元の姿に戻るみんなと一緒
――空から、魔物が落ちてくる。
セイントワイスの方々がお城の屋上に並び、お城を囲むようにして結界を張る。
ひび割れた大きな魔石が、お城の上にくるくるきらきらと輝いている。
長く、聖都を守っていてくれた魔石は、今にもその輝きが失われて、割れてしまいそうに見えた。
「皆、数は多いがただの魔物だ! 臆するな! 人々を守るのがレオンズロアの役割だ!」
ノクトさんが声を張り上げる。
どさどさと、私たちの周辺に魔物たちが落ちた。
地面を埋め尽くしてしまうほどにその数は多くて、私はぞわりとした悪寒が足下からはいあがってくるのを感じた。
足も、指先も震えてしまう。
私よりもずっと大きくて、何枚もの羽がある虫のようなものや、凶暴な牙を持った巨大な狼のようなもの、大きな口をあんぐりあけた花のようなものが、たくさんの目が、私たちを見ている。
「裂傷の赤、灰燼の灰色」
シエル様の詠唱と共に、襲い来る魔物たちの一軍が鋭い風の刃によって切り裂かれて、劫火に焼かれたように塵になって消えていく。
魔物たちの一部は消えたけれど、次々と新しい魔物たちが空からふってきている。
シルフィーナの手が大きく広がって、その中央には赤い涙を流している虚な真っ黒な瞳を持った、巨大な女の顔がにょっきりとはえている。
あんぐりと口を開けて耳障りな叫び声をあげた。
その首の下、胸の中央部分が妖しく輝くと、新しい魔物たちが体から生み出されて、ぼたぼたと落ちてくる。
母体と表現するのがぴったりな光景だった。
「いくよ、ロクサス。今回ばかりは、出し惜しみはしないほうがいいようだね」
「あぁ、兄上。奪魂!」
ロクサス様の魔法が魔物たちの体をカラカラに枯らせて、レイル様がその中を走って行くと、素早く両手に持った剣を振るう。
レイル様の剣は魔物たちを軽々と切り裂き、魔物を足場にしながら飛び上がり、空へと駆け上がる。
「変若水」
レイル様の魔法が空に広がり、空を飛ぶ者たちの時間を巻き戻す。
時間を巻き戻された魔物たちは、ほんの小さな宝石へと姿を変えて、パリンと割れて消えていった。
「私も――」
ルシアンさんがファフニールで飛ぼうとしたところで、エーリスちゃんたちがルシアンさんにしがみついた。
「かぼちゃぷりん!」
しきりに、何かを訴えているエーリスちゃんに、ルシアンさんは不思議そうに首を傾げる。
それから私に視線を向けた。
「リディア。エーリスたちが、ご飯を食べさせてくれと言っている」
「えっ、今? 今、お腹がすいちゃったんですか、皆……」
そんな場合ではないと思うのだけれど。
でも、私は両手を胸の前であわせた。
もう――大丈夫。私は私の力を、きちんと使うことができる。
エーリスちゃんの前に、ぽんっとかぼちゃプリンが。
ファミーヌさんの前に、ぽんっとタルトタタンが。
イルネスちゃんの前に、ぽんっとアジフライが。
メドちゃんの前に、ぽんっとしらたまあんみつが現れる。
皆はそれをぱくっと食べると――途端に、その体に変化が起こり始める。
エーリスちゃんの体が、どんどん大きくなっていく。
ファミーヌさんの体が、美しい女性に変わっていく。
イルネスちゃんが、背中に黒い翼のはえた少女に変わっていく。
メドちゃんは、頭が三つある蛇の体を持つ女性の姿になっていく。
「おかあさん、ありがとう。おかあさんのために、おかあさんと戦う」
どんどん大きくなって、女性の姿に変わっていくエーリスちゃんが、拙い口調で言った。
「お母さん、行って。本当は、聖地から月に向かわなくてはいけなかった。一番、近いから。けれど――」
妖艶な女性の姿に、背中から蜘蛛の足のようなものがはえているファミーヌさんが、空を睨むようにしながら言う。
「シルフィーナお母さんが、自分から降りてきてくれました。お母さんは、怒っています。私たちが裏切ったから。怒って、目覚めました。女神の封印を、破ろうとしています」
少女の姿をしたイルネスちゃんが、翼を広げて空に浮き上がった。
