はじめてのたのしいパーティー
カップケーキの雨を降らせてしまった私があわあわしていると、ステファン様が私の手を取った。
「聖女の奇跡だ。皆、受け取ってくれ。魔力で形作られた食べ物は、口にすると力が湧いてくる。あと、美味しい」
「美味しいですね」
「確かに」
シエル様とルシアンさんが、カップケーキをもごもごしながら同意している。
アンナ様がドレスのスカートを両手でつまんで広げて「こうするとスカートの上にカップケーキが落ちますわよ、お姉様。カップケーキ取り放題ですわ」と、目をキラキラさせながら言っている。
エミリア様は「あぁ、本当だ。アンナは賢いな」と言って、アンナ様をよしよししていた。
ヴィルシャークさんや、セイントワイスの魔導師さんたちを中心として「聖女様のご慈悲だ!」「我らの妖精リディア様、カップケーキとは! かわいい!」と言いながら、カップケーキを両手いっぱいに手にしている。
私は頭を抱えた。
そんなつもりじゃなかった。
『数多くの聖女を見てきたが、こういった場でカップケーキを降らせる聖女を見たのははじめてだな』
大きなお父さんが言った。
ファミーヌさんやエーリスちゃんは大きなお父さんの背中に乗っている。
イルネスちゃんが昇りたそうにしているのに気付いて、シエル様がひょいっと抱えると、その背中に乗せてあげている。
メルルちゃんはいつの間にか、シエル様の肩の上に乗っていた。肩の上に乗りながら、うとうと眠りつつ、カップケーキをもむもむ食べている。器用。
「ほ、他の聖女様たちは、どうするんですか、こういうとき……!」
『そうだな。何もしない場合がほとんどだが……私が行ったように、花を降らせるものもいる』
「私、おにぎりとか、飴とか、シュークリームなら降らせられますけど、花は無理です……あっ、食用花ならたぶんいけます……!」
「リディア。花は食えないが、カップケーキは食える。素晴らしいじゃないか」
「ルシアンさん……」
「それに、君の魔力が私の体に巡るのかと思うと、これはこれでいいものだ」
「それはよくわかりません」
「ルシアン。リディアにいかがわしいことを言うな」
「いかがわしくないです、陛下。今のは全く、これっぽっちも、いかがわしくないです」
「リディアさん。ルシアンの半径三メートルに近づかないようにしてください」
「お前は人のことを言えないだろう、シエル!」
ルシアンさんとステファン様が揉めている。
シエル様が私を庇うようにしてくれるので、私はシエル様の腕の中から、シエル様を見上げた。
「シエル様は、お花を降らせることができますか?」
「……そうですね。……行ったことはないですが、できるような気がします。やってみましょうか?」
「はい!」
シエル様は少し考えたあと「色彩の花籠」と小さく呟いた。
指をパチンと弾くと、食べきれなくてあまった山盛りのカップケーキの上に雪のように、色とりどりの花が降ってくる。
凄く、綺麗。
「綺麗です、シエル様。すごい」
「喜んでいただけてよかったです」
『私も花ぐらいふらせることができる』
「お父さんもお花、ふらせてくれますか?」
『先程は、私の人生の中では珍しい大サービスだった。もうしない』
「やっぱり」
広間に溢れたカップケーキや舞い散る花が、甘い魔力の残滓を残して消えていく。
ステファン様や私の名を呼ぶ喜びの声と共に、楽隊が音楽を奏で始める。
「姫君! とっても格好よかったよ、よく頑張ったね! もういいよね、ステファン。堅苦しい式はおしまいでもいいよね?」
「あぁ、レイル。よく我慢してくれた」
「ふふ、これでも私は結構優秀なんだ。ロクサス、そんなところで照れていないで、姫君と踊る約束だったよね? ほら、行こう!」
「兄上、ひっぱるな!」
レイル様がロクサス様の腕を引っ張りながら、私たちの元へと駆けてくる。
「リディアちゃん、お父様は心配だ……一体誰がリディアちゃんの……!」
「フェル様、邪魔しない。ほら、ゼーレ様の元に行くわよ。元々嫌われているけれど、あんまり情けない姿を見せると、またマルクス様に嫌われるわよ」
