クランベリーとくるみパンとスクランブルエッグとスープの普通の朝食セット
大衆食堂ロベリアには、四人掛けのテーブル席が三つと、カウンターに椅子が四脚。
十六人座れるけれど、そこまでぎちぎちにお客さんが入ることとかは少ない。
そもそもお店だってそこまで広くないので、レオンズロアの方々とセイントワイスの方々、合わせて十六人で席は満席。筋肉でぎゅうぎゅうだ。
あ。筋肉なのはレオンズロアの皆さんで、セイントワイスの方々は筋肉って感じでもない。
でも、細身でも身長の高い方も多いので、ぎちぎちに席が埋まると、圧迫感がすごい。
クランベリーとくるみが入っている少し甘いパンと、具沢山のスープは盛り付けて提供するだけなので大変じゃないけれど、スクランブルエッグは一つひとつ作らなければいけないから、ちょっと大変。
ノクトさんとリーヴィスさんが中心となって、盛り付けの終わったお皿を持っていったり、新しいお皿や器を持ってきたりしてくれた。
「い、忙しい……」
泣き言もいう暇がないぐらいには忙しなく動き回っていた私。
今は最後のスクランブルエッグを焼いている。
フライパンの上でバターを温めて、バターが溶けて馴染んだところで、溶いた卵を流し入れる。
じゅわじゅわ音を立てて、どろどろの卵の端っこがすぐに固まってくるので、菜箸でぐるりとかき回す。
卵が固まり切ってしまう前に卵を混ぜて、どろどろとふわふわが半分ぐらいになったところで、お皿に移す。
輝く黄金色のスクランブルエッグに、トマトソースをかける。
これで最後の料理なので、ノクトさんとリーヴィスさんには席に戻ってもらって、お食事をしてもらっている。
私はお皿にのせたスクランブルエッグを、もう座る場所がないせいで、キッチンの作業台の椅子に座ってもらっているルシアンさんの元に運んだ。
「できました、ルシアンさん。クランベリーとくるみパン、具沢山スープと、忙しなさの極み特製ふわふわスクランブルエッグです」
「怨念鬼パンくるみ入り、具沢山スープと、血の池地獄スクランブルエッグ、じゃないのか」
作業台の椅子で大人しく料理を待っていたルシアンさんが、首を傾げて言った。
私はルシアンさんの前の作業台の上に、ことりとお皿を置いた。
「つい先日までの私ならそんな感じでしたけど、お友達のおかげで、少し元気になったのです。だから、今日のご飯には、恨みも悲しみも入っていません」
私は得意げに言った。
これで全員分の料理ができたので、手を洗って布巾で拭いて、お茶の準備に取り掛かる。
リーヴィスさんやノクトさんたちのはもうお茶を出してあるので、あとはルシアンさんだけだ。
遠征帰りの時はちょっと草臥れた感じだったルシアンさんだけれど、今日はいつもの輝きを取り戻している。
黒い団服も綺麗に洗われているし、さらさらの金の髪もハーフアップに整えられている。
「だから、ルシアンさん。もう、ご飯を食べても何も起こらないんじゃないかなって、思いますよ。ルシアンさんの言っている私の力は、怨念からうまれたんじゃないかなって……」
「どうだろうな」
「どうだろうな……って、ルシアンさん、いつも、もっと、恨め、憎め、みたいなこと言うじゃないですか……」
「それは、リディア。もちろんリディアの料理の特殊効果に期待しているということもあるが、怒った方が、スッキリするだろう、色々」
花柄のカップに紅茶を入れて、レモンの輪切りを浮かべる。
ルシアンさんの前に持っていくと、ルシアンさんが優しい声で言った。
「ひぇ……っ、なんなんです、急に、私は騙されませんよ……!」
その、急に君のことは全部わかっている感を出す感じ。
ルシアンさん相変わらず女誑しだわ。
シエル様のおかげで少し反省した私。
苛々も悲しみも今はそんなにはないし、男は全員嫌い、って言い張るのもどうかなって思うから、やめようと思うけれど。
でも、ルシアンさんは別だ。この、さらっと踏み込んでくる感じ。
女性はルシアンさんの半径三メートル以内に近づくと妊娠してしまうらしいし。怖い。
「……リディア。くるみとクランベリーのパン、絶品だな。少し甘いのが、良い。体に活力が湧いてくるようだ。今なら、聖都外壁を十周は走れるな。スクランブルエッグも旨い。力が漲ってくるのがわかる」