「私たちが、道を開きます。妖精竜は、月への箱船。メルルに乗って、お母さんは、シルフィーナの元に。どうか、私たちを産んだお母さんを、助けてあげてください」
「がんばって、おかあさん」
小さな子供のような口調で、メドちゃんが言う。蛇のような下半身の、尻尾が、ぱしりと地面を叩いた。
「……キュ!」
メルルちゃんが、私の前で一回転する。
「私たちは、お母さんのお料理からずっと、魔力を貰っていました。メルル、受け取ってください」
イルネスちゃんや皆の胸から、虹色に輝く星形の宝石がうまれて、それをメルルちゃんがぱくぱくっと食べた。
メルルちゃんの体は美しく輝いて、その姿が光り輝く竜へと変わっていく。
「姫君、ここは私たちに任せて。エーリス、ファミーヌ、私たちは聖都を守りにいくよ! 今はレオンズロアや、ツクヨミたちが頑張ってくれているだろうけど、そのうち限界が来るだろうからね」
レイル様がエーリスちゃんの肩に乗った。
エーリスちゃんは目を閉じて頷く。エーリスちゃんが軽く手を薙ぐと、魔物の群れが潰されて、腕から伸びる植物の蔓のようなものに絡め取られて、消滅していく。
ファミーヌさんの吐き出した蜘蛛の糸が、網のようにいくつかの魔物の群れを地面に釘付けにした。
「ロクサスも、私と一緒に! 皆を守るのが、公爵家の役割だ。シエル、陛下、ルシアン。姫君を任せたよ」
ロクサス様に向かって、エーリスちゃんが手を差し出した。
「乗って、めがね」
「丸餅。大きくなったからと調子に乗るな。ロクサスお兄さんだ」
「めがね」
ファミーヌさんも「勇者と、眼鏡」と言っている。ロクサス様は憮然としながら、エーリスちゃんの手によじ登った。
「握りしめるな!」
「眼鏡は、すぐ、落ちる」
「余計な気を遣うな、丸餅のくせに。リディア、無事でいてくれ。俺はお前が、その、なんていうか、き、嫌いではないからな!」
「ありがとうございます、ロクサス様! エーリスちゃん、ファミーヌさんも、皆を、お願いします!」
私はレイル様とロクサス様とファミーヌさんを乗せたエーリスちゃんに手を振った。
エーリスちゃんはにっこり笑って、ファミーヌさんは「まかせて」と微笑んだ。
騎士団の皆が、セイントワイスの皆さんが、お城の窓から不安げに外の様子を見守っている方々が、大きなエーリスちゃんを見てびっくりしたような顔をしている。
エーリスちゃんが歩く度、植物の蔦が地面からはえて、魔物たちを絡め取っていく。
ファミーヌさんの作り上げた蜘蛛の糸が、空から雨のように落ちて、魔物たちを切り裂いた。
「私はイルネスと共に、空を飛ぶものを撃墜する。イルネス、行こう」
「ルシアン。いいですよ。メドちゃんも、一緒に。メドちゃんは頭が悪いから、指示してあげないといけません」
「辛辣だな、相変わらず」
「頭が悪くて可愛いです」
ルシアンさんは私の頭を軽く撫でる。
それから、「君のために道を開く」と、力強く言ってくれた。
「ルシアンさん、気をつけて」
「あぁ。私の勝利の女神。無事に戻ったら、君を抱きしめさせてくれ。愛しているよ、リディア」
「そ、そういうことを、さらっというのは、困ります……」
「こういう時だ、本音ぐらい言ってもいいだろう?」
ルシアンさんがファフニールに乗って、イルネスちゃんと共に飛んでいく。
イルネスちゃんは「メドちゃん、こっち! 人は守って、魔物はやっつけて!」と、指示を出している。
メドちゃんはイルネスちゃんの指示に従うように、魔物たちに向かっていく。
メドちゃんの目が妖しく光ると、魔物たちがばたばたと倒れた。
――死の呪いだろう。怖いけれど、今は、心強い。
「……リディア、俺は君と共に月へのぼろう」
「僕は、陛下とリディアさんを守ります。行きましょう」
ステファン様とシエル様と私は、輝く竜の姿になったメルルちゃんの背中に乗った。
そして空へと飛び立ったのだった。
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