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聖女リディアのお仕事 3

本日三巻発売となります~!大神殿襲撃後までの話が入っています。

コミカライズ共々、どうぞよろしくお願いします。



 *


「歴々の聖女たちは、その時の王や大神殿の方針で役目を変えてきた」


 ──そう、お父さんは言った。

 これは白くてふわふわの子犬ではなくて、黒い髪に白い肌をした男性のアルジュナさんだ。


 お父さんは、お風呂に入るときだけアルジュナさんに戻る。

 犬のままだと不自由だからなのだと言っていた。


 レスト神官家の侍女の皆さんに洗ってもらっていた時は子犬のままだったのだけれど、あんまり気にしないようにしよう。

 お父さんにも色々あるのよね、きっと。

 

 長く生きていたお父さんにとっては、私を含め皆、孫のようなものだもの。

 まさか可愛い侍女たちにわしゃわしゃされたい──わけではないと、思いたい。


 それはともかくとして、お父さんがアルジュナさんに戻っているので、つまり今、アルジュナさんはお風呂上がりだ。


 瓶詰め牛乳をごくごく飲みながら、体をぽかぽかさせながらありがたいお話しを続けてくれている。


 シエル様宅の、リビングである。

 一階の奥にある住居空間だ。暖炉があって、ソファがあって。

 今までのゴミ屋敷──じゃなくて、廃墟……ではなくて、ちょっとごちゃごちゃしているお屋敷とはまるで違う、清潔に整えられたオシャレな部屋は、完全にルシアンさんの趣味。


 汚れていることが許せないらしい綺麗好きのルシアンさんが、徹底的にお掃除をして、オシャレな家具を配置して、観葉植物なども置いたりして。

 非常に居心地のいい空間となっております。


 テーブルの上のカゴの中には、小リスや黒猫のぬいぐるみが並んでいる。これは王宮手芸部の皆さんが作ってくれたものだ。

 ちなみに、王宮手芸部の部長はリーヴィスさんらしい。


 リーヴィスさんは、エーリスちゃんたちのおそろいのショールや帽子などもよく編んでくれる。

 それは綺麗な宝石箱の中に、大事にしまってある。

 宝石箱はマーガレットさんが『嘘をついていたお詫び』にくれた。


 私はもう気にしていないけれど、マーガレットさんは少し気にしている。

 マーガレットさんが言うには『ほら、あたしって、結構繊細だから』らしい。


「私が見てきた限りでは、聖女の利権を王と神殿で争っていた場合もあった。聖女の力は貴重だからな。何せ、女神アレクサンドリアの力だ。女神ではなく、正確には不死者だが」

「お父さん、そういったことは秘密だと今まで言っていましたけれど」

「あぁ。私は、今を生きるお前たちが自ら真実に気づく必要があると考えていた。全てを知る私が口を出せば、そこには私の意志が混じる。お前たちを私の傀儡にはしたくなかった。……というのもあるが、私は、人間に希望をもてなかった」


 上半身裸で体から湯気を立ち上らせながら、アルジュナさんは至極真面目な表情で言う。

 ちなみに腰には湯布が巻いてある。

 シエル様はいつもどおりにこやかで、ルシアンさんはなんとも言えない表情でその話を聞いている。

 ソファに座る私の膝は、エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんとメドちゃんがひしめきあっている。

 皆神妙な面持ちでアルジュナさんの話を聞いていた。

 シルフィーナちゃんは大きなホットケーキクッションの上で、メルルちゃんの尻尾を握りしめながら眠っている。


「お父さん、貴重な話ありがたいが、その姿だとどうにも集中できない」

「私が可愛い子犬であろうと美形な成人男性であろうと、私の語る言葉は私の言葉だ。この程度のことで動揺しては、聖女の騎士は務まらない」

「それもそうだな。余計なことを言ってすまない、続けてくれ」

「わかればいいんだ。風呂上がりの牛乳はいいものだな。リディア、珈琲牛乳も今度仕入れておいてくれ」

「おいしいですよね、お風呂上がりの牛乳。珈琲牛乳とどちらがいいか悩むところです」

「タルトタタン」


 ぺしんと、ファミーヌさんが私の手を尻尾でたたいた。

 たぶん、今はそんな話をしている場合じゃないと、注意されたのだと思う。


「お父さんが人間に希望を持てなかったのは、聖女の利権を王が独占したり、神殿が聖女の力を独占したりしたからという認識で間違いないですか?」

「あぁ。お前は話が早くて助かる。その通りだ、シエル」

「いつの時代も人というのは変わらない。……リディアさんも、一歩間違えたらそうなっていたかもしれない」

「そう……? どうなっていたのでしょうか」

「例えば、大神殿の奥に監禁されたり、その力を王のためだけにふるえと言われたり。全ての病気や、怪我や呪いを癒やせるのだとしたら、人の命は永遠になる。死亡理由は、寿命だけということになりますね。人の欲望は果てがない。今度は、不死にしろと聖女に言うでしょう」


