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さいごの挨拶



 大神殿前では、お父様とお母様や、神官の皆さんが、街の人々に神殿の中へ入るように、避難の指示を出している。

 聖都を覆う水の膜のような結界に、不気味な姿をした魔物たちがかじりついている。

 虫のような姿をしたものや、動物のような姿をしたもの。翼のあるものや、人の体の一部のような形をしたもの。様々な魔物が、結界にびっしりとはりついている。

 それは、落とした飴玉に群がる蟻のように黒々としていて、その黒々とした魔物たちの更に上空には禍々しい赤い月が浮かんでいる。


 空は暗く、そして赤く染まっている。

 夕日のような赤ではなくて、もっとどす黒い、血のような赤だ。

 聖都を覆い尽くしてしまうぐらいに大きな赤い月からは、空と地上を繋ぐ梯子のように巨大な女性の手がにょっきり伸びている。


 捻れて尖った爪に、皮膚は所々腐乱しているように色が悪い。

 その両腕が抉るように振り下ろされると、聖都を覆う結界にパキパキと罅が入っていく。


 腕が振り上げられて、振り下ろされる度に大地が揺れて、それは立っていられないほどだった。

 ルシアンさんが転びそうになる私を支えて、シエル様が私たちを覆うように結界を張ってくれる。

 結界は地面から足を少し浮かせてくれているようで、激しい地揺れから私たちを守ってくれた。

 地揺れのせいで、建物が壊れている場所もある。


 転んだり、崩れた建物で怪我をしたのだろう人々を、治療師さんたちが魔法で癒している。

 その中にはフランソワちゃんの姿があり、私たちに気づくと転びそうになりながらも駆けよってきてくれる。 


「お姉様!」


「フランソワちゃん!」


「空に、突然、おそろしいものが現れたの……! あれは、魔女……?」


「……ええ、たぶん」


 シルフィーナは赤い月に封じられているはずなのに、どうして落ちてきているのかは分からない。

 けれど――聖都を長らく魔物たちから守ってきてくれた結界は、今にも破られそうになっている。


「お姉様……どうしたらいいのですか、このままじゃ、皆……!」


「大丈夫です、フランソワちゃん。フランソワちゃんは、このまま怪我をした人たちを治してあげてください。とても、立派です」


「お姉様はどうするの? お姉様も一緒に逃げないと……! ここにいたら、危険です!」


「私は、大丈夫です。私は聖女ですから、こういう時のために、私はいるのですよ」


「聖女だからって危険な場所にいくのは間違ってます、お姉様も私と一緒に逃げましょう!」


 フランソワちゃんが私に抱きついて、駄々をこねるようにして首を振った。

 不安なのだろう。

 当たり前だ。頭上に広がる光景は、とても人の力ではどうにもできないもののように思える。


 それほど、強大で不気味で圧倒的で、そして――神々しさすら覚えるものだった。


「フランソワちゃん、大丈夫です。だって、私には皆がいるので! 私は皆を守ります、それから、魔女を……寂しい場所から、救います」


 シエル様とルシアンさん、それから、肩に乗ったり頭に乗ったりしているエーリスちゃんたちを振り返ると、皆力強く頷いてくれる。


「お姉様……」


「リディアちゃん!」


「リディア!」


「お父様、お母様!」


 お父様とお母様も、私の元へ駆け寄ってくる。


「神殿に、神官たちが結界を張っている。だが、聖都の人々を皆避難させることは不可能だ。セイントワイスの結界は、もう限界だろう。もうすぐ、魔物の大群が落ちてくる」


「リディア……あなたは、……戦うのね」


「はい。お母様もお父様も、街の人々をよろしくお願いします。私は、月に行きます。ちゃんと帰ってきますから、待っていてくださいね」


 フランソワちゃんが私から離れて、その代わりにお父様とお母様が私を抱きしめた。


「フェルドゥール様、ティアンサ様、リディアさんは必ず守ります」


「この命に代えても、必ず」


 シエル様とルシアンさんに、お父様は「二人とも、娘は任せた。この任せるとは、嫁にやるという意味ではないからな。勘違いしないように」と言って、お母様に「そんな状況じゃないですよ、フェル様」と窘められていた。


「大神殿にできる限り人々を避難させてください。各避難所に、セイントワイスの魔導師たちを配置します。街の結界が破られても、避難所に魔物が入ることができないように、新たな結界を張ります」


 シエル様がそう言うと、リーヴィスさんとセイントワイスの魔導師の皆さんが何人か、集団で転移を行い現れた。


「シエル様、聖都の結界を維持する大魔石にひびが。もう、持ちません。あぁ、リディアさん、こんにちは」


「リーヴィスさん、こんにちは」


 いつも淡々としているリーヴィスさんが、少し焦った様子でそう言って、私の姿に気づくとにこやかに挨拶をしてくれる。

 私もにこやかに挨拶をしたけれど、そんな場合じゃないので、表情を引き締めた。


「リーヴィス、各地の避難所で結界を。魔石は僕のものを使用してください。結界が持つ間に、全てを片付けてきます」


「了解しました、シエル様」


 シエル様が手をかざすと、リーヴィスさんの手の上に、シエル様のてのひらからぼとぼとと赤くて美しい宝石が落ちた。

 リーヴィスさんはそれを部下の皆さんに配りながら、「お気をつけて、シエル様。そして、リディアさんと、ルシアン殿」と、挨拶をしてくれる。


「レオンズロアの騎士たちは、結界が破られたときのために、配置についています。陛下と、ロクサス様たちは王宮に。私たちは結界を維持するだけで恐らく手一杯になるかと。……この異変は聖都だけではなく、各地に起っているのだとしたら――被害は、甚大です」


「あぁ、わかった。教えてくれてありがとう、リーヴィス。陛下の元に行こう、シエル」


「そうですね。リーヴィス、街の人々のことは頼みました」


「ありがとうございます、シエル様。どうか、ご武運を」


 リーヴィスさんや、お父様とお母様、フランソワちゃんたちが、大神殿に皆を誘導するのを見送って、私たちは王宮へと向かった。

 その間にも結界には歪みができ、街全体が揺れて、街の人々の悲鳴が、子供たちの泣き声が、街中に響き渡っていた。



お読みくださりありがとうございました!

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