いつものプロポーズみたいなやつとルシアンさんの冤罪
十七人分の朝食を提供した慌ただしい朝が終わって、リーヴィスさんとノクトさんが競い合うようにしてセイントワイスの皆さんの朝食の代金と、レオンズロアの皆さんの朝食の代金を多めに支払ってくれた。
「リディアさん、またきますね。我らの妖精。命の恩人。そして、シエル様の大切なご友人。セイントワイスはリディアさんの味方です。百万の兵でも、リディアさんのためなら相手をしましょう」
リーヴィスさんは、恭しく私に礼をして言った。
セイントワイスの皆さんも「リディアさんの顔を見ると力がみなぎる」「リディアさんの可憐さで今までになく体調が良い」と言っている。
それは私の顔を見たからではなくて、料理を食べたからだと思うの。
私の料理以上に、私の顔に見ただけで元気になるような力なんてないもの。
「リディアさん。我らレオンズロアも、リディアさんのためなら一千万の兵でも相手をしよう。なんたって、我らはリディアたんを励ます会なのだからな!」
リーヴィスさんに対抗するようにノクトさんが言う。
レオンズロアの皆さんから「おお〜!」と再び野太い声があがった。
私の可愛い食堂を、戦に赴く前の駐屯地みたいにしないでほしいのよ。
「わ、私、国に叛逆とか、しないので……戦っていただかなくても、多分、大丈夫です……」
「いや、わからないぞ、リディア。突然王国中の人間全員が、リディアの敵になるかもしれない。そういう危機感を常に抱きながら生活するのは大切だ」
ルシアンさんが、私の両肩にぽん、と手を置いて、不吉なことを言った。
「どうしてそんな危機感を抱かなきゃいけないんですか……私、ただの、大衆食堂の料理人なのに……」
「常に最悪の事態を考えるのは大事なことだぞ、リディア。そうなった時には、私が君を守ろう。世界中が敵になったとしても、私は君の味方だ」
「か、顔が近い、顔が近いです……っ、どういう状況なんですか、それ……!」
いくらなんでも、規模が大きすぎる。
私は国の転覆を考えている犯罪者とかじゃないので。
ルシアンさんがすごく至近距離で、真剣な表情で私を見てくるので、私はびくびく震えながらルシアンさんから逃げた。
ルシアンさん、自分の顔立ちの良さを自覚しているのかいないのかわからないけれど、こんなことをされたら普通は女性はキュンとしてしまうわよね。私はしないけど。
「しかしやはり、守るとなると、常に共にいてもらわないといけない。リディア、だから騎士団の宿舎にきてくれ。それで、遠征の時には同行を……」
「嫌ですってば……」
「そのためには、やはり、リディア。私と……」
「わ、私、ルシアンさんとはお友達になれませんから……!」
「な、なぜだ、リディア……! シエルは友人で、どうして私はだめなんだ」
「ルシアンさんに近づくと、赤ちゃんできちゃうから、だめなんです……っ」
レスト神官家の使用人たちや、街の女性たちもよく言っているものね。
婚姻も誓っていないのに、それはだめなのよ。
そもそも私、ルシアンさんと結婚したいなんて思わないし。
ただお友達になっただけで、子供ができてしまうのは、よくない。
「レオンズロアの団長は発情期だと思っていましたが、さてはろくでなしですね」
「……団長。流石にそれは、擁護できません」
「誤解だ、私は何もしていない……!」
リーヴィスさんとノクトさんが、なんとも言えない視線をルシアンさんに向けている。
私はいそいそと、リーヴィスさんの後ろに隠れた。
ぐいぐいくるルシアンさんよりも、常に一定の距離を保ってくれているリーヴィスさんの方が安心感がある。
シエル様の部下だし。
「そろそろ帰ってくださいよ、ルシアンさん……仕事に行ってください。それとも今日はお休みですか?」
