リディアの帰還
シエル様も、ルシアンさんもメドちゃんもイルネスちゃんも、皆無事でよかった。
メドちゃんとイルネスちゃんがのそのそ私の元にやってきて、抱き上げて欲しいというように両手を伸ばしてくる。
ルシアンさんが二人を抱き上げて、シエル様の腕に抱かれている私の上へと乗せてくれる。
「あじふらい!」
「しらたまあんみつ!」
「うん、よくがんばりました、二人とも。ありがとう。すごく格好よかったですよ!」
「あじふらい!」
「しらたまあんみつ!」
イルネスちゃんがぱたぱたと耳を動かし、メドちゃんがぱたぱたと頭からはえている耳みたいなものを動かした。
ぐいぐいぐりぐりしてくるので、私は二人のふわふわでもちもちな体に、顔を擦り付ける。
「えへへ……よかった。みんな、元気で」
「リディアさん、怪我は?」
「リディア、怪我はないか」
ほぼ同時にシエル様とルシアンさんに尋ねられたので、私はくすくす笑った。
「大丈夫です。体、重たいですけど……」
「恐らく、全ての魔力を使ったのでしょうね。……よく頑張ってくれました、ありがとうございます。あと一歩、赤い月の崩壊が遅れていれば――こちらが限界を迎えているところでした」
「あぁ。あまり情けないことを言いたくはないが、そうだな。イルネスやメドが成体を保てるのは、ほんの数十分といったところだった。それでも、十分力になってくれたが」
「……間に合って、よかったです」
ちゃんと、役目を果たせてよかった。
私が失敗してしまっていたら――もしかしたら、シルフィーナが見せた光景が、本当になっていたかもしれないもの。
「陛下も、ご無事で」
「ご帰還、なによりです」
シエル様とルシアンさんが恭しく頭をさげるので、ステファン様は困ったように「そう他人行儀にされると寂しい。お前たちのことは友人だと思っている」と言った。
ステファン様の口調が、まるで少年のようで愛らしくて、私は声をあげて笑った。
笑うと、どうしてだか涙がこぼれた。
できれば――シルフィーナちゃんも、一緒にいて欲しかった。
私たちと、一緒に。
ずっと悲しくて寂しかった分――たくさん美味しいものを、食べてもらいたかった。
イルネスちゃんとメドちゃんがぷにぷにふわふわした手で私の頬をぺたぺた触ってくれる。
私は「大丈夫、大丈夫です」と何度も繰り返した。
地上に向けてルシアンさんのファフニールとメルルちゃんがゆっくりと降りていく。
魔物の襲来とシルフィーナによる攻撃で、聖都も他の場所もずたずたになっているのかと不安に駆られたけれど、地上に近づくにつれて建物も大地も美しいまま無事なことがわかる。
屋根や通りやお城には沢山のお菓子が降り積もっていて、避難していた人々が外に出て空に向かって手を広げたり、無事を喜び合って抱き合ったりしている姿が小さく見える。
大神殿の前には、お母様とお父様、フランソワちゃんにフランソワちゃんのお母様、それから――リーヴィスさんやノクトさん、レイル様とロクサス様、ツクヨミさんとマーガレットさんが集まっている。
たくさんのお菓子に囲まれて――街はすっかり、お菓子で作られた建物が並んでいるような、不思議な風景に変わっていた。
地上までもうすぐといったところで、ファフニールがばらばらと崩れはじめる。
メルルちゃんももう限界だったのか、大きな竜からするすると小さな狐に似た動物の姿に変わりはじめる。
「あ、わわ……」
「ファフニールも、限界だったな。気に入っていたんだが、仕方ない」
ルシアンさんが残念そうに呟いた。
慌てる私をよそに、シエル様もルシアンさんも落ち着いている。
「お、落ちます……!」
ステファン様がメルルちゃんを空中で掴んで腕に抱いた。
空に放り出された私たちを、まんまる羊たちの群れがぽわんぽわんと受け止めた。
セイントワイスの皆さんが、集団で詠唱をしてくれている。
これは、セイントワイスの召喚術――。
「ふふ……あはは……」
そういえば、――ずっと前。
ずっと前に感じるけれど、一年前のこと。
王宮でステファン様が、まん丸羊の群れに囲まれて、ぽよんぽよん弾き飛ばされるのを見たのだったわね。
あのときのことを思いだして、私は大きな声で笑った。
シエル様も、珍しくくすくす笑っていて、ステファン様は恥ずかしそうにしている。
ルシアンさんは奇妙なものを見るように「何故羊なんだ……?」と、首を傾げている。
羊の群れが消えた後、エーリスちゃんやファミーヌさんを抱き上げたレイル様が駆け寄ってきてくれる。
「姫君! 皆、無事でよかった! 当然無事だろうと信じていたけれど、本当によかったよ……!」
「リディア、陛下も……シエルもルシアンも、怪我もなさそうで、なによりだ」
ロクサス様は途中で転んで、マーガレットさんが「あらあら、なかなかきまらないわね」と言って、ロクサス様に手を差し伸べる。
ツクヨミさんやお父様やお母様が、ゆっくりと歩いてくる。
エーリスちゃんとファミーヌさんがレイル様の腕から飛び出すと、私の胸に縋り付くように飛び込んできた。
「かぼちゃぷりん!」
「タルトタタン!」
いっぱいの動物たちを抱えた私は、皆に顔をすりすりした。
落ち着く。
帰ってきた感じ。
少し離れたところで、フランソワちゃんが「お姉様……!」といいながら、大きな声をあげてボロボロ泣いている。
街の人々が、私や、シエル様やルシアンさんや、ステファン様の名前を呼んでいる。
それから、レイル様と、ロクサス様の名前を――。
「リディアちゃん、お帰り」
「嬢ちゃん、よく頑張ったな。お帰り」
「リディア、よく戻った!」
「リディアちゃん……頑張ったわね。あなたはお母様の、誇りよ」
マーガレットさんが、ツクヨミさんが、お父様やお母様が。
優しく、声をかけてくれる。
たくさんの拍手と、歓声に囲まれて――。
「ただいま!」
私は、大きな声で言った。
帰って来れて、よかった。
――ただいま。
それはきっと――特別な言葉。
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