戴冠式の準備
戴冠式の朝。
一昨日まではいつものようにロベリアで働いていた私は、再びレスト神官家に戻っていた。
レスト神官家に行くとそれはもう皆に可愛がってもらえるので、エーリスちゃんたちは結構嬉しそうにしていた。
全身を丁寧に磨かれてぬいぐるみがいっぱいの可愛いお部屋のふかふかベッドで眠った私は、朝からたくさんの侍女の方々に囲まれて、身支度を整えられていた。
大きな鏡のあるお部屋の椅子に座った私の腰は、コルセットが巻かれている。
ぎゅっと巻かれると元々結構大き目な胸がぐいっと持ち上げられるので、少し心配になった。
胸が、胸です!
という感じになったからだ。
エーリスちゃんをしまい込みやすそうではあるわね。
エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんやメルルちゃんも、背もたれのない椅子にちょこんと座って、柔らかいブラシで侍女の方々に体をお手入れされていた。
リボンを耳や首に巻かれていて、リーヴィスさんがこの日のために手芸部の皆と気合をいれてつくってくれたという、白いフリルのふわふわのショールを首から巻かれている。
皆可愛い。
因みに今回ばかりはお父さんも逃げずに、毛並みをふさふさにしてもらって、リボンで飾られていた。
「あぁ、リディア様! 可愛らしい……!」
「とても素敵です、リディア様!」
ドレスを着せて頂いて、髪を綺麗に結って貰って軽くお化粧をして頂いた私を、侍女の方々が口々に褒めてくれる。
「ありがとうございます……」
褒められるのは嬉しい。
でも、照れてしまう。
大きな鏡に映っているのは、いつもの私よりもずっと大人びている私の姿。
体のラインが出る白いドレスは、ドレスと法衣を合わせたような感じでとてもお上品だ。
豪華だけれど繊細で美しい髪飾りに首飾り。
ステファン様の婚約者時代も必要な時はドレスを着せてもらうことがあったけれど、あの時はいつも暗い表情ばかりしていたし、あまりドレスが似合っていなかったように思う。
でも今は、成長したからかしら。
きちんとした、貴族令嬢に見えた。
「ふふ……可愛い、嬉しいです。綺麗にしてくださって、ありがとうございます」
侍女の方々に、にっこり笑ってもう一度お礼を言うと、侍女の方々は肩を寄せ合って泣き出した。
泣かないでくださいと慰めていると、お母様がお迎えにきてくれた。
美しく身支度を整えたお母様はどことなく威厳のようなものがある。
隣国のお姫様だからだろうか。
同じくきちんと法衣を着こんだお父様も若々しくて立派で、二人で並ぶととても絵になる。
両親と一緒に出掛けるということが、少し不思議だった。
私はいつも一人だったけれど、両親やエーリスちゃんたちと一緒に馬車に乗ると、いつもがらんとしていて寂しくて不安だった馬車が、賑やかで明るいものに変わった。
座席に座る私の隣で、エーリスちゃんやイルネスちゃんが「かぼちゃ!」「あじふらい」と言って、可愛くして貰った姿を自慢している。
ファミーヌさんは窓際ですまし顔で座っていて、メルルちゃんは寝ている。
お父さんは「嬉しそうだな子供たち。だが私が一番可愛い」と、いつも通り可愛いさを宣言することに余念がなかった。
「リディアちゃん。ずいぶん長い間、辛い思いをさせてしまったと思う。大勢の貴族たちや、城下には見物の街の人々が来るだろう。だが、私たちが傍に居る。大丈夫だ」
「ええ。安心してね、リディアちゃん」
戴冠式のあとは、ゼーレ様にご挨拶に行く予定だった。
お父様は何度か会いに行っているみたいだ。
ずっとお加減が悪かったけれど、いよいよ病状が悪化されているようだ。
私はステファン様やお父様に「ゼーレ様のご病気は、私の力で治せませんか?」と聞いていた。
けれどそれは、ゼーレ様が拒否しているらしい。
跡継ぎにはステファン様がいて、妹姫様たちもいて。
色々あったけれど、ステファン様を支える方々もいる。
――だから、もういいのだと、おっしゃっているそうだ。
ステファン様も、それでいいと言っていた。ゼーレ様のお年を考えたら、ご病気で亡くなられるのはごく自然なことだと。
無理に、命をのばす必要はないと言っていた。
私はそれ以上何も言えなかった。
「お城には、リディアちゃんのお友達たちも来ているでしょうしね。マクベス……マーガレットも誘ったのだけれど、城下から見学に行くって。城の中には入らないって言っていたわ」
「はい。私も一緒に来てって言ったんですけど、嫌だって言われてしまって。戴冠式でお祭り騒ぎになってる街の屋台でお酒を飲んでた方が楽しいって言ってました」
マーガレットさんはツクヨミさんと一緒に見に行くって言ってくれた。
だから、今日も城下で私を見ていてくれると思う。
王宮前に馬車が到着して、先に降りたお父様はお母様と私の手をとって、馬車から降ろしてくれた。
「ありがとうございます、お父様」
「リディアちゃん……なんて可愛く美しいんだ、リディアちゃん。どこにも嫁にやりたくない」
「お父様、私ちゃんと考えました。もし結婚するとしたら、私は一人娘なので、お婿さんです」
「嬉しいが辛い……!」
「リディアちゃん。孫の顔が見たいわ、お母様は……お母様はまだ若いから、リディアちゃんの子供を、何人でも育てられる」
「は、はい、ありがとうございます、お母様」
王宮前には貴族の馬車が何台もとまっている。
その中でもひときわ豪華で立派な馬車から降りてきて、私に駆け寄ってくる人がいる。
レイル様だ。
「姫君! 会いたかったよ、わぁ、可愛いねぇ……! なんて可愛いんだろう、私の姫君は! 今すぐ抱き上げてくるくる回りたいけれど、駄目だよね?」
「り、リディア、奇遇だな……! そ、その、とても似合って……うわ!」
私の前にすぐに辿り着いたレイル様の後ろで、ロクサス様が転びそうになっている。
すかさず従者の方々が転ぶ前に助けて、ロクサス様からささっと離れた。
すごく手慣れている。
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