はっぴーはろうぃん
レイル様がシルフィーナちゃんを抱き上げてクルクル回っている。
高い高いにしてはすごく高い。そして激しい。
シルフィーナちゃんは「きゃわー」と言いながら喜んでいる。
やっぱりさすが元魔女というべきなのかしら。長らく月にいたせいか、高いところは得意なのかもしれない。
シルフィーナちゃんにとっては、月に幽閉されていたのは嫌な記憶だとは思うけれど。
「姫君、可愛いねぇ! その衣装はなんだろう、攫われた街娘? ルシアンに攫われた街娘!」
「赤ずきんさんです」
「あぁ、狼に食べられるわけだね。シエル、急にいかがわしくなったね。幽玄の魔王様も男ってことだねぇ」
レイル様がシルフィーナちゃんをロクサス様に預けると、シエル様をつつきに行った。
やや乱暴に肘でつつかれているシエル様は、困ったように眉を寄せる。
「僕が選んだわけではないのですが、リディアさん、とても可愛いですよ」
「えへへ……ありがとうございます。でも、恥ずかしいですね。あっ、シエル様は私を食べないこと、知っているので大丈夫ですよ」
「そこで安心されると、僕ももう少し強引になるべきかと悩んでしまいますね」
「これ以上はやめろ。お前は自分の出自について悩んでいる時が一番丁度よかった」
「ロクサス様、シエル様は本当にすごくすごく悩んでいたのですよ。ひどいこと言うと、ロクサス様の分のかぼちゃパイはなしです」
「え゛」
「凄い声が出たね」
「ロクサス、人の傷を抉るのはよくない。正々堂々とリディアを巡って争うべきだ」
レイル様がお腹を抱えながら笑い始め、ステファン様が気真面目な顔で注意した。
「リディア。俺は……リディアの結婚式には父親として出席するつもりだ。必ず出席する。二人で一緒にバージンロードを歩こう」
「え、あ、はい」
ステファン様にがしっと肩を掴まれたので、私は頷いた。目が真剣だわ、ステファン様。
頭から角が生えているのに、ちっとも悪魔っぽい感じがしない。清らかだもの、ステファン様。
「あっ! すまない、リディア! バージンロードなどと口にしてしまった……! 今のは聞かなかったことにしてくれ!」
「え、あっ、はい……っ」
凄い勢いでステファン様が謝罪してくるので、私も勢いに押されて謝った。
バージンロードの何がいけなかったのかしら。結婚式の時に、祭壇まで歩く道のことよね。
「陛下、落ち着いてください。バージンロードは特にいかがわしくないですよ」
「ルシアンが言うとなんでも猥談に聞こえるね」
「ルシアンが言うとなんでもいかがわしく聞こえるな」
「お二人の中の私のイメージは一体どうなっているのですか……」
「視線を向けられると女性が倒れる、恋する乙女製造機」
「歩く成人指定」
「いや、私は基本的には何もしていないのですが。真面目に生きていますよ、これでも」
レイル様とロクサス様が二人でルシアンさんを責めている。
すごく、賑やか。皆、仲良し。嬉しい。
シルフィーナちゃんがロクサス様の包帯を引っ張っている。絡まっているわね。ほどけないぐらいにぐちゃぐちゃになっている。
「あの、レイル様たちはどんな仮装なのですか?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれたね! これは和国の狐様だよ。ツクヨミに聞いたんだ。倭国では狐は神様らしいね。つまり、神様の私だよ」
「俺は、見ての通りだ。ミイラ男だと、兄上に包帯を巻かれた。もうほどけない。最終的には切るしかないなと思っている」
やっぱりほどけないのね、ロクサス様。
包帯を切るか、これからも包帯男として生きていくかの二択しか、ロクサス様には残されていない。
「俺は、これは、悪魔だそうだ。妹たちに、俺には若々しさと邪悪さが足りないと言われてな……このままでは他の男性陣に個性で負けると、角を。特徴のない男で、すまない」
「あ、謝らないでください、ステファン様」
ステファン様は十分個性的だと思うけれど。
すでに飾り付けされているロベリアは、すっかり死者の祭り仕様になっている。
お化けの顔にくり抜かれたかぼちゃの中には、炎魔石の明りが灯っている。
天井からつるされているのは蝙蝠のオブジェで、それ以外にも揺れる星のオブジェや、真っ赤な蝋燭や、髑髏の置物などが、いかにも死者の祭りっぽい雰囲気をかもしだしている。
「今日は来てくださってありがとうございます、それじゃあお料理をはじめますね!」
私はこの日のために考えていたメニュー作りに取り掛かった。
