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ゼーレ様へのご挨拶



 踊り疲れて、お料理を少し楽しんで――それから私たちは、ステファン様に連れられてゼーレ様の元へと向かった。

 ゼーレ様のお部屋にはマルクス様とお母様、お父様がいて、大広間の賑やかさとはまるで別の世界のようにしんと静まっている。


 私たちが顔を出すと、ゼーレ様はベッドの背もたれに積まれているクッションへと体を埋めて、深く閉じていた目を開いた。


 大広間で皆に挨拶をしている時、ゼーレ様の姿は大きく見えたけれど、今はその姿はとても頼りなく、細く小さく見える。

 マルクス様やお父様と同じ年なのに、ゼーレ様はとても年老いて見えた。

 顔に刻まれた皺や、やせ細った体、目の下にある隈のせいなのかもしれない。

 それでもその表情は穏やかで、私たちの姿を見ると口元に優しい笑みを浮かべてくださった。


「私のことなど気にせず、祝いの日なのだから、楽しんできなさい、ステファン」


「父上。リディアも皆も、父上に一目会いたいと言ってくれました」


「そうか。それは光栄なことだ」


 ゼーレ様は私たちの顔を一人一人に視線を向けた。

 臣下の礼をする私たちに向かい、口を開く。


「リディア。……大きくなった。そして、立派になった。長らく辛い思いをさせて、すまなかった。君を傷つけたこの国を、人々を守って欲しいというのは……とても、勝手な話だと思う。だが」


「ゼーレ様! 大丈夫です。……昔、ゼーレ様が私を守ろうとしてくださったこと、覚えています。あの時の私は、まだ……優しさとか、感情とか、よくわかっていなくて。だから、きちんとお礼も言えませんでした」


 私はにっこり微笑んだ。

 私が泣いていたり不安な顔をしたりするのは、違う気がする。

 ゼーレ様が安心して、過ごせるように。


「あの時ゼーレ様が守ろうとしてくださって、ステファン様が私にたくさん、感情を教えてくださったから、今の私があるのだと思います。泣いたり、怒ったり、恨んだり悪口を言ったりもしました。だから、私は……その、立派な聖女ではないと思いますけれど、私にできることをしたいと思っています」


「聖女になるということは、感情をなくせということではない。あるがままで、あればいい」


「ありがとうございます……」


 ゼーレ様の声がとても優しくて、瞳に涙がじわりと滲んでしまう。

 死の淵にあっても優しく言葉をかけられるゼーレ様は、強くて優しい方だ。


「シエル、ルシアン。二人には、とても贖罪しきれないほどの、罪を、私は犯した。すまなかった」


「ゼーレ様。……それは違います。僕は、自分の力で解決すべきことから逃げていました。現実を忌避し、自分勝手な傲慢さから一人きりでいることを選び、皆に迷惑をかけ、助けられました。それは僕自身の責任です。ゼーレ様に罪はない」


「私も同様です。真実を知ろうとせず怒りと憎しみに染まり、とても償いきれない罪を犯すところでした。それは私自身の問題であり、あなたに咎はありません」


「ありがとう、二人とも。どうか、聖女と、この国をよろしく頼む。私から頼まずとも、二人の気持ちは決まっているのだろうが」


 シエル様とルシアンさんは、もう一度深々と頭をさげる。

 ゼーレ様の視線は、ロクサス様とレイル様に向けられた。


「ロクサス、レイル。ステファンと仲良くしてくれてありがとう」


 それは今までとは違う、父親としての言葉だった。

 立派な方だけれど、ゼーレ様はステファン様のお父様なのだと、改めて思う。

 ロクサス様は恥ずかしそうに視線をそらして、レイル様はにっこり笑った。


「ステファンは頼りになるけど、真面目過ぎて倒れるんじゃないかなって思う時があるからね。任せて、ゼーレ様。時々遊びに連れ出すよ」


「……ジラール公爵家として、新たな王を支えさせていただこうと思っております」


「ロクサス、ゼーレ様は他人行儀な言葉が欲しいわけじゃないと思うよ。ロクサスの言葉で、伝えたほうがいい」


「兄上……そうだな。ゼーレ様。ステファンは、いつも俺たち双子に優しかった。もう一人の兄のように、思っている。だから、できるかぎりのことはしたい」


「……ロクサス」


 ステファン様からすごくきらきらした瞳で見られて、ロクサス様は嫌そうに「その顔をやめろ、今のは忘れろ」と言った。

 ゼーレ様は小さな声をあげて笑って、マルクス様が目頭を押さえた。

 もしかして、泣きそうなのかもしれない。マルクス様、怖い方だけれど――悪い人ではないもの。


「それから――聖獣よ。王家と神官家の罪、フェルドゥールから聞いた。……申し訳ありませんでした」


「いや。謝るべきは、我が母であるアレクサンドリア。一人の女の間違いで、この国は混乱の渦中にある。だがきっと、リディアと愉快な仲間たちが、この国を正しい状態に導くだろう」


 白い大きな獣の姿から、片手で持てる程度の大きさの子犬になったお父さんが、私の腕の中から厳かな声で言った。

 私の体の至る所にくっついているエーリスちゃんや、イルネスちゃん、ファミーヌさんも、ぱたぱたと体を動かした。


「ありがとう。……最後に皆と話せて、よかった」


 ゼーレ様は微笑むと、ふっと息を抜くようにして、深く溜息をつく。

 それから目を閉じると、それ以上何も言わなかった。

 心配する私たちにお母様が「眠っただけだから、大丈夫。でもかなり、無理をしていらしたから、休ませてあげましょう」と言って、退室を促した。


 

お読みくださりありがとうございました!

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