聖女リディアのお仕事 2
大神殿の中に入ると、すぐにお父様が駆け寄ってくる。
こちらのお父様は私の本当のお父様だ。子犬のほうはお父さん。ややこしいのだけれど、私にはお父様とお父さん、二人の父がいる。
「リディアたん! よくきた! お父様はずっとリディアたんを待っていたよ!」
「こんにちは、お父様」
「今日は、子犬はいないのだな……いや、いいんだ。アルジュナ様は聖獣。そしてレスト神官家の遠い遠いご先祖様だ。敬うべきなのは理解しているが、父の座をかけていつか争う必要性を感じていてね」
「争わないでください、お父様。お父さんはやきとりが大好きな自分を可愛いと思い込んでいる子犬ですよ。可愛いですけど。子犬、可愛いですけれど……」
私をぐいぐい抱きしめながら苦しそうにしているいつまでも若々しい美形のお父様こと、神官長の姿に、はじめのころは驚く人たちもいたのだけれど、今は皆慣れてしまったのか微笑ましい視線を送ってくれている。
「今日はシエル君が一緒なんだね」
「ご無沙汰しております、神官長」
「シエル君。リディアとの同棲……ど、同居生活はどうだい。そろそろはっきりさせようじゃないか、リディアと君はどういった関係なのかを」
「ええ、そうですね……なんといえばいいのか」
「お友達ですよ」
「今は、まだ」
含みのある言いかたをするシエル様の胸を、お父様がつつく。
「シエル君、細身に見えるが案外胸板があるな……!? なんだ、すごくごりごりしている! 痛い!」
「お、お父様、失礼ですよ……」
「ありがとうございます、神官長。セイントワイスの方針で、魔力切れでも戦えるように肉弾戦の練習は常にしています。硬い部分には、お見せすることはできませんが宝石がありますね。宝石人ですので」
シエル様がにこやかに答える。
今までのシエル様は、半分宝石人の血が流れていることを気に病んでいたけれど──紆余曲折あって、気にしなくなったみたいだ。
開き直ったとでも、いうのかしら。
少し開き直りすぎな気がするわね。
「宝石、あるのですね」
「見ますか、リディアさん」
「い、いえ、あの、その、困ります……」
宝石の粒がある舌を見せてくれるので、私は慌てた。
幽玄の魔王様のあられもない姿に、神殿に居並ぶ信徒の女性たちが「きゃあああ」「罪深いわ……!」と言いながら失神している。
うん。気持ちはわかる。なんとなく罪深いのよ。
「シエル君、君はそんな性格だっただろうか」
「そうですね。どうでしたか……少なくとも、リディアさんのおかげで少し、元気になったのだと思います」
「それはなによりだが、リディアとはどこまで……き、キスはしたのか……手を繋いだのか!?」
「アジフライが……口付けと数えられるのならば」
「わー! あー! かぼちゃぷりん!!!」
「かぼちゃぷりん! かぼー!」
「しらたまあんみつ! たまー!」
私が大騒ぎすると、エーリスちゃんとメドちゃんがよろこんだ。
わっしょいわっしょい!
とかけ声をかけられているような気がしてくる。
「お嬢様……な、ななんと、なんと、素晴らしい光景を見せてくださるのでしょう……!」
「捗りますね……!」
「今宵の侍女会議は、紛糾しそうですよ……!」
お父様の後ろに並ぶ侍女の皆さんが、手を取り合って喜んでいる。
何が起こっているのかしら。というか、私、何しに来たんだったっけ。
「リディアちゃん。お仕事に来たのよね? あなた、あまり信徒の皆様を待たせてはいけないわ。シエル君も、ごめんなさいね。この人、リディアちゃんのことになるとすぐ大騒ぎをするものだから」
「いえ、かまいませんよ。リディアさんを預からせていただいている僕に、色々と疑問があるのは当然です」
「シエル君はいつも礼儀正しいわね。こちらこそ、リディアちゃんのために色々とありがとう」
「お母様、シエル様にはいつもお世話になっているのですよ。家賃も払わなくていいとおっしゃいますし」
「それはよかったわね。ルシアン君や、ロクサス君たちも元気かしら」
「はい、皆さん元気ですよ」
「そうなのね、よかったわ。リディアちゃんのことは、皆に任せておけば安心ね」
いつまでも若々しいお母様(こちらは本当に若い。ファミーヌさんに食べられていたせいで、今はたぶん二十歳そこそこという年齢だ)がやってきて、私に手を差し伸べる。
私はお母様とお父様、そしてシエル様と共に大神殿の大礼拝堂の祭壇へと向かった。
土曜日を、お父様はアレクサンドリアの祈りの日と定めた。
この日だけ、私は大神殿で施しを行っている。
魔女の娘たちや魔女との戦いを通して、私は自分の力をきちんと使用できるようになっていた。
お料理に力を込めることもできるし、お料理自体を生み出すこともできる。
女神のキッチンを召喚することもできるけれど、これはよっぽどの場合だ。
お父さんの話では、私の癒やしの力は、別にお料理に込める必要はないらしい。
私にとって魔法は、お料理という形で具現化しやすいというだけで。
「お待たせしました。では、聖女リディアによる癒やしの施しを行います。皆様、瓶を持ちこちらに。一列にお並びください」
お父様の厳かな声が響き、行列が動き始める。
私の前にガラス瓶を差し出す人々の瓶の上に、私は手をかざす。
すると──瓶は、色とりどりの金平糖でいっぱいになる。
それは癒やしの力を持つ魔法の金平糖だ。一粒食べると、病気や怪我や呪いがとける。
私の新しい仕事は、皆に癒やしの力を持つ金平糖を配ること。
これは、気分によって飴玉になったり、ジェリービーンズになったりする。
ともかく、食べやすく保存のきくお菓子として、癒やしの力を形にして、私は皆に配ることを続けていた。
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コミカライズともどもよろしくお願いしますーーー!!!




