視線を私に向けてくる。
誰が良いと言われても。どういう意味なのかしら。
蛸を抱えて若干ぬめぬめでびしょびしょになっているせいか、頭が働かないわね。
「何がですか……? シエル様はお友達ですけど、ルシアンさんは女誑しで、ツクヨミさんはやたらと蛸が好きな行商人さんですけど……」
「あら〜……」
マーガレットさんは、やれやれみたいな感じで肩をすくめた。
「マーガレットさん、私、塩っぽくてびしょびしょなので、お風呂に入って着替えないと……お昼は蛸料理です。よかったら食べにきてくださいね」
「酒はあるのかしら」
「ないです」
「蛸には酒がないと……一本足グリルとビールは最高よ」
「今だって男性客ばかりなのに、お酒まで出しちゃったら、ますます男性が集まるじゃないですか……」
「いいじゃないの〜、いかつい男たちに囲まれた食堂の妖精リディアちゃん。最高じゃない」
「私は、子供たちと、可愛い女の子が良いです……男性は汚……くはないですけど、良い人も多分、多分いますけど、でもやっぱり、可愛い食堂が良いです……」
「まだ諦めてなかったのねぇ」
「あ、諦めてませんよ……!」
マーガレットさんに挨拶をして通り過ぎようとすると、「ちょっとお待ちなさい、リディアちゃん」と、マーガレットさんに呼び止められた。
「ん〜……導きを感じるわ。大アルカナの導きを感じる……月と、死神ね……」
マーガレットさんの手のひらが光り、二枚の魔力でできたカードが浮かび上がった。
一枚目は、大きな月の描かれたカード。
二つの月だ。一つは赤い月、ルブルムリュンヌ。もう一つは白い月、ブランシュリュンヌ。
二枚目は、骸骨騎士のカード。なんだか不吉。
「月は、疑心暗鬼、不安、恐れ……死神は、終わり。死と再生。ちょっと大変かもしれないけど、ま、良いんじゃない?」
「あ、あんまり良くないです……シエル様の時は、良い出会いって言いましたよ、マーガレットさん」
「良い出会いだったでしょ?」
「ええと、はい。お友達ができたので……」
「じゃ、これもまた、良い出会いよ。リディアちゃん、前よりは良い顔するようになったものねぇ」
にっこりと、マーガレットさんが優しく微笑んだ。
私は若干不安に思いながらも、「ありがとうございます……」とマーガレットさんにお礼を言って、お店に戻った。
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