ルシアンさんの伝えたいこと
書架とルシアンさんの体に挟まれた私は、戸惑いながらルシアンさんを見上げた。
身じろぐことしかできないほどに、ルシアンさんの体が近くにある。
まるで閉じ込められてしまったみたいで、どことなく少し、怖いような気もする。
「リディア。……最後だと思うから、伝えなければいけない」
「最後?」
「あぁ。……赤い月にのぼれば、何が起こるかわからない。俺の役目は、シルフィーナの元に君を届けること。シルフィーナを癒やす君を、守ること」
何か、嫌な感じがする。
ぞわりと背筋を這い上がってくる、不安のような。
どうして、最後なんて言うのだろう。
「シルフィーナは、俺にとっても古い家族のようなものだ。牢獄で苦しみ続けているのなら、救いたい。シルフィーナが魔物をうみ、魔物が人を殺す。悪循環を、断ち切りたい」
「……ルシアンさん。きっと大丈夫ですよ、全部、うまくいきます」
「そうだな、リディア。……不思議だな、ずっと不安だと言って、泣いていた君に励まされるなんて」
「私、お料理が得意な聖女なんです。だから、大丈夫です」
「リディア――眩しいな、君は。俺の覚悟も、なにもかもを、大丈夫の一言で救ってくれる。君がいなければ、今の俺はなかった。……こんなに、彩りに満ちた毎日を、過ごすことなどできなかっただろう」
ルシアンさんはいつも、落ち着いていて。
大人で、しっかりしていて、それから――心の内を見せないところがある人だと、思っていた。
けれど今は、やわらかくて繊細な、心臓の奥底を、触らせてくれているみたいで。
嬉しいけれど、妙に緊張する。
「君が、シエルを信頼していること、特別に思っていることは知っている。だが、俺も――」
ルシアンさんの眉が、切なく寄った。
片手が、私の頬に触れる。軽く顎を持ち上げられて、動けない私の唇にそっとルシアンさんのそれが触れた。
「ルシアンさ……っ」
「君が好きだ。……黙っていようと思っていた。君との優しい関係を、壊したくない。君が誰を選んでも、俺は君の剣でありつづける。俺の心臓は君のものだと、思っていた」
今のは――キス。
唇が触れた。私の大きく見開いた瞳に、切なげに笑うルシアンさんがうつっている。
私、ルシアンさんとキスを――。
全身の血液が沸騰したみたいに体が熱くなって、ばくばくと心臓が鳴り始める。
「君とシエルの間に、何かあっただろう? リディア、君は明らかにシエルを意識していて、……俺は、心底焦ったよ。シエルは君を神聖視していて、俺と一緒だと思っていた。自分から、関係を壊しにいったりはしないと」
「……私、っ、あ、の……」
「俺は、シエルみたいに綺麗じゃない。自分を律し続けて生きてきた、身ぎれいな男とは違う。……君に言えないことはたくさんあるし、消したい過去ばかりだ。……だが、それでも、俺に手を差し伸べてくれた君を、ずっと大切に思っていた」
何も言うことができなくて、きゅっと唇を結んだ。
唇を結ぶとなんだかすごく切なくて、じわりと涙が滲んだ。
私――シエル様に好きって言われて。
色々考えて、私も好きだなって思った。
だって、シエル様はずっと私のそばにいてくれた。不安な時も寂しい時もずっと、一緒に居てくれた。
大丈夫だって、手を引いてくれた。
それなのに、ルシアンさんにキスされて、好きって言われて。
すごく、ドキドキしている。
それって、とても――最低なことではないかしら。
「大切に思うだけじゃ、足りない。君がシエルの物になるのかと思ったら、とても――行儀よく待ってなどいられない。俺は聞き分けがいい大人しい男なんかじゃない。……俺も、君が欲しい」
「ルシアンさん、私……」
「最後かもしれないから、伝えておきたかった。……何も言わずに君から離れるようなことになれば、きっと後悔する。リディア、好きだ。君がシエルを選ぶとしても、俺の気持ちは変わらない」
「私、……っ、あ……」
ルシアンさんの両手が私の顔の横にあって、体を書架に押し付けられるようにされる。
もう一度唇が触れ合う――と、思った瞬間、頭の中に、声が響いた。
『――リディアさん、どこにいますか?』
シエル様の念話だ。
こんな風に念話で呼ばれたのははじめてで、私は大きく目を見開くと、ルシアンさんの胸を押した。
「ルシアンさん、待って……駄目です、駄目……っ」
「駄目、か」
「私、まだ色々やらなくちゃいけないことがあって、まだちゃんと考えられなくて……! だから、こういうのは待ってください、ちゃんと恋人にならないと、しちゃいけないんです、ルシアンさんの馬鹿!」
「シエルとはしていた」
「あっ、あれは! 緊急事態だったので……!」
わぁわぁ騒ぐ私の頭の中で、シエル様が私を呼ぶ声が響いている。
よほどのことがない限り、シエル様は念話で私を呼んだりしないだろう。
何か――よくないことが、起こったのかもしれない。
私が騒いでいる声に気づいたのか、メルルちゃんの背中に乗ってエーリスちゃんたちが私たちの元にやってくる。
『どうした、リディア。セクハラか……!?』
「かぼちゃぷりん!」
「……タルトタタン」
お父さんの声と共に、エーリスちゃんとファミーヌさんがルシアンさんの背中に突撃した。
イルネスちゃんとメドちゃんが、私に向かって小さな手を伸ばしている。
私は顔を真っ赤にしながら、二人を抱き上げて、何があったのかをごまかすように曖昧に笑った。
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