「……恨みつらみ、込めてないのに、どうして……」
食事前のお祈りの後、朝食をもぐもぐ食べ始めたルシアンさんが、良い笑顔で言った。
私は愕然としながら、わなわなと震える。
どうしてなの。
今日は怒ってないし、泣いてもいないのに。
「それって、ルシアンさんがそう思っているだけかもしれないですし……」
シエル様の研究の役に立ちたいとは、思うけれど。お友達だし。シエル様の研究は、とても大切なものだから。
でも、私は今日はただ普通にご機嫌良くお料理をしたのよ。
怨念、込めてないのに。
「いや。そんなことはない。実際、リディアの料理を食べた直後の、ギルフェルニア甲虫の討伐は、非常に効率が良かった。どれほど戦っても疲労感も少なければ、甲虫の硬い甲羅を叩き割るのも容易だったしな」
「うう……ルシアンさんが朝からにこやかに怖いことを言ってくる……」
魔物退治の話が嫌ってわけじゃないのだけれど、嬉しそうに叩き割るとか言われると、怖いのよ。
「だが、昼過ぎから、料理の効果が抜けてしまった。といっても、もともと私たちは強いから、問題はないのだが。しかしやはり、討伐効率は良い方が良い。怪我をしないに越したことはないしな」
「それは、怪我はない方が良いとは思いますけれど……」
「リディアが遠征に一緒に来てくれて、朝も、昼も、夜も、私のために食事を作ってくれるのなら、私はより、強い男になれるのだが……」
「体力増強とか、筋力増強とか、ルシアンさんの匙加減じゃないですか。気のせいかもしれないです」
「試してみるか、リディア」
「な、何を……」
「体力が増強されたかどうかを試すのは、実践が一番だろう。それに、現実的なソーセージに私の名前がついているのに、私は納得がいかない」
「よくわからないですけど、食べたら早く帰ってください、ルシアンさん……!」
そもそも現実的なソーセージのサイズを指定してきたのはルシアンさんだ。
あと、よくわからないけれど、いかがわしい雰囲気がするのよ。
「リディアが私のもとに来てくれるのなら、私は、なんでもするのだが……」
「打算でそんなこと言われても……!」
「そこをなんとか」
「なんともならないです……」
ルシアンさんは朝食セットを綺麗に食べ終えた。
「打算ではないぞ、リディア。私は君を、愛らしい女性だと思っている」
「嘘くさいですし、そういうの、よくないので、恋人がたくさんいる人にそんなこと言われても嬉しくないので……!」
「恋人などいない。どうしてそう思うんだ」
「どうしても、です……!」
ルシアンさん心なしか、食べる前よりも元気そうに見えるのだけれど、気のせいだと思う。多分。
それにしても、怒っても怒らなくても、料理の効果は同じなのかしら。
私の力を調べたいと言っていたし、今度シエル様に聞いてみよう。
つまり、私が怒っても怒らなくても、ルシアンさんは来るのね。これからも。
男性は全員嫌いとかじゃないけど、ルシアンさんにだって良いところはあると思うけれど。
友達になれそうにはないわね。
「…………レオンズロアの騎士団長は、発情期なのですか? 我らが妖精リディアさんは、妖精であるが故に、不可侵。そこは、聖域なのです。聖域に踏み込んで良いのは、リディアさんの友人のシエル様だけですよ。女好きに、出る幕はありません」
「団長は真剣だぞ。真剣にリディアさんを口説いているんだ、あれで。犯罪臭がすごいことは認める。だが、踏み込んで良いのはシエル殿だけというのは、納得がいかない。リーヴィス、ルシアン団長は、女好きではない。黙っていても女が寄って来るだけだ」
「同じでは?」
「シエル殿は近寄り難いからな。遠巻きに、女性から熱い視線を向けられているのではないのか?」
「シエル様は、孤高ですので。リディアさん以外の女性など、目にも入っていませんよ」
リーヴィスさんとノクトさんが、カウンター席で私たちの様子を見ながら、仲良く話をしている。
私はぐずぐず泣きながら、お皿を洗った。
ノクトさんは、早くルシアンさんを連れてかえった方が良いと思う。
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