月魄教団跡地
金の髪と青い目をした、白いローブを着た優し気な顔立ちの男性が、私たちの前で足を止めて恭しく礼をした。
「ルシスアンセム様、聖女様、よくおいでくださいました。ルシスアンセム様、久々のお戻り、嬉しいです」
「フォルクス、その名で私を呼ぶな。私は――」
「ルシアン様ですね。ですが、私たちにとってはルシスアンセム様です。あなたがルシスアンセム様だとして、もう咎める者はおりますまい。ベルナールの王はもう話ができているのでしょう?」
「あぁ。王は、誰の物でもない土地をつくりたいと。宝石人もキルシュタイン人も、誰も彼もが共に暮らせる土地を――そう、言っていた」
「ルシスアンセム様が王に戻るという話もでたのに、断ったのですよね」
「あぁ。キルシュタインという国を、再び興そうとは思わない。私は今のままでいい」
「私たちはルシスアンセム様の意向に従います。ですが、名前を呼ぶことぐらいはお許しください。本当の名前を呼ぶ者がいなくなれば、亡くなったお父上やお母上が悲しむでしょうから」
男性はそう言うと、私に視線を向けた。
「リディア、フォルクスだ。古くからキルシュタイン王家に仕えていた宰相家の血筋の者で、月魄教団では私の補佐をしていてくれた」
「はじめまして、リディアです」
ルシアンさんが紹介してくれるので、私はお辞儀をした。
フォルクスさんは穏やかに微笑んで口を開く。
「ご挨拶ありがとうございます、聖女様。フォルクスといいます。月魄教団については――大変なご迷惑をおかけしました。聖女様の力があったから、今、私たちはこうして穏やかに暮らすことができています」
「あ、あの、その後、大丈夫ですか?」
「ええ。蟠りは色々とありますが、ヴィルシャーク殿の計らいで、我らに対する弾圧はほぼなくなりました。今は、ベルナール人と共に暮らしていますよ。本当の意味で共に暮らせるようになるには、もっと長い時間がかかるとは思いますが」
「そうですよね……」
「悲しい顔をさせてしまい、申し訳ありません。ですが、聖女様のお力で私たちは、大切なものを思い出したような気がしているんです。今あるものを大切に、争いよりも愛で、何かを変えていこうと考えています」
「私は、……なにも、してないですけれど、でも、戦うのは苦手だから、そのほうが嬉しいです」
フォルクスさんと話をしていると、エーリスちゃんが私の顔に小さな体をすりすりしてくるので、私もぐりぐりした。
エーリスちゃんとはこの街で出会ったのよね。
つい去年のことなのに、すごく一緒にいる気がする。
「今日は、遊びに来てくださったのですか? ルシスアンセム様の故郷を見にいらしたのでしょうか。でしたら、よい宿泊施設を準備いたしましょう。新婚のご夫婦にぴったりな場所を」
「し、新婚……」
「それもいいが、残念ながら違う」
フォルクスさんの言葉を否定しようとする私の言葉を、ルシアンさんが遮った。
「リディア、調べものが終わったら街を案内しよう。数日ぐらいは泊まっていけるだろうか」
「えっ、あ……ええと」
「あまりいい思い出はないが――それでも、私の故郷だ。君に見せたいが、駄目か? それに、キルシュタインの料理はベルナールのものとは少し違うのではないかと思う」
「そ、それは気になりますけれど……街を案内してくれるのも、とっても嬉しいですけれど、でも、あの」
それって、一緒に泊まるということではないかしら。
一緒のお部屋で、ということよね。
「とりあえず、調査にいこうか。フォルクス、月魄教団の跡地に行きたいが、いいか」
それっていいのかしらと悩む私が返事をする前に、ルシアンさんが言う。
フォルクスさんは頷いた。
「はい。今はもう誰も入ることができないように入り口を封鎖してありますが、ルシスアンセム様と聖女様なら、入って頂いて大丈夫です。入り口まで案内いたしましょう」
フォルクスさんに案内をしてもらって、私はキルシュタイン人街のとある建物へと向かった。
一見して酒場のようになっている場所である。
今はフォルクスさんとそのご家族が、一階のお店でお酒や軽食を出しながら暮らしているのだという。
そのお店の奥の床下に隠し通路があって、階段を降りた先が、街の地下にある月魄教団の本拠地跡へと続いている。
「あれから誰も、地下通路には入っていません。もう一つの、ベルナール人街にある入り口は潰れていますので、出入り口はここ一か所。奥は迷路のようになっていますから、ルシスアンセム様から離れないようにしてくださいね、聖女様」
「そうだな。迷えば、地上に戻れなくなってしまう可能性がある。私の手を離さないように、リディア」
「は、はい」
床の一か所を持ち上げると現れた階段から、私たちは地下へと降りた。
フォルクスさんが渡してくれた、ルシアンさんの持つ魔石カンテラの明りが、暗い地下を照らしている。
大きくなったメルルちゃんの毛並みが光の粒子を纏っているので、カンテラと共に通路を明るく照らしてくれる。メルルちゃんの背中に、エーリスちゃんたちがちょこんと乗っている。
ルシアンさんはカンテラを持っていない方の手で、私の手をぎゅっと握った。
真っ暗な通路は怖い感じがしたけれど、ルシアンさんや皆がいるからそんなに不安はなかった。
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