 シエル様の言葉に私はふるりと震えた。

 ゼーレ様やステファン様、お父様やお母様がそんなことをするとは思えないけれど、歴代の聖女たちはひどい目にあってきたのかしら。

 そんな光景を見てきたとしたら、アルジュナさんも嫌になってしまうわよね。


「あぁ。その通りだ。実際、王家はキルシュタインとの間にあった軋轢を隠した。シルフィーナを赤い月に幽閉していることもな。長い歴史の中で人々のために力をふるった聖女もいたが、それはほんの一握り。私は、隠居を決め込み、言葉を話せない聖獣として聖女の傍に寄り添い、ただそれを見ていた」

「お父さん、私の前に来てくれたのは、私が可哀想だったからって言っていましたね」

「あぁ。お前があまりにも哀れだった故。それに、ティアンサに言われてお前の力を封じたのは私だ。その責任もあった。……まぁ、そういうことだから、聖女の力をどう使おうがお前の自由、という話だ、リディア」


 こんな話になったのは、シルフィーナちゃんが私の前に現れて、赤い月が消えてしまったからだった。

 かといって、王国から魔物が消えたわけじゃない。

 魔物の異常発生──度々起こるロザラクリマはなくなったけれど、大地に残る魔物は今まで通り活動を続けている。


 かつてシルフィーナからうまれた宝石人が独立した生命であるように、魔物たちもそれぞれの生態系をつくりあげているようだと、シエル様は言っていた。

 今後のセイントワイスの目標は、魔物と赤い月の関係について調べることではなくて、魔物の生態系について調べることに変わったのだという。


 私は、どうすればいいのかを悩んでいた。

 ロベリアの料理人としての自分が好きだ。

 でも、それだけじゃ足りないのだと思う。


 癒やしの力があるのだとしたら、困っている方々の役に立ちたい。


「お前が、歴々の聖女と違うところは、魔力の具現化にある。癒やしの力を食べ物という形にできる。つまり、保存がきく薬として、誰かに譲渡できるということだ」

「あぁ! 確かに、できたような気がします。エーデルシュタインで、宝石人の女の子に、飴を渡しました。今まで、金平糖やおにぎりが空からふりましたけれど、それはすぐに消えてしまって。でも、飴玉は消えませんでした」

「それこそが、お前の特有の力なのだろうな。魔力というものは、想いだ。想いが形になる。お前の場合は……そうだな、たとえていうなら、食堂で料理を作り、それから、自宅に帰っても美味しいものを食べることができるようにお弁当を渡す。というような感覚に近いのだろう」

「なるほど……」

「……確かにリディアさんは僕の食生活を心配して、よく料理を届けてくれましたね。保存がきくから、分けて食べて欲しいと何度も言われた気がします」

「……私にはそういったことはなかったな」


 シエル様の呟きに、不満げにルシアンさんが言った。


「それはルシアンさんが、しっかり生活している人だからですよ」

「リディアに構ってもらえるのなら、もっと自堕落な生活をしていればよかった」

「僕は別に、自堕落というわけではないと思うのですが」

「お前……自宅の大惨事を、私は目にしている。あれが自堕落でなければなんだというのだ。廃墟に住む吸血鬼かなにかか、お前は」

「……そうですね。今、この家はとても綺麗になりましたが、僕が一人きりになった場合、三日であの状態に戻るという自信があります」

「シエル様を一人にしたらいけない気がします。大丈夫ですシエル様、お掃除は私とルシアンさんが担当しますから」

「ありがとうございます、リディアさん」


 私はシエル様を見あげて微笑んだ。

 シエル様を一人にしてはいけない。ルシアンさんはやれやれと溜息をついているけれど、そんなに文句はないみたいだ。

 ルシアンさんは家を整えるのが好きなのだろうと思う。だから多分、掃除は趣味。


「お父さん、ありがとうございます。私の力が誰かに渡せるものだとしたら、それを配ればいいのですよね、きっと」


 大神殿のお父様に相談してみよう。

 きっと、何かいい方法があるはずだ。

 ──私の力を皆の役に立てるため、私はもっと頑張らなくちゃいけない。



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