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セイントワイスの召喚術



 シエル様は屋上に私を降ろしてくれた。

 軽く腰のあたりに触れられると、足の痛みがすっと引いていく。治癒魔法を使ってくれたみたいだ。


「呪いや、病いは治せませんが、単純な痛みなら治癒魔法で治せます。楽になりましたか?」


「オシャレな靴で踊るの、はじめてで……痛かったの、ばれていました? とっても楽になりました。ありがとうございます」


 私はスカートの裾を摘まんで、礼をした。

 涼しい風が、人々の熱気にあてられて少し火照った体に心地良い。

 髪や、ドレスのスカートが揺れる。

 相変わらずシエル様の肩にいるメルルちゃんが、ぴょんと屋上の床に降りると、大きく伸びをしたあとに、体をでろんと伸ばして寝始める。よく寝る子だ。


「……あなたをセイントワイスに連れてきたのは、ちょうど一年前の今頃でしたね」


「そうですね、シエル様。懐かしいです。あの時は、……ごめんなさい。シエル様のこと、怖いって思っていました」


「それは当然です。僕は強引だった。今でも、反省しています」


「気にしなくていいですよ。あっ、でも……シエル様、もし反省してくれているんなら、その……」


「なんでしょう?」


「……二人きりの時だけでいいから、シエル様の、本当の喋り方で、お話したいです。……ずっと、すごく気をつかってくれているみたいで、嬉しいですけど、寂しい気がします」


 私がお願いすると、シエル様は驚いたように目を見開いた。

 それから――少し強引に、その腕の中にぎゅっと抱きしめられる。

 

 シエル様は細身に見えるけれど背が高くて、硬くてごつごつしていて、男性という感じがする。

 抱きしめられたのははじめてではないけれど、それはいつも、泣いている私を慰めるためで。

 家族、という感じがした。


 けれど今は、少し違う。

 シエル様の腕の中はあたたかくて安心できで、でも、なんだか緊張する。

 いつもと違うからかもしれない。私の服装も。シエル様の、雰囲気も。


「リディアさん。……リディア」


「はい。シエル様。……時々、シエル様がリディアって呼んでくれるの、嬉しいです。……仲良しのお友達に、なれた気がして」


「……友人といって、あなたが微笑んでくれる。僕はずっと、それだけでいいと、十分だと、思っていた」


「シエル様……?」


「けれど、足りなくなってしまった。あなたが差し伸べてくれた手を、取っていいのだと気づいたときから。あなたは僕をいつも救ってくれる。だから、傷つけないように、あなたの世界が幸せで満ちるように……あなたを幸せにするのは、僕でなくても構わない。そう、思い込もうとしていたのに」


 声が、近い。

 抱きしめられているからシエル様の顔は見れないけれど、腕に力が籠って、シエル様の体に私の体がぴったりとくっついている。

 布越しに触れ合う皮膚から、声が響いてくるみたいだった。

 穏やかで涼し気な声が、今は熱を持ち、僅かに震えて掠れている。


「……リディア。好きだ。僕は――リディアが欲しい」


「……っ」


 好き――。

 好きだって、言われた。

 それは、お友達としての好きとは違うのだと、理解できる。

 強い感情が籠った言葉が、胸に突き刺さるようだった。

 涼しい風に冷えた体が、唐突に熱を持ったように熱い。

 きっと、顔も体も真っ赤になっている。

 だって、はじめてだもの。男性から、好きだって言われたの――多分はじめて。

 好きだと言われたことはあるけれど、それはいつも親愛の籠った穏やかなものだった。

 家族に伝えるみたいな、妹に向けるみたいな、優しい感情だった。

 今は違う。はっきりと、激しい情熱のようなものが、触れ合う体や響く声を通して伝わってくる。


「……エーデルシュタインで、あなたは言った。好きだという気持ちを、しかるべき場所で伝えて欲しいと」


「わ、私……」


 言ったかしら。

 うん。言った気がする。

 あの時は、シエル様の隠されていた内面を全て知ってしまった気がして。

 シエル様の中にいる私は、いつも幸せそうに笑っていて。シエル様の記憶は、私と過ごした記憶であふれていたから。

 心の中を無理やりのぞかれたシエル様が傷つかないように、それから、恥ずかしさを誤魔化すように。

 私は確かに――そう言った。今思うと、とても大胆な事を。

 シエル様は抱きしめていた私からそっと体を離すと、私の顔を覗き込んだ。

 世界一綺麗な宝石みたいな赤い瞳に、戸惑う私の顔が映っている。


「あなたが好きだ、リディア」


 悲しくないのに、涙が滲む。

 感情がひどく熱くて、苦しいぐらいに切なくて。

 私は――。


 返事をするまえに、夜空に唐突に、真昼のような光が満ちる。

 暗い夜空を、大輪の花火が埋め尽くし、花火の中を炎を纏った大きな鳥が舞っている。

 赤い炎でできた鳥は悠々と夜空を泳いだ。

 くるりと回って鳥が消える。

 次々とあがる花火の中を、今度は大きな魚が泳ぎ始める。

 ひらひらとしたドレスのような赤いヒレを持つ魚だ。

 夜空に溶けるようにして、空にちゃぷんと波紋を残して消えていく。

 次に花火は、ひまわりの形になる。

 少し早い夏の花が、満開になる。


「……あなたが僕を選ばなくても、僕の心はあなたのものだ。今までも、これからも、ずっと」


「……っ、シエル様、私」


 私は。私も――シエル様が好き。

 でも、その好きが、シエル様と同じ好きなのか、はっきりと答えることができない。

 驚いてしまって、混乱してしまって。

 胸が、壊れるぐらいに高鳴って、言葉が上手に出てこない。


「……あれは、セイントワイスの召喚術。セイントワイスの部下たちは、あなたを夏に生き生きと咲く向日葵のようだと。……僕とあなたのために、夜空に花を咲かせるから、一番よく見える場所にいて欲しいと言われた。この場所が、王宮の中では一番静かで、空に近い」


「……綺麗です、すごく」


 シエル様が、空を見上げる。

 同じく、空を見上げた私を背後からすっぽりと抱きしめた。


「花火! もう始まっているね! あぁ、疲れた、皆しつこいんだよ。でも、勇者フォックス仮面のファンだと言われてしまっては、無視することはできないし……って、あれ? 姫君、泣いてる?」


「ど、どうしたんだ、リディア……! シエルに何かされたのか?」


「……抜け駆けか、シエル。今までお前は一歩引いていると思って、油断していたが、そうもいかなくなったな」


 向日葵のあとに、百合の花が。それから、サクラやコスモスや、クレマチス。

 色とりどりの花が夜空を埋め尽くして、賑やかな声が響く。

 レイル様が私たちの横に並んで、ロクサス様が慌てたように私を覗き込む。

 ルシアンさんが腕を組んで、シエル様を軽く睨んで、それから――最後にステファン様が、やってきた。


「リディア。皆、今日はありがとう」


 明るい光で形作られた花々の下で、ステファン様が深々と頭をさげる。

 私の心臓は、苦しいぐらいに高鳴り続けている。

 シエル様はいつも通り。けれど――秘密を、知ってしまったみたいで、ドキドキする。

 どうしたらいいのか分からないまま何も言えずにいると、私の胸の間から、エーリスちゃんとファミーヌさんと、イルネスちゃんがぽんぽんぽんっと顔を出した。




 

お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] さすがシエル様、やるときはやる男。 これだけストレートならさすがに伝わりますね。 キュンキュンしました!
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