シルフィーナちゃんやエーリスちゃんたちと、レイル様とロクサス様がキッズスペースで遊んでくれている。
シルフィーナちゃんはロクサス様の眼鏡が気になるらしく、何度も奪っては持ち前の魔力で破壊して、レイル様に直して貰って、きゃっきゃと喜んでいる。
ステファン様はそれを感心したように眺めながら「やはり魔女なのだな」と呟いている。
「今のところ穏やかですが、シルフィーナの体には強大な魔力が秘められていると考えてまず間違いはないですね。怒らせたり泣かせたりすると魔力暴走をする可能性があります。気を付けないといけませんね」
「はい、気を付けますね! 寂しい思いや、怖い思いをさせないようにしないと」
煮たかぼちゃを潰しながら、私はアップルティーをいれてくれているシエル様の言葉に頷いた。
楽しい経験を、たくさんしてもらいたい。
苦しいことや辛いことはもう終わったのだから。
「ええ。僕も、一緒にいます。無理をしないでくださいね、リディアさん」
「はい。ありがとうございます、シエル様」
「私もいるぞ、リディア。君の傍に、いつでもいる」
「ルシアンさんも、ありがとうございます」
調理場で料理をしている私たちの声が届いたのか、レイル様が「私も!」と声をあげてくれる。
ちらりと視線を送ると、ロクサス様とステファン様が軽く手をあげてくれる。
私には――頼れる方々が沢山いる。
それに、ステファン様たちだけではなくて、もっと。
「お姉様、遊びに来ましたよ! あなたのフランソワちゃんです!」
「リディア、お、おおお、男と、同棲をしているのがお父様は心配で心配で心配で、あぁああ今日のリディアたんも可愛い……! 私の娘、かわいい!」
「あなた、落ち着いて。リディアが青ざめているわよ」
「すまない、つい興奮してしまった……」
「お嬢様、我ら侍女一同、お嬢様の愛らしい姿を目に焼き付けに来ました。これではかどります、色々と!」
猫耳のついたフランソワちゃんが、ステファン様やロクサス様を押しのけるようにしながらロベリアの中に入ってくる。
そのあとを興奮気味のお父様がやってきて、むやみやたらにシエル様やルシアンさんを威嚇して、お母様に犬のようにどうどうと宥められている。
そしてレスト神官家の侍女の皆さんがやってきて、皆で壁にぺたっと張り付いた。
どうして壁に張り付くのかしら。遠慮をしているのかしら……。
「お姉さん、来たわ! お父さんも一緒よ。シエル様と結婚したと聞いたから、お祝いを持ってきたのだけど……」
「リディアさん、おめでとう」
「い、いえ、まだ、その、まだです……」
もこもこエーリスちゃんの着ぐるみを着たオリビアちゃんと、体にかなり本物っぽい傷を描いたミハエル先生がやってくる。
「リディアちゃん、浮かれた祭りに浮かれたあたしの登場よ~! 今日はお酒飲んでいいのよね? お酒、飲むわよ、お父さん! 朝まで飲むわよ!」
「望むところだ」
黒いシスターの服を着たマーガレットさんがやってきて、お父さんを抱き上げて言った。
私が「お父さんは子犬だからお酒はだめです」と言うと、不服そうに「私は可愛い子犬だが、中身は成人男性だ」と成人男性の主張をしてくる。
「おお、嬢ちゃん、賑やかじゃねぇか。土産を持ってきたぜ」
マーガレットさんのあとから、死者の祭りなのにいつもどおり蛸を持ってきてくれるツクヨミさん。
「リディアさん、団長との結婚を祝いに来たぞ」
「何を言っているのですか、ノクト。我らが妖精リディアさんに相応しいのはシエル様です」
「決着をつけるか、リーヴィス」
「秒で沈めてさしあげますよ」
顔を出した途端ににらみ合い始めるレオンズロアの皆さんと、セイントワイスの皆さん。
一気ににぎやかになったロベリアだけれど、以前よりも広いのでまだまだ十分に座る席がある。
お店を広げてよかった。
だって――お客さんが、こんなに増えてくれたのだもの。
「みなさん、できました! 死者の祭り特別メニュー、可愛い仮装のかぼちゃ尽くしです!」
かぼちゃランプに似せてつくったかぼちゃパイ。
エーリスちゃんの大好きなかぼちゃプリンは、かぼちゃをくりぬいて丸ごとかぼちゃプリンに。
かぼちゃのスープに、蛸さんソーセージパイ。
ルシアンさん特製大きなミートローフに、シエル様がいれてくれたアップルシナモンティー。
まだまだ色々つくりたいけれど、ひとまずは。
「ロベリアにようこそ! 今日はたくさん食べて楽しんでいってくださいね!」
笑顔でご挨拶をするのが、店主のつとめ。
今日も――新しいロベリアは、皆の明るい声で満ちています。
はっぴーはろうぃん!!!