「いや。今日は……殿下とフランソワ様の警護だ。正直、気が重い」
「警護ですか……」
「あぁ。フランソワ様が聖都の孤児院の慰問に行くらしい。救済の力を一目見たいと、野次馬が増える可能性がある。野次馬が増えれば、危険も増えるからな。レオンズロア直々に警護をしろと、殿下からの命だ」
「そうですか……気をつけて頑張ってくださいね」
「あぁ。気が重かったが、リディアの顔を見ることができて元気が出た。食事のおかげで、やる気も出た。ありがとう、リディア」
「だ、騙されませんからね、私……! でも、ありがとうございます……」
ルシアンさんの優しい微笑みから目を逸らして私は言った。
ついでに小さな声でお礼も付け加えた。
お金、もらったし。
ご飯も美味しいって言ってもらえたのだから、怒ってばかりはよくないわよね。
「フランソワ様は、ここ、南地区の孤児院にも慰問をしたいと言っていたらしいが、南地区は治安があまり良くないという理由で、やめてもらった。今日の視察は、東地区の孤児院だけだ。大丈夫だとは思うが、東地区には近づくな」
「は、はい……今日は、この後、市場に食材を買いに行って、お昼ご飯を作って、それから、お店のお掃除をして、ゆっくり休むつもりなので、大丈夫です……」
「あぁ、ぜひそうしてくれ。私は、今日だけで十年歳をとりそうだよ。……魔物と戦っていた方がずっと良い」
ルシアンさんは珍しく、憂鬱そうに深いため息をついた。
「ルシアンさん、教えてくれてありがとうございます。私、もうレスト神官家とも殿下とも、無関係ですけど……会いたく、ないですから……」
「その方が良いと思う。私も、リディアが傷つく姿をみたくはない」
ペコリとお辞儀をして言うと、ルシアンさんは少しだけ安堵したように笑みを浮かべた。
それから私の頭を軽く撫でて、騎士団の方々と共にお店を出て行った。
「うぁぁ……っ」
どうして頭を撫でるの……!
ルシアンさんめ。途中までは大変そうだなってちょっと同情していたのに。
「それでは、リディアさん。私たちもシエル様の様子を見に行きます。しばらく休暇をとって新居の片付けをすると言っていたので、……シエル様、放っておくと固形食料しか食べませんし、その他は水ぐらいしか飲まないので、一人にするのは少し心配でして」
「そうなんですね……あの、一応、シエル様に、赤い魔王的なソーセージは渡しましたよ。食べるというから……」
「赤い魔王……」
「は、はい。赤くて、大きいので、赤い魔王です……ルシアンさんの現実的なソーセージの二倍ぐらいの大きさで」
「大変よろしい」
いつも無表情なリーヴィスさんがなぜかとても嬉しそうだ。
セイントワイスの皆さんも満足気に頷いている。
よくわからないけれど、よかった。
リーヴィスさんたちも食堂から出て行くと、途端に、食堂は静かになった。
私はお片付けをすませて、保存庫の食材の確認をした。
このところお買い物をしていなかったせいで、かなり心許ない。
先日シエル様には金貨を貰ってしまったし、今日も多めに支払ってもらったので、懐は暖かいのだけれど。
私はお店を閉めると、外に出た。
明るい日差しが空から降り注いでいる。秋の気配のする風が、スカートを揺らした。
「最近お肉ばっかりだったから、たまにはお魚も良いわよね」
お魚。カリカリのアジフライ。シャケの塩焼き。ご飯。
ふと脳裏に、ステファン様と共に孤児院の視察をするフランソワの姿が思い浮かんだ。
ちょっと悲しい気持ちになった私は、エプロンのポケットの中のシエル様の宝石を握りしめた。
「シエル様の新居、どこにあるのかしら……」
ステファン様のことを考えるのはやめよう。フランソワも。もう会うことはないのだから。
気持ちを切り替えて、私は市場に向かった。




