エスケープ
祝賀の場をあまり不在にしているとよくないという理由から、パーティー会場へと戻った。
ステファン様の隣に座って、たくさんの貴族の方々に挨拶をされて、にこにこしながらご挨拶をした。
誰が誰なのかさっぱり分からなかったけれど、私が学園にいたときの同級生とか、ご学友の方々とかもいらっしゃった。
しきりに、私にはまだ婚礼の話はないのかと尋ねられたりもした。
ステファン様は「リディアとの婚約を結びなおすことはもうないが、リディアは国にとって大切な聖女だ」とおっしゃっていて、それなら是非我が家の息子と……! なんて貴族の方々に言われたりして、ロクサス様がぎろりと睨みつけながら「少々しつこいぞ」と、ご挨拶に来る貴族の方々を下がらせてくれたりもしていた。
ロクサス様もレイル様も貴族の方々に沢山話しかけられていて、慣れた感じでお話をしているのが凄いなと思う。
ステファン様も堂々としていて、アンナ様やエミリア様も常に笑顔を崩さない。
にこやかな微笑を浮かべてご挨拶をするのが私の役目とは分かっているけれど、慣れないことをすると少し疲れる。
晩餐会は夜まで続くから、いつもはもうお風呂に入ってゆっくり眠っている時間帯にさしかかると、眠気も襲い始めてくる。
エーリスちゃんたちとみんなで、ふかふかのベッドでごろごろしたい。
そんなこと考えたらいけないのは分かっているけれど、ふかふかのベッドとぽかぽかのエーリスちゃんたちが恋しい。
いつも外に出ているエーリスちゃんたちは、お腹がいっぱいになったからか、人が多くて疲れてしまったのか分からないけれど、私のドレスの胸の間にぐいぐい入ってきて、姿を隠してしまった。
私の胸はエーリスちゃんとファミーヌさん、大きなイルネスちゃんまで収納できてしまう。
メルルちゃんは入らなかった。メルルちゃんだけは私の胸に収納できない存在らしい。
「……リディアさん」
ご挨拶に来る人々の行列はまだ途絶えていないけれど、私の肩にシエル様がそっと触れて、耳元に唇が寄せられる。
「そろそろ休憩にしましょう。陛下には伝えてあります」
「でも……」
「大丈夫ですよ、あとは陛下に任せましょう。少ししたら、皆、会場を抜け出してきますよ。もうすぐ、祝賀の最後の催しがありますから」
ステファン様をちらりと見ると、軽く頷いてくれた。
私は椅子から立ち上がって、スカートを摘まんで礼をすると、シエル様に手を引かれてステージから抜け出した。
いつの間にかお父さんは姿を消していて、メルルちゃんはシエル様の肩に乗っている。
ステファン様の傍で警護についているルシアンさんが「少ししたら追いかける」と、低い声で言っていた。
賑やかな会場を抜け出して、シエル様は私を連れて大広間から離れると、王宮にあるセイントワイスの方々の研究棟へと向かっているようだった。
「あの、シエル様……どうして、セイントワイスのお仕事の場所にいくのですか?」
「人がいませんからね。セイントワイスは少し怖いイメージがあるようですから、職場に足を踏み入れようとする貴族は滅多なことではいませんし、あなたを追いかけてくる者もいないでしょう」
「あ……あの」
「あなたを、静かな場所で休ませてさしあげたいですし……その靴では、歩きにくいですね。足は痛くないですか?」
歩き慣れない高いヒールの靴が大変そうだと、シエル様は立ち止まった。
大広間から抜けると、王宮は静かな物だった。回廊には魔石ランプの明りがともされているけれど、窓の外はもう夜の帳がおりている。闇の中に、庭園の花や木々がさわさわと風に揺れている姿が見える。
「足は痛くないです。……連れ出してくださって、ありがとうございます。パーティー、楽しかったです。でも、静かな場所も落ち着きます」
「疲れたでしょう。よく頑張っていました。僕も、はじめてああいった場が楽しいと感じましたが、本当はあなたを連れて早々に逃げ出したかった」
「シエル様、真面目な人だって思っていましたけど」
「そうでもないんです、実は」
シエル様は私を軽々と抱き上げてくださる。
ふわりとした浮遊感と共に抱き上げられた私は、おずおずとシエル様の首に腕を回して抱きついた。
「あの……歩けますけれど、少し甘えてもいいですか?」
「もちろん。喜んで」
私は安心して、体の力を少し抜いた。
普段履き慣れていない靴のせいで、本当は足の裏が少し痛かったので、ありがたい。
ヒールの靴で歩くのは大変だ。ドレスを着るのも、コルセットで腰を締めるのも。
そう思うと、ロベリアでの自由な生活というのは――かなり、恵まれていたのではないかしら。
貴族の方々もそれぞれきっと苦労をされている。
シエル様はヴィルシャークさんやクリフォードさんと少し話をしていたようだけれど、過去のことを考えると、本当は顔を見るのも嫌だろう。
シエル様は大人。大人だけれど、逃げたくなることもあるわよね。
そうして我慢をしていることだって、皆きっとある。
ゼーレ様も同じ。苦しいけれど国王陛下だからずっと我慢していた。
ゼーレ様の安心したような穏やかな笑顔を思い出すと、泣きたくなってしまう。
セイントワイスの塔の階段を登った先に、屋上がある。
真っ暗な塔を抜けるために、シエル様は光玉をふわふわと浮かせてあたりを照らしていた。
暗がりは少し苦手だけれど、シエル様に抱き上げられているので怖くない。
屋上から見上げた空には、宝石をちりばめたような星々が輝いていた。
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