聖女の祝福
ゼーレ様を、マルクス公爵と幾人かの兵士の方々が支えて、ステージからお部屋に連れていく。
お痩せになって、足取りもおぼつかないゼーレ様だったけれど、最後まで俯くことはなく、堂々としたお姿だった。
王冠を受け取ったステファン様が、去り行くゼーレ様の後姿にもう一度深々と礼をした。
私も、深く頭をさげた。
──ゼーレ様は、私が幼い時。
お父様に冷たい言葉を投げかけられる私を、お父様から庇ってくださった。
優しくて、大きな方だ。
王として、苦しいことや辛いことが沢山あったのだろう。
私には想像することしかできないけれど。
そしてそれはきっと、これからのステファン様も同じように――。
深々と下げた頭をあげて、ステファン様に視線を向ける。
ステファン様は、静かに見守る貴族たちにまっすぐな視線を向けた。
集まっている貴族たちの一番前に、レイル様とロクサス様の姿がある。
それから、ヴィルシャークさんと、奥様とお子さんの姿。それから、エーデルシュタインでは敵対していた、クリフォードさんの姿。クリフォードさんの傍にも、寄り添うように奥様とお子様たちがいる。
おめかしをしたお子様たちは、皆とっても可愛い。
「私は――皆の知っての通り、至らない王子だった」
ステファン様が、皆に語り掛けるようにして言葉を紡ぐ。
「アレクサンドリア様から賜った、ベルナール王家に受け継がれる聖剣の主として、皆を守るべき立場にあるのに――魔物の支配を受け、皆を不安にさせた。あのまま支配を受け続けていれば、父が守ったこの国を、滅ぼしてしまっていたかもしれない」
今のステファン様には落ち込んでいる様子はない。
堂々と、事実を確認するように、淡々と。過去について話をしている。
「私は、聖女リディアと、そして宝石人の王族であるシエル。それから、キルシュタインの王族の血をひいているルシアン。長らく王家を支えてくれているジラール公爵家のレイルやロクサスに救われた」
名前を呼ばれて、シエル様とルシアンさんが、胸に手を当てて礼をした。
私もはっとして、スカートを摘まんで淑女の礼をする。久々だったけれど、ぎくしゃくせずに優雅にご挨拶ができたように思う。
シエル様やルシアンさんについてステファン様が言った言葉に、一瞬広間がざわめいた。
けれど、すぐに静かになる。
「皆も知っているだろう。旧キルシュタインでの騒乱に始まり、大神殿が襲撃され、エーデルシュタインでも戦いが起こった。けれど、皆が私を助けてくれた。私一人で出来ることは少ない。私たちは、手を取り合って生きていけるはずだ」
ステファン様はそこで一度俯いた。
それから、もう一度顔をあげる。
「宝石人や、キルシュタイン人。そして、私たち。過去の苦しみが消えることはない。だが、これからを変えていくことはできるはずだ。……私は戦いや憎しみではなく、尊敬と親愛で、人々を守っていきたい」
自信に満ちたよく通る声が、広間に響く。
「頼りない王だろう。だが、私には皆の力が必要だ。父のような王になれるかどうかは分からない。だが、どうか、私を支えて欲しい」
ステファン様の言葉が終わると、誰かが手を叩いた。
拍手がぱらぱらとしたものから、うねりのように大きく広まっていく。
ステファン様が安堵したように、表情をやわらげた。
エミリア様とアンナ様が、ステファン様の手をそれぞれとって、ステファン様に微笑みかける。
拍手が収まったころ――お父様が、私を呼んだ。
「リディア・レスト。アレクサンドリアの加護を受けた、聖女よ。ステファン・ベルナールに祝福を」
いつの間にか私の隣にはお父さんがいる。
いつものお父さんじゃなくて、なんだか妙に大きい。
白い艶々の毛並みをした細身でしなやかな体躯を持つ、燃えるような白い鬣の狼のような獣にその姿は変わっていた。
『私は、アレクサンドリアの聖獣。リディアと共に、王となったステファンを見届けよう』
可愛い子犬でいることにこだわりの強いお父さんが、すごく聖獣っぽいことを言っている。
皆が、お父さんに、畏怖と尊敬が入り混じった視線を向けている。感嘆の溜息のようなものも聞こえる。
それから「なんと美しい」「聖獣様とはあのようなお姿なのか」という声も。
お父さん、満更じゃなさそう。
私はステファン様の前に立った。
ステファン様は膝をついて頭をさげる。国王陛下に頭を下げられるとか、私も、とっても偉そう。
あぁ、緊張する。
大丈夫って思っていたけれど、たくさんの視線が私に突き刺さっている。緊張で、倒れそう。
でも――これは、私の役目だ。
頑張らなきゃ。台詞だって、「だいたいこんな感じ」って、お母様に教わったのだし。
「……ステファン様。……アレクサンドリアの名のもとに、あなたを王と認め、祝福しましょう」
私が私じゃなくなるみたいだ。
こんな言葉、はじめて口にする。
私が手を差し伸べると、ステファン様が私の手を取って、そっと手の甲に口づけた。
お父さんが体をのばして、体を上に向ける。
何もない天井から、ひらひらとロベリアの小さな花が、キラキラした粒子とともに落ちてきて、消えていく。
私にそんな魔法は使えないので、お父さんが気を利かせてくれたのだろう。
再び湧き上がる拍手とともに、ヴィルシャークさんが大声で「聖女様! 我らの街を救ってくださった聖女様、ありがとうございます!」と言った。その言葉で我に返ってしまった。
私――凄く偉そう。偉くなんてないのに。恥ずかしい。
クリフォードさんも深く頭をさげている。
なんだかもういたたまれなくなった私は、一歩後ろにさがった。
そして、慣れないドレスの裾を踏んずけて、転びかけて――シエル様とルシアンさんに、支えて貰った。
「大丈夫ですか、聖女様」
「落ち着いて、聖女様」
耳元で囁くように、小さな声で聖女様と呼ばれた私は、恥ずかしさが臨界点を突破して――。
お父さんが降らせたロベリアの花が消えた天井から、ぽんぽんとカップケーキの雨を降らせたのだった。
なんでカップケーキなのか、私にもよくわからない。
カップケーキの雨が貴族の皆さんに降り注ぐ。
子供たちが手を伸ばして、楽しそうに笑っている。
アンナ様とエミリア様も、両手を広げて楽しそうに笑った。
カップケーキの気配を感じたのか、エーリスちゃんやイルネスちゃんが控室から飛び出してきて、ぴょんぴょんしながらばくばくカップケーキを口に入れた。
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