暗黒の目玉焼き、すり潰したいほど憎たらしいソーセージ添え
『大衆食堂ロベリア』それが私の営んでいるお店の名前だ。
広い広い聖都アスカリッドの、ちょっと薄暗い路地の一角にある小さなお店で、客席は四人掛けのテーブル席が三つと、カウンターに椅子が四脚。
朝の八時には朝食を食べにくるお客さんがいるので、五時におきて身支度を整えて朝の六時には市場に食材を買いに行く。
カウンター席はすでにごつめ強面のお兄さんたちで埋まっていて、パンと目玉焼きとソーセージと新鮮なミルクで煮出したミルクティーの朝食セットを食べている。朝食セットは八百ルピア。
庶民の朝食としてはちょっとお高めの値段設定にしているのは、朝からあんまり働きたくない私の気持ちの表れである。
それでもご飯を食べにくる方々が後をたたないのだけれど。
お店が繁盛してくれるのはありがたい。
でも、あんまり働きたくないのは正直なところだ。
「リディア、いつになったらうちで働いてくれるんだ? そもそも、朝飯を食べにきているのはうちの連中ばっかりだろう。それなら、騎士団の宿舎で働くのとなんら変わりないじゃないか」
私は怨念渦巻く朝食セットをてきぱきとテーブルの上に並べていく。
テーブル席にお行儀よく座っている大柄な男性が、にこにこしながら私を見つめている。
一見して騎士団に所属していると分かる、黒に十字の紋章の入った団服に、腰には剣。片側だけの裏地が赤い黒いマント。かっちりした服の上からでも、硬い筋肉の鎧を身に纏っているとすぐ分かる体格の良さ。
獅子の立髪のような金色の髪に、涼しげな青い瞳。精悍な顔立ちのお兄さんである。
ちなみに、にこにこ私を見ているこのお兄さん以外のお兄さんたちも、みんな体格が良いし同じような団服を着ている。
つまり、私の可愛らしくもお洒落な大衆食堂ロベリアの朝は、聖騎士団レオンズロアに支配されている。
どうしてこうなったのかしら、という感じ。
「遠慮します、遠慮します、断固拒否します。ルシアンさん、毎朝ご苦労様ですご飯食べて帰ってください……」
朝食セットを聖騎士団レオンズロアの団長であるルシアンさんの前に置いて、私はそそくさとキッチンに戻ろうとした。
ルシアンさんにがっしり手首を掴まれてしまい、戻ることができなかった。
「何度も言うが、リディア。君の作る目玉焼きとソーセージ、それからサラダとパンとミルクティーには、不思議な力がこもっている」
「知りませんよ……それはただの、暗黒の目玉焼きとすり潰したいほど憎たらしいソーセージ、ただのサラダとミルクティー、それから怨念鬼パンです」
「料理は美味いのに、どうしてそう不穏な名前をつけるんだろうな。何故ソーセージを憎むんだ、リディア」
「そんなものがあるから男性は浮気をするんです……!」
私は両手を握りしめて、力一杯主張した。
朝食を食べている騎士団の皆さんが、各々ソーセージをフォークに刺して大爆笑し始める。
何故笑うのかしら。私は真剣だわ。
「リディア……恨みをぶつけるのなら、もう少し太めで長いソーセージにしたほうが良い」
「朝から! 朝からなんてこと言うんですか! 帰ってください、帰って!」
「先に言い始めたのは君だろう。ともかく、君の料理を食べると力が漲ってくる。君の料理を食べ始めてから、騎士団の魔物討伐効率が三割ほどあがったぐらいだ。怪我も少なくなった。おそらくだが、朝食セットには筋力増幅効果と、自己治癒力増大効果があるんじゃないだろうか」
「だから知りませんってば。私は普通にご飯を作ってるだけです。ルシアンさんが変なこと言い出すから、変なお客さんが増えちゃったんですよ……騎士団の皆さんとか、傭兵団の皆さんとか、それから冒険者の皆さんとか……」
「客が増えるのは良いことだろう?」
「私は、お洒落で可愛い女性や小さなお子様のための食堂を開いていたつもりだったんです。それなのに、今や筋肉ムキムキの人ばっかりくるんですよ……悲しい……」
くすんくすんと私は泣いた。
この半年、私の情緒はひたすらに不安定だ。
「可愛い女性や子供に、暗黒の目玉焼きや憎らしいソーセージを提供するのはどうなのだろうな」
「し、仕方ないじゃないですか……美味しいご飯も作りたい、おしゃれで可愛いお店にしたい、でも、恨みつらみもおさえられない……そんな葛藤が、料理に込められてしまっているんです……」
「そんな葛藤が、君の料理に不思議な力を与えているのではないだろうか」
「だから、知りませんって。私、魔力ないですし、魔法も使えないんですよ。それはルシアンさんの勘違いです」
「勘違いなどではない。君の料理を食べると、すこぶる調子が良いんだ、私は」
「それは何よりです。勘違いだと思いますけど……それか、目玉焼きとソーセージがよっぽど好きか、どっちかかなって……」
ルシアンさんはいまだに私の腕を握り続けている。
ルシアンさんは大きいので、私の腕を掴んでも指が余るぐらいには手も大きい。
剣を握るからなのだろう。手のひらは皮膚が分厚くて硬い。
男性に手を握られているのにちっとも嬉しくないのよ。だって男性とは浮気をする動物なのだもの。
私のお父様も、そしてステファン様もそうだった。
「リディア。勘違いだとしても構わない。私のために、毎日朝食を作ってくれないか?」
真剣な青い瞳が真っ直ぐに私を見つめている。
青い瞳に映った私は、黒いワンピースに黒いエプロン、そして黒髪を一つにまとめて、黒いレースの三角巾をつけている。それはもう黒い。この世の全ての怨念を集めたぐらいに黒い姿だ。瞳だけが紫色。
レスト神官家のお父様は金の髪に青い瞳の美丈夫なので、私はお母様に似たらしい。
お母様の出自を、私はよく知らない。
だって私が幼い頃に亡くなってしまったし、神官家ではお母様のことを口にする人はほとんどいなかったからだ。
「嫌です……!」
毎日朝食を作ってほしいとか、愛の告白かしらって思わなくもないけれど。
ただの勧誘である。
ルシアンさんは私に、騎士団の家政婦になれと言っているのだ。家政婦というか、調理場のお姉さんというか。
絶対に嫌である。
騎士団は王家の管轄なので、そんなところで働いたらいつステファン様やお父様に遭遇するか分からない。
私はここで一人静かに生きていくと決めたのだから。
この、大衆食堂ロベリアで。
「大衆食堂悪役令嬢が大切な気持ちも分かるが……」
「大衆食堂ロベリアです! 変な名前で呼ばないでくださいよ……」
私はべそべそ泣いた。
せっかくの可愛い名前なのに、ほとんどの人が変な名前で私のお店を呼ぶのである。
ルシアンさんのせい――というわけじゃない。
これは多分、妹のフランソワのせいだ。一生恨んでやる。
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