表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

253/296

はじめてのたのしいパーティー



 カップケーキの雨を降らせてしまった私があわあわしていると、ステファン様が私の手を取った。


「聖女の奇跡だ。皆、受け取ってくれ。魔力で形作られた食べ物は、口にすると力が湧いてくる。あと、美味しい」


「美味しいですね」


「確かに」


 シエル様とルシアンさんが、カップケーキをもごもごしながら同意している。

 アンナ様がドレスのスカートを両手でつまんで広げて「こうするとスカートの上にカップケーキが落ちますわよ、お姉様。カップケーキ取り放題ですわ」と、目をキラキラさせながら言っている。

 エミリア様は「あぁ、本当だ。アンナは賢いな」と言って、アンナ様をよしよししていた。


 ヴィルシャークさんや、セイントワイスの魔導師さんたちを中心として「聖女様のご慈悲だ!」「我らの妖精リディア様、カップケーキとは! かわいい!」と言いながら、カップケーキを両手いっぱいに手にしている。

 私は頭を抱えた。

 そんなつもりじゃなかった。


『数多くの聖女を見てきたが、こういった場でカップケーキを降らせる聖女を見たのははじめてだな』


 大きなお父さんが言った。

 ファミーヌさんやエーリスちゃんは大きなお父さんの背中に乗っている。

 イルネスちゃんが昇りたそうにしているのに気付いて、シエル様がひょいっと抱えると、その背中に乗せてあげている。

 メルルちゃんはいつの間にか、シエル様の肩の上に乗っていた。肩の上に乗りながら、うとうと眠りつつ、カップケーキをもむもむ食べている。器用。


「ほ、他の聖女様たちは、どうするんですか、こういうとき……!」


『そうだな。何もしない場合がほとんどだが……私が行ったように、花を降らせるものもいる』


「私、おにぎりとか、飴とか、シュークリームなら降らせられますけど、花は無理です……あっ、食用花ならたぶんいけます……!」


「リディア。花は食えないが、カップケーキは食える。素晴らしいじゃないか」


「ルシアンさん……」


「それに、君の魔力が私の体に巡るのかと思うと、これはこれでいいものだ」


「それはよくわかりません」


「ルシアン。リディアにいかがわしいことを言うな」


「いかがわしくないです、陛下。今のは全く、これっぽっちも、いかがわしくないです」


「リディアさん。ルシアンの半径三メートルに近づかないようにしてください」


「お前は人のことを言えないだろう、シエル!」


 ルシアンさんとステファン様が揉めている。

 シエル様が私を庇うようにしてくれるので、私はシエル様の腕の中から、シエル様を見上げた。


「シエル様は、お花を降らせることができますか?」


「……そうですね。……行ったことはないですが、できるような気がします。やってみましょうか?」


「はい!」


 シエル様は少し考えたあと「色彩の花籠」と小さく呟いた。

 指をパチンと弾くと、食べきれなくてあまった山盛りのカップケーキの上に雪のように、色とりどりの花が降ってくる。

 凄く、綺麗。


「綺麗です、シエル様。すごい」


「喜んでいただけてよかったです」


『私も花ぐらいふらせることができる』


「お父さんもお花、ふらせてくれますか?」


『先程は、私の人生の中では珍しい大サービスだった。もうしない』


「やっぱり」


 広間に溢れたカップケーキや舞い散る花が、甘い魔力の残滓を残して消えていく。

 ステファン様や私の名を呼ぶ喜びの声と共に、楽隊が音楽を奏で始める。


「姫君! とっても格好よかったよ、よく頑張ったね! もういいよね、ステファン。堅苦しい式はおしまいでもいいよね?」


「あぁ、レイル。よく我慢してくれた」


「ふふ、これでも私は結構優秀なんだ。ロクサス、そんなところで照れていないで、姫君と踊る約束だったよね? ほら、行こう!」


「兄上、ひっぱるな!」


 レイル様がロクサス様の腕を引っ張りながら、私たちの元へと駆けてくる。


「リディアちゃん、お父様は心配だ……一体誰がリディアちゃんの……!」


「フェル様、邪魔しない。ほら、ゼーレ様の元に行くわよ。元々嫌われているけれど、あんまり情けない姿を見せると、またマルクス様に嫌われるわよ」


