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いってらっしゃいとごあいさつ



 動きやすくて可愛いお洋服に着替えて、私はロベリアを出た。

 この数日で、マーガレットさんにクッキーの差し入れをしてご挨拶をして、ツクヨミさんにもご挨拶をすませた。

 二人とも少し心配そうにしながら「いってらっしゃい、リディアちゃん」「嬢ちゃん、気をつけてな」と言ってくれた。


 まだ赤い月に行くわけではないのだけれど、何が起こるか分からないから、旅に出る前にはご挨拶が大切よね。

 お母様とお父様も「気を付けて」「リディアちゃん、心配だ」と言っていた。


 それから、フランソワちゃんとフランソワちゃんのお母さんにも挨拶をした。

 フランソワちゃんは「お姉様、私も行きたい! でも、待っていますね……!」と、大声をあげて泣きながら私に抱きついて、ソワレさんは困ったように「申し訳ありません、リディア様」と恐縮していた。


 オリビアちゃんとミハエル先生にも会いに行った。

 詳しいお話はしなかったけれど、二人とも元気そうにしていた。

 オリビアちゃんは「お姉さん、ロベリアにちゃんと帰ってきてね」と言っていたし、ミハエル先生は「リディアさんの役には立たないかもしれないが、病気や怪我で困ったらすぐに来なさい」と言ってくれた。


 すごく、遠くに旅に出るみたいな扱いをされて、ちょっと恥ずかしかった。

 恥ずかしかったし、帰りを待ってくれている人たちがいることが、くすぐったかった。


 それってすごく、幸せな事だと思う。


「リディアさん、こんにちは。珍しいな、どうしたんだ?」


「ノクトさん、こんにちは! ルシアンさんに用事があってきました」


「団長に?」


「お仕事中にごめんなさい。ノクトさん、これ、よかったら皆さんで……レモンスコーンの詰め合わせです」


「ありがとう! 嬉しいよ」


 私は王宮のレオンズロアの本拠地へと向かった。

 本当はシエル様にもご挨拶しようと思ったのだけれど、先に魔導士府に行くと、リーヴィスさんが「シエル様はご不在です」と言っていた。

 いつもエーリスちゃんたちのお洋服を作ってくれるリーヴィスさんにお礼を言うと、リーヴィスさんはちょっと怖い顔で、ちょっと怖い感じで笑ながら(優しい人なんだけれど)「リディアさんの花嫁衣装も、縫うつもりですのでね」と言っていた。


 ありがたいのだけれどどうしてそこまで優しくしてくれるのかしらと不思議に思っていると、「推しに尽くすのは当然です」と教えてくれた。

 よく意味がわからなかったけれど、とりあえず差し入れの紅茶スコーン詰め合わせを渡してきた。


「リディア。珍しいな! 珍しいというか、はじめてだな。君がここにきてくれたのは」


 執務室でお仕事をしているルシアンさんの元にノクトさんが案内してくれる。

 机に向かっているルシアンさんが顔をあげて、姿を見せた私に駆け寄ってきてくれた。


 私の隣には、大型犬ぐらいのサイズになったメルルちゃんの上に、皆が乗っている。

 メルルちゃんは自在に大きさを変えることができるようになったらしい。

 小さなメルルちゃんは狐みたいだけれど、少し大きくなると、ちょっとだけ竜という感じがする。

 皆ルシアンさんの顔を見ると、「こんにちは!」みたいに、片手をあげた。


「お仕事中にごめんなさい、ルシアンさん」


「気にしなくていい。君ならいつでも大歓迎だ。毎日来てくれてもいいぐらいだ」


「ふふ、ありがとうございます」


 ルシアンさんはいつも大袈裟だ。私は口元をおさえて笑った。

 優しく頭を撫でられたので、私は目を細める。頭を撫でられるのは気持ちいいのだけれど、いいのかしらと思う。


 私、シエル様に告白されたあとなのに――ルシアンさんに撫でられるのは、どうなのかしら。

 でも、シエル様に告白されたことは誰にも言っていないし。

 ――なんて、悩んでいる場合ではなかった。

 私はちゃんと目的があって、ルシアンさんに会いに来たのだから。


「ルシアンさん、お願いがあるんです」


「君の頼みならなんでも聞く。どうしたんだ? 赤い月に行くという話か? それならシエルがまだ、シルフィーナについて、ヴィルシャークの屋敷――元々、キルシュタインの城だった場所で調べているようだが」


「シエル様……」


 私は頬を膨らませた。また一人で行ってしまったのね、あれだけ喧嘩したのに。


「そう怒らなくていい。今回は調べるだけだから危険はないし、ヴィルシャークはシエルの義理の兄弟だしな。エーデルシュタインや、ウィスティリア辺境伯家についても話し合う必要があったんだろう」


 ルシアンさんがとりなすように言ってくれる。


「それに、赤い月に行けば何が起こるか分からない。だから、君をしばらく休ませたかったんだと思う」


「……はい。でも、心配です」


「それは、シエルが好きだから?」


「えっ……あっ、それは、その……」


 私は頬を染めて俯いた。

 ルシアンさんは私がシエル様に告白されたことを知らないはずなのに、知っているみたいな口ぶりだった。

 でも今までも、シエル様のことが好きなのかと聞かれたことがあったような気がする。

 お友達として好きだと思っていたから、恥ずかしくなんてなかったのに。

 今は少し、違う。


「今のはただの冗談だ。……リディア、それで、頼みとは?」


「は、はい。あの、私もシルフィーナのことを知りたくて。好きな食べ物が知りたいんです。嫌いな食べ物を食べさせられたら、シルフィーナは怒ってしまうかもしれないし。できれば、心が癒されるような、好きなものが知りたくて」


「シエルを待っていればいい……とは思うが、そうだな。キルシュタインの城には何の記録も残っていない可能性がある。月魄教団の跡地に、むしろ何か残っているかもしれない。行ってみるか?」


「はい!」


 私はルシアンさんと共に、旧キルシュタイン、かつて廃棄されたデウスヴィアと呼ばれていた場所に向かうことにした。




お読みくださりありがとうございました!

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