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ひんやりぷにぷにメドちゃん



 私の前にいるのは、もっちりした薄桃色の体の、つぶらな瞳とまん丸な顔を持つ何かだった。

 まん丸の顔からは、耳みたいなものがはえてる。

 あと、尻尾もある。ちょっとトカゲっぽい。でも、トカゲよりもまんまるだし、なんともいえない形をしている。


「……鳥や、猫や、うさぎはわかるが、これは一体」


 不思議そうにルシアンさんが言った。

 私はその子――たぶん、メドちゃんを拾い上げた。

 片手におさまるぐらいの大きさで、ぷにぷにでひんやりしている。

 とってもひんやりしていて、触ると気持ちいい。


「これは、洞窟サラマンダーですね」


 シエル様が興味深そうに私の腕の中にいるメドちゃんを見つめながら言った。


「洞窟さらまんだ?」


 聞き慣れない言葉に、私は首を傾げる。

 エーリスちゃんたちが私の腕の中にぐいぐいと入ってきて、メドちゃんをつついた。

 ぽよぽよ揺れる。ゼリーみたいだ。


「洞窟サラマンダーです。正確には違うのでしょうが、形が似ています。ベルナール王国の西の洞窟の奥だけに住む固有種で、集団で暮らしていて、清廉な水を好みます。害はありません」


「こんな子たちがたくさん、洞窟の奥に……」


 洞窟の奥の綺麗な地底湖のような場所にいっぱいいるメドちゃんを想像してみる。

 うん。可愛い。タピオカみたい。


「しらたまあんみつ」


「ちゃんとしらたまあんみつ……!」


「よかったな、リディア。必死だったからな」


「よかったね、姫君。まぁでも、しらたまでも、みかんでも、いちごでも、可愛かったとは思うけれど」


 ロクサス様がメドちゃんを覗き込んで、レイル様がメドちゃんをぷにぷにつつきながら言った。


「はい! ふふ、やった。しらたまあんみつ。可愛い」


 私が喜んでいると、腕の中のエーリスちゃんたちがそれはもうじっと、じいいいっと私を見てくるので、「もちろん皆可愛いですよ!」と慌てて付け加える。

 皆可愛い。もふもふふわふわで可愛い。

 でも、ひんやりぷるんぷるんの子ははじめてなので、つい撫で続けたくなってしまう。


「かぼちゃぷりん!」


「タルトタタン」


「あじふらい」


「しらたまあんみつ」


 私の手からぴょんと降りて行って、エーリスちゃんたちが一列に並んで、何かを訴えるように体をぱたぱたと動かした。

 シエル様の肩からメルルちゃんも降りて行って、皆の前でくるんと回って「きゅー」と可愛い声で鳴いた。


「……連れて行くと、言っている」


「連れていく?」


「魔女のところに。連れていくと言っている」


 ルシアンさんが腕を組んで、悩まし気に言った。


「……どうやらメルルは、お前に拾われた場所に行きたいらしい。どこでメルルを拾ったんだ、シエル」


「聖地、ハイルシュトル」


 シエル様が答えた。

 聖地ハイルシュトル。それは神官たちの巡礼の旅の最終目的地である。

 かつて女神アレクサンドリア様が降り立ったという地だ。


「そこは――アレクサンドリアが白い月に帰った場所だ。謝罪文を残してな」


 お父さんが教えてくれる。

 シエル様が見たという、石碑のことを言っているのだろう。


「あの、レスト神官家では……神殿の神官の皆さんも、ハイルシュトルまで巡礼の旅を行って、石碑に祈れば、ロザラクリマが終わるって信じているのです。でも、それは違うのですか?」


「あぁ。それも、神官たちの権力を強めるためにつくりあげられた迷信のようなものだな。祈ることが悪だとは言わないが、ロザラクリマが終わったりはしない。幽閉されたシルフィーナを、倒すか、救うまでは」


「……王家も、神官家も。自分たちを守るためにそのような嘘をつくりあげたのだな。……ロザラクリマ、魔物の襲来で多くの民が命を落としているというのに」


 ステファン様が俯く。

 それはたしかによくないことだと思うけれど、今までがあって、今がある。

 今までがなければ、私は今ここにいない。

 だから――。


「ステファン様、王家と神官家はよくなかったですけれど、……終わらせましょう。私はシルフィーナを助けたい。だってシルフィーナは、ずっと、苦しかったんです」


「リディア。そうだな……ありがとう」


「私が命を繋ぎ、そしてテオバルトが命を繋いだのは、この国をシルフィーナから守るため。そして、シルフィーナを救うためだった。テオバルトは、自分の子供をその手に抱くことなく早逝したが、私に最後に言った」


 テオバルト様は、後悔していたのかしら。

 その気持ちは、私にはわからないけれど。

 シルフィーナを傷つけて、その子供を化け物だととりあげて、魔女になったシルフィーナを月に幽閉したことを。


「いつかシルフィーナに会うことができたら、謝りたいと。罰を受けるべきは自分だと」


 それはきっともう、できないだろう。

 テオバルト様はシルフィーナの幽閉されている赤い月を見上げたのだろうか。

 毎日空に浮かんでいる、――きっと、昔は、最初は、愛していた人を。


「行きましょう……!」


 私は両手を握りしめて、力強く言った。


「リディアさん。聖地ハイルシュトルまでは、転移魔法を使えば簡単に移動することができます。ですから、焦らずに準備を整えましょう。今すぐに、行く必要はありません」


 シエル様が落ち着いた声で言ってくれる。

 私はそういえば、もう夜も遅いことを思い出した。

 それにパーティ用のドレスのままだし。シルフィーナをどうやって救うのか分からないけれど、私にできるのはお料理をすることだけなのだから、きっと何か、食べさせたらいいのだと思う。

 けれど、よく考えたらシルフィーナの好きな食べ物を、私は知らない。


「そうですね、わかりました。……それに危ない場所に行くのですから、行きましょうなんて、軽々しく言ってしまって、私……」


「姫君、一緒に行くよ。当然でしょう? 皆もそうだよね」


 レイル様が明日買い物に行く、というぐらいの気軽さで言うと、皆あっさり頷いてくれた。

 私は微笑んで、「ありがとうございます」と頭を下げた。

 一人では、上手くいくかわからない。けれど、皆がいてくれると思うと、とても、心強かった。

お読みくださりありがとうございました!

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