「あれは昔から嫌味なんだ。私は苦手だ。私がゼーレと仲良くしているというだけで、私を嫌うのだ」
「可愛いじゃないですか。フェル様は、子供みたいなことを言わないの」
お父様の手をお母様がひいて、控室に消えていく。
レイル様がロクサス様を肩に抱えてステージの前で跳躍すると、私の前にひらりと降り立った。
「兄上……っ」
ロクサス様が青ざめている。肩に担がれて飛び上がったあげく、何回転かされたから、目を回したのかもしれない。
「姫君、攫いにきたよ」
「レイル様、ロクサス様が死にかけています……」
「俺は無事だ」
床に降ろされたロクサス様は、ズレた眼鏡を押さえながら言った。
「踊ろう、姫君! やっぱり、貴族のパーティーといったらメインはダンスだよね。私もこういった場で踊るのははじめてだから、姫君と楽しみたいな」
「はい、ええと、私、練習しましたから、頑張ります」
「頑張らなくてもいいんだよ。ほら、おいで」
レイル様に手を引かれて、ついでにロクサス様もレイル様に手を引かれて、私たちは三人で広間に降りた。
私たちを中心にして、人の波がひいていく。
楽隊が明るい音楽を奏でている。聞いているだけで元気が出るような音楽は、『狩猟祭の輪舞』だ。
狩りの無事を祝う、狩人たちと、狩人を待つ家族を鼓舞するための曲。
レイル様は私とロクサス様の手を握って、くるくる回った。
練習してきたダンスとはまるで違うけれど、すごく楽しい。
ロクサス様は恥ずかしそうにしていたけれど、いつの間にか笑顔を浮かべていた。
大広間から、手拍子が聞こえる。
「皆も一緒に!」
そう、レイル様が言うと、夫婦や恋人の方々や、親子が手を取り合って、楽し気に踊り始める。
私は、ステージの上のステファン様やシエル様、ルシアンさんに手を伸ばした。
一瞬驚いた顔をしたステファン様が、遠慮をしているシエル様とルシアンさんの腕を強引に掴んで、広間へと連れてきてくれる。
「交替しよう!」
そう言って、レイル様と、ぜえぜえしているロクサス様は私をルシアンさんに預けた。
音楽が変わる。力強く荘厳で、先ほどよりも少しゆったりした曲調の『亡国のためのパヴァーヌ』。戦で最愛の人を失った悲しみと鎮魂を表した曲で、あまりお祝いの席では演奏されないけれど──ルシアンさんがキルシュタインの王族だと知った楽隊の方々が、気を利かせてくれたのかもしれない。
ルシアンさんの洗練されたエスコートで、私はとっても上手に踊ることができた。
ルシアンさんが軽く礼をした。
感嘆の溜息とともに拍手が沸き上がる。ルシアンさん、女性たちにきゃあきゃあされている。
今なら少し、その気持ちが分かる気がした。
「シエル」
ルシアンさんがシエル様を呼んだ。
「……僕は」
「シエル様、一緒に!」
ゆったりした音楽に、曲調が変わっていく。
これは、『妖精の幻想舞曲』森に住む美しい妖精が旅人を森の奥へと誘う様を表した曲で、美しくてどこか神秘的な旋律が、大広間に満ちる。
私はシエル様の手を引っ張った。
シエル様は、私の動きにあわせて体を動かしてくれる。私もシエル様もとても初心者という感じだけれど、シエル様は所作が綺麗なので、とても綺麗。動くたびに宝石が揺れてきらきら輝いた。
「陛下」
「お兄様!」
「兄上。私とアンナも、一緒に」
シエル様から私の手は、ステファン様に移される。
明るく力強く、そして優しい曲へと、曲調が変わる。
『聖なる祝福』
戴冠式と、王の即位をお祝いするための曲だ。
アンナ様とエミリア様が、エミリア様が男性役で踊り始めると、ルシアンさんの時よりも女性たちから黄色い声があがった。
ステファン様は私の手を握った。
「リディア。……いいのか」
「はい。今日はお祝いですから、特別です」
私はステファン様に微笑んだ。
ステファン様は私の腰に手を回す。
晩餐会やパーティーは、いつも寂しくて、苦しいばかりだった。
けれど――今日は、楽しい。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。




