聖女リディアのお仕事 4
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お父様とシエル様、そしてステファン様と話し合い、私は大神殿で私の力を込めた『聖女のリディアの慈愛のお菓子』を配ることにした。
名前にはちょっと、かなり、不満があるのだけれど、お父様がぜひと言うし。
ステファン様もすばらしいと言うので、素直に受け入れることにした。
「慈愛の……恥ずかしいです、私、恨み辛みをこめたハンバーグをルシアンさんの顔面にぶつけたりしていたのに……」
「それはうらやましい。僕にもぶつけて欲しかった」
「シエル様にはぶつけません……あ、あの、あと、いまのは冗談です、さすがの私でもぶつけたりはしませんよ……!」
恨み辛みのこもったメニュー表については、心の黒歴史の中にしまっておこう。
シエル様は「わかっていますよ」と言いながら、笑ってくれた。
そういうわけで、私は金曜日からロベリアを開いて、土曜日は大神殿、日曜日から火曜日まではロベリアを開いて、水曜日と木曜日はお休み。
という、以前に比べてとてもゆったりとした働き方をしていた。
お休みを増やしたのは、シルフィーナちゃんのためでもある。
小さなシルフィーナちゃんを、色々な場所に連れて行ってあげたいものね。
──昼過ぎから夕方にかけて、行列に並ぶ方々の瓶を金平糖で満たしていく。
私がいない日にも『慈愛の菓子』を配ってもらえるように、常に礼拝堂につくってもらった大きな砂時計型のガラスケースは、金平糖やら飴玉やらでいっぱいになっている。
私がいなくても、助けを求める人たちに、神官の方々が慈愛の菓子を配ってくれるという仕組みだ。
土曜日に私がここにくるのは、お父様やステファン様に
「リディアの顔を見たい者たちが多くいる」
「直々に施しを受けたいと願っているのだろう。赤い月を消し去り、ロザラクリマの恐怖をこの国から払ってくれたリディアに、皆が会いたいと願っている」
と言われたからだ。
「リディアさんが大神殿にいることで、キルシュタイン人も宝石人たちも大神殿に祈りを捧げに来やすくなるでしょう。別々の信仰を持つ彼らはアレクサンドリアには祈らないが、リディアさんには祈ることができる。あなたに感謝をしている者は多い」
シエル様にもそう言われたから、私はなんだか偉そうに、大礼拝堂の祭壇に聖女みたいな顔をして立っている。
お母様や侍女の皆さんが提案してくれた、白くて可愛いお洋服を来て。
多くの人の前に立つというのはあんまり得意じゃないけれど、小さな子供たちや、おじいさんやおばあさん、それから若い夫婦の方々。宝石人に、キルシュタインの人々。
色んな人が声をかけてくれて、元気そうな顔を見ることができるのは、なんだか嬉しい。
これは、お祭りの日に露店でお弁当やお料理を配っているときの感覚に似ている。
皆が元気でいてくれるように、楽しいことがあるように、苦しいことがないように。
美味しいものを食べて、美味しいって笑っていられるように。
そう願うだけで、それを想像するだけで、私の心は弾んだ。皆の笑顔を見ていると、私も元気を貰える。
──歴代の聖女の方々は、もっと苦しい思いをしながら聖女の役目を務めていたかもしれないと思うと、少し申し訳ないけれど。
夕方にもなると、行列がいなくなり、大神殿の門は閉じられる。
最後の役目として、私は砂時計の形をした器の中に、たくさんの金平糖や琥珀糖、飴玉やラムネ玉を詰めた。
そうすると、体を巡る魔力がそこをついてしまうのを感じる。
いつかレイル様が言っていた気がするけれど、魔力というのは無尽蔵じゃないのよね。
レイル様は時間を戻し、物の形や命を戻すことができる。
けれど、それには限りがある。大神殿が壊されたとき、魔力が足りなくて元通りに修復することはできないと言っていた。
聖女の力も同じなのよね、きっと。
気怠い疲労感に、私は胸に手を当てて息をついた。
長く続く祈りの行列に飽きてしまったらしく、メドちゃんとエーリスちゃんは侍女の皆さんの元に行って、撫でられたりぷにぷにされたり、体を飾り付けられたりしていた。
祈りが終わると、エーリスちゃんたちは私と違っていつも艶々になっている。
「お疲れ様でした、リディアさん。歩けますか? 抱き上げて帰りましょうか」
「だ、大丈夫です。歩けますよ、私、歩けますから……」
私の側にいてくれたシエル様もまた、祈りの行列の方々に声をかけられたり、宝石人の皆さんと言葉を交わしたりしていた。
シエル様は今日のお仕事が終わったことに安堵している私の背に、支えるように手を当てて、顔を覗き込んだ。
色々あって、有耶無耶になってしまったけれど。
そういえば、私──。
「リディアたん、今日もお疲れ様。よく頑張ってくれた。このあと、お父様と一緒にお風呂にはいろうか」
「い、いえ、私はもう、十九歳なので……なんなら、あとすこしで二十歳ですから」
思考を途切れさせるように、お父様が話しかけてくる。
お父様は私を赤ちゃんとか、幼児だと思っている。でも、仕方ないのかもしれない。
お父様の時間はごっそり奪われてしまったのだから。
私を娘として可愛がってくれているだけでも、ありがたいことだ。
「もう二十歳になるのね、リディアちゃん。いいわね、青春はこれからね。一緒にご飯を食べていく?」
「ありがとうございます、お母様。でも今日は、お外でご飯を食べようと思っていて」
お母様の提案を、申し訳ないけれど断った。
今日はシエル様が一緒にいる。お父様やお母様と一緒にご飯を食べるのは、気をつかうだろうし。
私も、ちょっと気をつかう。
二人が嫌いというわけではないのだけれど、長年一人でいたものだから、家族との時間を長く過ごすのはなんだか少し照れくさいのよね。
「デートね」
「デートなのか……」
「シエル様には一日お付き合いしていただいたので、お礼です」
「僕は、デートだと考えていました」
「え……」
「では、行きましょうか。神官長、ティアンサ様。それでは、失礼します」
シエル様は私の体を抱きあげる。
エーリスちゃんとメドちゃんが、ぴょんぴょん私に飛び乗ってくる。
転移魔法の光が、私たちを包み込んだ。
恋愛をしよう、そうだ、恋愛をしようリディアちゃん、という話。
のんびり書いていきますのでよろしくお願いします。




