赤い月の魔女の元へ
メルルちゃんの背中に乗って、私たちは赤い月へと飛び立った。
その背中は銀色の草原みたいで、シエル様が「透明な結界」と詠唱すると、私たちをつつむ透明な膜が現れる。
王宮の前庭から空に飛び立つ私たちに向かって魔物たちが一斉に襲いかかってくる。
メドちゃんの尻尾が振り下ろされて魔物たちを弾き飛ばし、イルネスちゃんが両手を広げると、イルネスちゃんの周りに黒い蜂のようなものが沢山現れて、魔物たちの体に纏わり付いた。
「行け、リディア!」
ルシアンさんが私たちの護衛をするようにファフニールで空を駆ける。
ルシアンさんの剣に炎が纏わり付き、一つ目の、大きな口と翼のある魔物たちを炎の剣で切り裂いた。
「陛下、リディアさん、しっかり捕まって。振り落とされないように」
ステファン様が私の体を支えてくれる。
私たちを庇うように前に出たシエル様が両手を広げると、空中にいくつもの黒い渦が現れる。
「黒死の炎竜」
渦から何頭もの黒く長い蛇ににた、炎でできた竜が、魔物たちを食いちぎり、その体を燃やして撃墜していく。
私たちにむかって、小さな虫でもはたき落とすようにして魔女の手が振り下ろされる。
炎の竜がその両手に纏わり付いて、動くことができないように拘束した。
魔女の両手は炎に焼かれて、焼け焦げて、消えていく。
けれどそれは一瞬のことで、再び強大な赤い月から逆さ吊りになったようにはえる女性の体から、二本の手が再生していく。
多くの魔物が、ルシアンさんやイルネスちゃん、シエル様によって倒されて散っていくけれど──赤い月からは無尽蔵に、魔物がうまれているようだった。
魔女の体には、鎖が巻き付いている。けれどその鎖は、魔女が体をよじる度、暴れる度に、徐々に錆びて、ひしゃげて、崩れていくようだった。
メルルちゃんはとても大きいのに、魔女の手はメルルちゃんに比べてももっと大きい。
人間と、蝶々ぐらいの違いがある。
その両手が私たちを包み込むようにして、指を伸ばして開く。
その両手に、赤く妖しく輝く幾何学模様がうまれる。
シエル様は眉をきつく寄せる、珍しい表情を浮かべると、私たちを振り返った。
「陛下、リディアさんを頼みました。――最後の道を開きます」
「シエル様……!」
「大丈夫、僕は――まだあなたからの返事を聞いていない。それに、生きると決めた。だから、死なない」
シエル様は私の頬に触れると、軽く額に口づける。
「あなたに――女神の加護があるように。どうか、無事で」
「大丈夫です、必ず、帰ります! みんなのところへ!」
「シエル――すまない。リディアは俺が、必ず連れて帰る」
ステファン様が真剣な瞳でシエル様を真っ直ぐに見た。
「陛下。聖剣は、魔女を討つことができる。――救済の望みが果たせなかったときは、頼みます」
シエル様は微笑んでメルルちゃんの背中からふわりと浮き上がる。
その背中には宝石を組み合わせてつくったような美しい翼が現れる。
「虹色の弾丸」
シエル様の宝石の翼から放たれた虹色に輝く鋭い宝石の粒が、魔女の両手を貫いていく。
両手に風穴をあけられた両手から、何本もの光線が放たれる。
シエル様のつくりあげた結界が、私たちと聖都を覆うようにして守ってくれている。
轟音が響く。幾重にもはられた結界に突き刺さり、何本かの光線は大地に突き刺さり、建物を破壊し、大地を切り裂いた。
魔女の両手の間を、メルルちゃんはするりと抜ける。
抜けて、上へ。上へ。
赤い涙を流す黒い虚な瞳の中央には、血のように真っ赤な瞳孔がある。
それは、女性の顔にうかんだ二つの赤い月に見えた。
大きな口が裂けるように開く。
赤い舌と、鍾乳石のような歯が、世界の果てに開いた深い穴のような口の中に並んでいる。
「――シルフィーナ。哀れな姿だ」
不意に、お父さんの声がする。
お父さん――そういえば、私の両手に抱いていた気がするけれど、途中から姿が見えなくなっていた。
お父さんは私たちの前に浮いている。
子犬じゃなくて、人間の姿で。
黒い髪が、どことなく古めかしい神官のような服装の裾が、風に揺れた。
「アレクサンドリアは罪を犯した。君を傷つけ、君を魔女に変えて――苦痛と孤独の牢獄に長きにわたり閉じ込めた。もう、終わりにしよう。シルフィーナ、君もきっと、救済を待っているはずだ」
お父さんが振り返り、私を見る。
それからにっこりと、優しい顔で微笑んだ。
「リディア、泣き虫で怖がりで、逃げてばかりだった君が、よくここまで来た。私は君を、誇りに思う」
「お父さん!」
お父さんは片手を優雅にあげる。
白く輝く、鋭い槍のようなものが、お父さんの正面に何本も現れる。
槍――。
槍かしら。
ちょっと違う気がする。
「お父さん、それはやきとりの串なんじゃ……!」
「やきとりは、この国で一番可愛い私の好物だからな!」
やきとりの串みたいな槍が、シルフィーナの体に、顔に、降り注いだ。
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