『死』を司る四女メドゥシアナ
女神のキッチンの中にあるテーブル席に座って、皆がしらたまあんみつを食べている中、シエル様が女神のキッチンの中央に安置されているメドちゃんが入ったガラスの筒に手を触れさせる。
「それでは、リディアさん。準備はいいですか」
「はい!」
皆に先にしらたまあんみつを食べて貰っているのは、時間が経つとしらたまが硬くなってしまうので、早めに食べて欲しかったからだ。
氷水で良く冷やしたしらたまと、つぶあんとフルーツは、冷たいうちに食べたほうが美味しい。
シエル様が確認してくれるので、私は力強く頷いた。
私の手には、しらたまあんみつの入った器と、スプーン。
私たちの様子を、皆でしらたまあんみつを食べながら、昼下りのカフェテラスみたいな雰囲気で見守ってくれている。
ガラスの筒に触れているシエル様の手とガラスの触れている部分が神秘的に赤く輝いたかと思うと、『禁』と書かれた紙がはらりと剥がれていく。
ガラスの筒が光の粒子を残しながらきらきらと消えていき、中の水のようなものも同じく風に巻き上げられた砂粒のように消えていった。
シエル様は中から、三歳の子供ぐらいの大きさをしたメドちゃんを軽々と片手で抱える。
メドちゃんは、突然暗がりから明るい場所に連れてこられた小動物のように、じたじたと暴れ出した。
その口に指を突っ込んで、無理やり開かせる。
結構容赦のないのね、シエル様。もっと優しくするのかって思っていたのに、強引なのね。
私は指でぐいっとメドちゃんの歯のないつるりとした口を開かせているシエル様の様子に一瞬びっくりしたけれど、慌ててその口にしらたまあんみつをスプーンですくって突っ込んだ。
「メドちゃん。しらたまあんみつですよ、しらたまあんみつ。これは、しらたまあんみつというのですよ」
しらたまあんみつをお覚え込ませるために、何度もしらたまあんみつと繰り返す。
しらたまあんみつのなかには、イチゴとみかんとチェリーも入っているので、もしかしたらあじふらい現象が起こってしまうかもしれないもの。
できればしらたまあんみつがいい。
「必死だな、リディア」
私の様子を眺めながら、ロクサス様が言う。
しらたまあんみつが口に入ったところで、シエル様はメドちゃんの口から指を外してその口をぎゅむ、と塞いで閉じさせる。
かなり無理やりしらたまあんみつを食べさせてしまった。
今までの子たちは、ちゃんと口を開いて味わって食べてくれたのに。
メドちゃんだけは、なんというか、強引な餌付けって感じだった。
メドちゃんがごくんとしらたまあんみつを飲み込む様を、固唾を飲んで見守る。
「ぎゅーあおー」
飲み込んだあと、メドちゃんは不思議な鳴き声をあげながら、自分から口を開いた。
私ははっとして、その口につぎつぎとしらたまあんみつを放り込む。
メドちゃんはぱくぱくとしらたまあんみつを食べて、ごくごくと飲み込んで、蛇みたいな尻尾をぴちぴちさせた。
蛇というか、陸にあげられたばかりの大き目のお魚みたいな様子だった。
上半身が人間で、下半身が魚の、人魚みたいだ。
「おあ」
何かしらの鳴き声をメドちゃんがあげる。幼い子供みたいな声だ。
「あじふらい」
「メドちゃんはまともに話もできないぐらい、お馬鹿さんなのだと言っている」
そしてイルネスちゃんは辛辣だ。
イルネスちゃんを抱えたルシアンさんが、私の傍までやってくる。
イルネスちゃんの口の周りにつぶあんがついている。あとでふいてあげないと。
「おいし、い……あ、り……がと」
メドちゃんは、尻尾をぴちぴちさせながら、たどたどしくそう言った。
その体が光り輝いて、エーリスちゃんたちの時と同じように、私の中へと入ってくるのが分かる。
ちゃぷんと、私の体の中に水に飛び込んだお魚みたいにメドちゃんが入り込むと、私の頭の中に途端に強い感情が沸き上がった。
――憎い。
――――憎い、憎い。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
私からテオバルト様を奪ったアレクサンドリアが。
私から赤ちゃんを奪ったテオバルト様が。
全てが、憎い。
全部壊れてしまえ。全員死んでしまえ。
死ね。死ね。死ね。死ね。
あぁ、私の、赤ちゃん。
きらきら輝いていた。宝石の姿だった。
それでも、それでも愛しかった。
だって私が産んだのだもの。私のお腹の中に、いたのだもの。
どうして奪うの、どうして、私から何もかもを奪うの――ッ!?
「……っ」
メドちゃんの中のシルフィーナの記憶は、憎しみと悲しみと怒りに満ちていた。
今まで私が感じたことのないような激しい感情の波が体を駆け巡る。
そのあまりの激しさに、苦しさに、私は口元をおさえてふらりと倒れ込みそうになる。
シエル様が私の手を引いて、その腕の中に私を抱きとめた。
「リディアさん、大丈夫ですか」
「……は、はい。大丈夫です。びっくりしてしまって。……メドちゃんには、……世界を憎む記憶しか与えられていませんでした」
メドちゃんはだから、『死』そのものだったのかもしれない。
ただこの世界の破壊を、人々の死を願うシルフィーナの憎しみそのもの。
「……あじふらい」
「メドちゃんは、記憶の残り滓。だから、できそこないだったと、言っている」
イルネスちゃんは辛らつだけれど、メドちゃんのことを可哀想だと思っているみたいだ。
ふるふる震えながら、涙を浮かべている。
私はシエル様の腕の中から起き上がると、胸を押さえて「もう大丈夫です」と言った。
しらたまあんみつを食べ終わった皆が、私たちの元へとやってくる。
それと同時に女神のキッチンの魔法がとけて、風景がさきほどまでの研究室の姿に戻った。
その研究室の床には――ぷにぷにつるんとした、しらたまみたいなものが転がっていた。
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