「あれは昔から嫌味なんだ。私は苦手だ。私がゼーレと仲良くしているというだけで、私を嫌うのだ」


「可愛いじゃないですか。フェル様は、子供みたいなことを言わないの」


 お父様の手をお母様がひいて、控室に消えていく。

 レイル様がロクサス様を肩に抱えてステージの前で跳躍すると、私の前にひらりと降り立った。


「兄上……っ」


 ロクサス様が青ざめている。肩に担がれて飛び上がったあげく、何回転かされたから、目を回したのかもしれない。


「姫君、攫いにきたよ」


「レイル様、ロクサス様が死にかけています……」


「俺は無事だ」


 床に降ろされたロクサス様は、ズレた眼鏡を押さえながら言った。


「踊ろう、姫君! やっぱり、貴族のパーティーといったらメインはダンスだよね。私もこういった場で踊るのははじめてだから、姫君と楽しみたいな」


「はい、ええと、私、練習しましたから、頑張ります」


「頑張らなくてもいいんだよ。ほら、おいで」


 レイル様に手を引かれて、ついでにロクサス様もレイル様に手を引かれて、私たちは三人で広間に降りた。

 私たちを中心にして、人の波がひいていく。

 楽隊が明るい音楽を奏でている。聞いているだけで元気が出るような音楽は、『狩猟祭の輪舞』だ。

 狩りの無事を祝う、狩人たちと、狩人を待つ家族を鼓舞するための曲。


 レイル様は私とロクサス様の手を握って、くるくる回った。

 練習してきたダンスとはまるで違うけれど、すごく楽しい。

 ロクサス様は恥ずかしそうにしていたけれど、いつの間にか笑顔を浮かべていた。


 大広間から、手拍子が聞こえる。


「皆も一緒に!」


 そう、レイル様が言うと、夫婦や恋人の方々や、親子が手を取り合って、楽し気に踊り始める。

 私は、ステージの上のステファン様やシエル様、ルシアンさんに手を伸ばした。

 一瞬驚いた顔をしたステファン様が、遠慮をしているシエル様とルシアンさんの腕を強引に掴んで、広間へと連れてきてくれる。


「交替しよう!」


 そう言って、レイル様と、ぜえぜえしているロクサス様は私をルシアンさんに預けた。

 音楽が変わる。力強く荘厳で、先ほどよりも少しゆったりした曲調の『亡国のためのパヴァーヌ』。戦で最愛の人を失った悲しみと鎮魂を表した曲で、あまりお祝いの席では演奏されないけれど──ルシアンさんがキルシュタインの王族だと知った楽隊の方々が、気を利かせてくれたのかもしれない。

 ルシアンさんの洗練されたエスコートで、私はとっても上手に踊ることができた。

 ルシアンさんが軽く礼をした。

 感嘆の溜息とともに拍手が沸き上がる。ルシアンさん、女性たちにきゃあきゃあされている。

 今なら少し、その気持ちが分かる気がした。


「シエル」


 ルシアンさんがシエル様を呼んだ。


「……僕は」


「シエル様、一緒に!」


 ゆったりした音楽に、曲調が変わっていく。

 これは、『妖精の幻想舞曲』森に住む美しい妖精が旅人を森の奥へと誘う様を表した曲で、美しくてどこか神秘的な旋律が、大広間に満ちる。

 私はシエル様の手を引っ張った。

 シエル様は、私の動きにあわせて体を動かしてくれる。私もシエル様もとても初心者という感じだけれど、シエル様は所作が綺麗なので、とても綺麗。動くたびに宝石が揺れてきらきら輝いた。


「陛下」


「お兄様!」


「兄上。私とアンナも、一緒に」


 シエル様から私の手は、ステファン様に移される。

 明るく力強く、そして優しい曲へと、曲調が変わる。

 『聖なる祝福』

 戴冠式と、王の即位をお祝いするための曲だ。

 アンナ様とエミリア様が、エミリア様が男性役で踊り始めると、ルシアンさんの時よりも女性たちから黄色い声があがった。

 ステファン様は私の手を握った。


「リディア。……いいのか」


「はい。今日はお祝いですから、特別です」


 私はステファン様に微笑んだ。

 ステファン様は私の腰に手を回す。


 晩餐会やパーティーは、いつも寂しくて、苦しいばかりだった。

 けれど――今日は、楽しい。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