聖女リディアのお仕事 1
大衆食堂ロベリアは、年中無休──というのは、私が一生懸命お金を稼いでいたころの話だ。
といっても、ざくざくお金があっても使い道のない私は(これは、真っ黒い服ばかり着ていた黒歴史の時代の私)食堂の経営費を稼ぐぐらいで十分で、ちょっとお金が入ると奮発してお高い食材などを買っていた。
市場には、庶民的な値段の食材がそろっているけれど、反面、手が出ない食材などもある。
とくにツクヨミさんが売っている異国の高級食材などは、とても買えなかったりした。
私が目指しているのは庶民的で安価でお腹いっぱい食べることのできる大衆食堂なので、べつに買わなくてもいいのだけれど。
たまにはほら、豪勢に食材をつかってごちそうを作りたくなる夜なんかもあった。
パン生地を、おもいきり調理台に叩きつけたり。
それをこれでもかこれでもかとのばして、チーズと高級蜂蜜と黒コショウをふって、背徳の蜂蜜チーズピザをつくったりして。
でも一人ではとても食べきれないから、マーガレットさんを呼んで「背徳ね……!」「背徳です!」という、背徳の宴を開いたりしていたのよね。
懐かしい。
「シエル様は、背徳の宴はしなさそうですね……」
「背徳?」
「かぼちゃぷりん」
「はいとく、です、エーリスちゃん」
ロベリアが移転して一年目の冬。
ベルナール王国の空には、赤い月はもう浮かんでいない。大規模なロザラクリマが起こって、赤い月までのぼった私は、囚われていたシルフィーナを解放した。
あの時はただただ必死で、何かを成せたという実感は、ないのだけれど。
でも、空には赤い月はなくなった。
そして、私の元に赤ちゃんになったシルフィーナちゃんが現れた。
どうしてシルフィーナが私の元に来てくれたのか、わからない。けれど、苦しいばかりだった彼女は、もしかしたらもう一度、生きたいと願ってくれたのかもしれない。
そんなシルフィーナちゃんは、今はロベリア新店舗でお昼寝中だ。
しっかりもののファミーヌさんとお父さん、そしてイルネスちゃんがシルフィーナちゃんを見ていてくれている。
土曜日は、ロベリアはお休み。
一生懸命お金を稼がなくても、私はもう大丈夫になってしまった。
店舗代とか、光熱費とか食材費を、シエル様やルシアンさんが支払ってくれるのだもの。
遠慮しているのに、気づけば水魔石や炎魔石の魔力が補充されていて、気づけば氷魔石貯蔵庫が食材でいっぱいになっている。
食材いっぱいの件は、シエル様やルシアンさんだけじゃなくて、レイル様やロクサス様も(特にロクサス様)だけれど。
──ともかく、今の私はとっても甘やかされている。
生活のためではなくて、趣味で食堂を開けてしまうぐらいに甘やかされている。
そんなわけで、お休みの日をつくることができるようになった私なのだけれど、こまったことに──お料理をしていないと、なにをしていいのかよくわからない。
なんだか、うずうずしてしまう。多分だけれど、お料理をするのが好きなのよね、私。
そんなことに最近気づいた。
シルフィーナや魔女の娘を巡る事件に巻き込まれて一年、色々と大変で、目まぐるしくて、好きなことや趣味についてなんて考えることもあんまりできなかったのだけれど。
料理が好き。私のご飯を食べて喜んでくれる、皆の顔を見るのが好き。
だから食堂にお休みの日は、本当はなくてもよくて。
でも、断腸の思いで土曜日をお休みにしたのは、私には、もう一つのお仕事ができたからだ。
そのお仕事のために、私はシエル様と雪の積もる大神殿への道を歩いている。
私のマフラーには、エーリスちゃんとメドちゃんがしまわれている。二人とも、ぴょこんと顔をだして景色を見ていた。
ロベリアと大神殿は遠いから、シエル様の転移魔法で大神殿の前まで連れてきてもらった。
大神殿は広いから、入り口までは歩き出がある。大神殿の大きな門までの道にはすでに、長い行列ができている。
皆が寒くないように、大きな火桶に、魔法の炎がたかれていた。
私とシエル様の姿に気づいて、皆が礼をしてくれる。恭しく頭をさげる人もいれば、「リディアちゃん!」と挨拶をしてくれる人もいる。
その中には──ベルナールの方々だけではなくて。
宝石人の方々や、キルシュタインの方々の姿もある。
それは、ステファン様が『平等宣言』を、発布されたからだ。
ベルナール王国に住まう全ての人々は、平等である、と。
まだ変わらないものもあるけれど、少しずつ変わっていくものもある。
「しらたま」
「はいとく」
「背徳の宴というのは、どういった催しでしょうか。……いや、だろう、か。すまない。どうにも、リディアさ……リディア、にはこの話し方は、慣れなくて」
「あはは、いいですよ、シエル様。いままでどおりで。私も、なんだか照れてしまいます」
シエル様が困ったように眉を寄せている。
シエル様は皆に対して丁寧だけれど、セイントワイスの皆さんにはそうではないのよね。
私はそれが少し羨ましかった。お友達だから、もっと気安くしてほしいと願った。
──お友達、です。今のところ。
ルシアンさんも、シエル様も。一緒にいると安心する、けれど。
違うのかしら。よく、わからない。
「ありがとうございます。……長年の、慣れ、ですね。リーヴィスたちに対する僕は、少し、偉そうなのかもしれません」
「そんなことはないと思いますけれど。……ところで、背徳の宴というのは、夜中に栄養価の高いご飯を食べることです」
「それがどうして背徳なのですか?」
「シエル様……夜中に栄養価の高いご飯を食べてはいけないのですよ。夜は寝る時間なので」
「そういうものなのですね」
「……シエル様のことを、こんど背徳攻めにします」
食事に興味のないシエル様は、背徳の宴の楽しさをしらないのだろう。
今度、真夜中にホールケーキを食べさせてあげよう。
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