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地下の宝物庫



 扉を開いた先は、広い空間が広がっていた。

 暗い室内の入り口付近にあるテーブルの上にカンテラを置いて、ルシアンさんが部屋にある燭台の蝋燭に炎魔法で火を灯してくれる。


「宝物庫だな」


 メルルちゃんの背中から降りたお父さんが言った。

 お父さんの言う通り、炎に照らされた部屋には書架の他には宝箱のようなものや、美術品と思しき壺や絵画なども並んでいる。

 

 美しい細工を施されたクリスタルの小瓶や、装飾品なども無造作に置かれていて、雑然とした印象だけれど一つ一つが価値のあるもののように見えた。

 エーリスちゃんたちが座り心地のよさそうな大きなソファの上にぽよんと乗っかって、ぽよんぽよんはねた。

 ファミーヌさんは貴婦人みたいにソファに寝そべっていて、登れなくて困っているイルネスちゃんやメドちゃんを、メルルちゃんがその体を頭で押し上げて、登らせてあげている。


「あぁ。戦乱のあと、城にあったものを運び出してきたものだな。キルシュタインの歴史を守るため――それから、ベルナールに貴重なものを奪われないようにするため」


 ルシアンさんが部屋の中を見渡しながら言う。


「といっても、守らなくてはいけない貴重品などそこまであるのか、私にはよくわからないが」


「もしかしたら、シルフィーナの記録が、何か残っているかもしれませんね」


「あぁ。ここを調べたことはあまりない。あるかどうかは分からないが、探してみる価値はあるだろう」


「はい!」


 私はくつろいでいるエーリスちゃんたちに「ちょっと待っていてくださいね」と言って、部屋の奥へと進んだ。

 記録があるとしたら、それは紙として残っているだろうか。

 並んでいる本の背表紙に指で触れて、書いてある言葉を確認する。


『魔物の力を操る方法』

『魔法の種類と派生体系』

『土魔法を使用しての土木工事について』


 等々。古めかしい表紙の本だけれど、キルシュタインは古くから生活に魔法を役立てていたことがよくわかる内容の本が並んでいる。


「んー……」


 背表紙を見たり、時々開いたりしながら、宝物庫の奥へ奥へと進んでいく。

 奥にいくほど、本は古くなっているようだった。

 きちんと背表紙のあるものから、紐で止められただけの紙の束へと変わっていく。


 ふと、視線のさきにぼんやりと青く光っている本がある。

 その本の周りには、青い蝶のようなものがひらひらと舞っている。


「――あれは、開かずの禁書と呼ばれているものだな。強い魔力を帯びていて、開くことができない。私たちにもあれが何か分からないんだ」


 私の傍で書架を探っていたルシアンさんが教えてくれる。

 何かに引きよせられるようにして、私はその本の前で足を止めた。

 おそるおそる、輝く背表紙に手を触れさせる。


「……あ」


 触れた途端に、輝く青い蝶たちが、私の中へと入ってくるような感覚に襲われる。

 エーリスちゃんたちに貰ったシルフィーナの記憶が、次々と蘇ってきて、私は一歩後ろに下がった。


「大丈夫か、リディア」


「は、はい……大丈夫です」


 シルフィーナの記憶があまりにもはっきりと鮮やかで、それを思い出すとまるで自分がシルフィーナになってしまったような気さえする。

 裏切られた悲しさと、子供を奪われた悲しさと憎しみと――それから。


 これは――故郷に帰りたいという、郷愁。

 子供の頃に戻りたい。何も知らなかった、子供の頃に。

 愛する人はいなかったけれど、両親がいて、兄妹がいて。それだけで、十分幸せだった。

 かえりたい。かえりたい。


「……っ」


 シルフィーナの記憶でいっぱいになった私を、ルシアンさんが支えてくれる。

 私たちの前で輝く本の光がおさまっていき、それはただの古びた本に戻ったように見えた。


「まるで君を、待っていたかのようだな」


「……読めるでしょうか」


 私はその本を取り出した。古びた青い表紙に、中の頁はけれど虫食いもなく綺麗なままだった。

 一枚目の頁を開いてみると、そこには少し幼い文字で『今日は楽しい一日でした』と書かれている。


「今日は……楽しい一日でした。お父様が、新しいドレスを作ってくれました。お母様が可愛いと褒めてくれました」


 短い文章だけれど、その文字は嬉しそうに跳ねている。

 きっとすごく、楽しかったのだろうということが伝わってくる。


「これは、日記……?」


「あぁ。そのようだな」


 私の呟きにルシアンさんが頷いてくれる。

 文字が見やすいようにだろう、ルシアンさんが「カンテラを持ってくる」と言って、宝物庫の入り口に戻って言った。


 薄暗いので、読みにくい。

 黒いインクが次の頁にも、楽しそうに踊っている。


「今日も楽しい一日でした。お兄様が鹿を捕まえてきたのです。お兄様は、魔物を上手に操ることができます。キルシュタインの王族は、魔物を召喚することが得意です」


 これは――多分、シルフィーナの日記だろう。

 他者の内面を、不用意に探っているようであまりいい気分はしないけれど――。

 それでも、何か大切なことが書いてあるかもしれない。

 私は緊張しながら、次の頁を捲った。



お読みくださりありがとうございました!

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