お父さんとシルフィーナちゃん
聖都の街は、魔物との戦いでセイントワイスの皆さんが結界を張っていてくれた神殿や、お城といった避難所以外は壊滅的な状態だったのだという。
けれど私のふらせたお菓子の雨で、建物や怪我をした皆さんや、セイントワイスの魔導師さんたちの魔力は回復して、すっかり元通りになったのだと、レイル様やロクサス様が教えてくれた。
「姫君、よく頑張ったね。陛下も、ルシアンとシエルも! 赤い月から何本も光線が放たれた時は、もうダメかと思ったよ。シエルがよく耐えてくれたね。赤い月が壊れて落ちてきた時も、いよいよダメかなって思ったし」
「そんなことはないだろう、兄上。皆を励ますように、きっと大丈夫だと、言い続けていただろう」
「ふふ、そうだったかな。じゃあ心の中では怖がっていたかな。怖がりなんだ、私は」
やれやれというようにロクサス様が肩をすくめて、レイル様が首を傾げる。
「無事で、何よりでした。ルシアンさんや、イルネスちゃんやメドちゃんが魔物を引き受けてくれて、シエル様が道を開いてくれて、それからお父さんが……お父さん?」
私は──そういえば、お父さんの姿がないことに気づいた。
人間の姿になったお父さんが、赤い月の扉を開いてくれた。
こういうとき、「可愛い私も頑張ったぞ」と口を挟んできそうなお父さんがいない。
どこにも、いない。
「お父さん……」
私は腕の中のエーリスちゃんたちをギュッと抱きしめた。
皆心配そうに顔を見合わせている。あと、私がギュッとしたので、めしょっと潰れて狭そうにしている。
むにむにむちむちしている。
でも、むにむにむちむちを満喫している場合じゃないわよね。
お父さん──どこに行ってしまったのかしら。
あんなに元気よく、焼き鳥を飛ばしていたのに。
「お父さんがアレクサンドリアから託された役割は、シルフィーナを救うこと。だとしたらもう役目は終わったということになりますが……でも、リディアさんに挨拶もせずにいなくなるなんて、思えません」
私を抱き上げてくれているシエル様が、心配そうに私を覗きこむ。
そいえば私、ずっとシエル様に抱き上げていただいている。
すごく自然にいつも抱っこされているので、ごく自然に受け入れていたのだけれど。
重い、わよね。
シエル様、魔力不足で疲れてるのに、私を抱えさせるなんて──。
「シエル様、わ、私、重いので、自分で歩けますので、おろしていただいても大丈夫です……!」
「それは、駄目ですね」
「だ、駄目ですか」
「こういうのは、なんといえばいいのか……そう、早い者勝ち、ですから」
「はやいもの、がち」
「そういえばシエル。私の方が元気だ。代わろう」
「あっ! ずるい! 私も姫君を抱っこしたい!」
「お、俺も、元気だぞ……! とても元気だ!」
「皆、落ち着け。ここは平等に、一人ずつリディアを抱っこするということでどうだろうか」
揉め始めるルシアンさんたちを、ステファン様が宥める。
お父様がいつものように「君たちは一体リディアちゃんとどういう関係なんだ……! 一人ずつ、リディアちゃんとどこまで、何をしたのか教えなさい!」と怒っていて、お母様に「まあまあ」と宥められている。
「ふふ、いつもの日常に戻ったみたいでいいわね、とても! ここで、戦いではあんまり役に立たないマーガレットさんの、よく当たる占いをしちゃうわね」
「マーガレットさん?」
「そうよ、リディアちゃん。犬のお父さんの居場所、探してあげるわ」
マーガレットさんの両手が輝き、タロットカードが現れる。
その中からキラキラと一枚のカードが私たちの前にクルクルと回りながら浮き上がった。
それは、荷物を一つだけ持って楽しそうに歩いている──エプロンをつけた女性のカードだった。
「これは、リディアちゃん」
「これ、私ですか?」
「そう。愚者のカードね。何も持たない、旅人のカード。お父さんの居場所を調べてリディアちゃんが出たってことは、お父さんは──」
「「「「「大衆食堂悪役令嬢!」」」」」
集まっている皆の声が、重なる。
私は大きく頷いた。
「ロベリアまで、送りましょう」
「我らが妖精、癒しの聖女、リディアさんのために!」
「シエル様、リディアさんをよろしくお願いします!」
リーヴィスさんを筆頭に、セイントワイスの方々が集団で詠唱をしてくれる。
私たちの足元に輝く魔法陣が浮かんだ。
すぐに会いにきてくれるというお父様や、手を振ってくれるお母様、「また後でね」というマーガレットさんや、「酒を飲みに行くからな」というツクヨミさん、「お姉様、大好きです!」というフランソワちゃんたちに手を振って、私たちはロベリアに向かった。
一瞬のうちに景色が変わり、ロベリアの前にたどり着いた。
シエル様が私をおろしてくれる。
体は疲れていたけれど、少し休むことができたからか、立って歩けるぐらいには回復していた。
エーリスちゃんが私の頭の上に乗って、ファミーヌさんは私の首に巻き付いた。
イルネスちゃんをルシアンさんが抱き上げて、メドちゃんをレイル様が抱っこする。
メルルちゃんは、シエル様の肩に飛び乗った。
私はロベリアの扉に手をかける。
いつもと同じ、ロベリアの扉。
路地裏も、立ち並ぶ家々も、いつもと変わらない。
まるで──赤い月でのできごとが、夢だったみたいに。
けれど空にはもう、赤い月はない。
白い月だけが、静かに浮かんでいる。
パタンと、扉を開く。
「お父さん……!」
そこには子犬のお父さんが、食堂の床にちょこんと座っていた。
そして──お父さんの隣には、大きな揺り籠が置かれている。
揺り籠の中には──。
「シルフィーナちゃん……!?」
私たちは、揺り籠を覗き込む。
そこには、愛らしい金の髪と白い肌の赤ちゃんが眠っていた。
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