倍増するもふもふ
お母様とゆっくり散歩をして、ついでにアフタヌーンティーなんかを楽しんだ。
お父さんから過去のレスト神官家と王家の嘘についてを知らされたお父様は落ち込んでいたようだけれど、お父さんに「過去の話だ。そもそも、途中で諦めてしまった私の罪でもある」と言われて、少し立ち直ったようだった。
ともかく、今すぐできることはなにもない。
落ち込んでいるお父様に「戴冠式後にはパーティーもあるので、ダンスを教えて欲しい」とお願いすると、「せっかく楽団も呼んだのだし、リディアちゃん、ドレスに着替えて練習をしよう」と言われた。
私は――『リディアちゃんが帰ってきたときようのドレス』に着替えさせていただき、大神殿の広い広い礼拝堂のホールでお父様によって散々くるくる回された。
疲れ果てたところで、待ってましたと言わんばかりに侍女の方々によってお風呂に入れられて、全身をこれでもかというぐらいにお手入れしてもらった。
侍女の方々にお風呂に入れて貰ったり、着替えをさせてもらったり髪を結って貰うのはジラール家でも体験しているけれど、慣れないのでやっぱりすごく恥ずかしい。
そして私は、一休みのためにお部屋に案内してもらった。
元々の私のお部屋ではなくて、綺麗に整えられている立派なお部屋だ。
ふかふかのソファにも、天蓋付きのベッドにも、それはもうたくさんの、大き目なぬいぐるみが置かれている。
ちょっと頭がくらくらするぐらいに可愛らしい、白とピンク色とレースとフリルをふんだんに使いました、という部屋だった。
「か、かわいい……」
「ごめんね、リディアちゃん。お母様の思う可愛いをめいっぱい詰め込んだら、こんなことになってしまって」
「可愛いです、お母様。ありがとうございます……!」
とても申し訳なさそうにお母様が言うので、私はすごく気持ちを込めて喜んだ。
とても可愛い。お部屋、可愛い。
ちょっとごてごてしているけれど、可愛い。
夕食までゆっくりしていてねと言われたので、私はお部屋の中に入った。
高いヒールのある靴をはいて、さんざんお父様にくるくる回されたせいで、ふくらはぎと足首と足の裏が痛い。
ベッドでちょっと休みたい。
私がベッドに座ると、私よりも先にベッドで寝ていたエーリスちゃんたちがぴょこんと起き上がった。
侍女の方々によって徹底的に綺麗にしてもらったエーリスちゃんは、いつもよりも三倍ぐらいぽわぽわだった。
「かぼちゃぷりん!」
どことなく自慢げにぽわぽわの体を、羽を大きく広げて見せてくれるので、私はエーリスちゃんの体を両手に持ってわしゃわしゃした。
「か、かぼ……」
「ぽわぽわ、エーリスちゃん、ぽわぽわです、ぽわぽわ」
「……タルトタタン」
呆れたように、ファミーヌさんに流し目をされる。
私はファミーヌさんの体も両手でつかむと、弱いと知っている耳のあたりをぐりぐりした。
ファミーヌさんもいつもよりも艶々だった。
毛並みがいい。元々艶々だけれど、今日は、しゃららん、という音がしそうなぐらいに艶々だ。
「たると……!」
ふーふー言いながらファミーヌさんが怒って私から逃げる。
別に本気で怒っているわけではないことを知っている。構いすぎると逃げるのよね。可愛い。
「あじふらい」
イルネスちゃんがクッションに埋もれている。
もふもふになっているせいで、クッションなのかイルネスちゃんなのかわからなかった。
私はイルネスちゃんをぎゅっと抱きしめて、ベッドにごろんとした。
ふかふかのベッドに寝転がると、じんじんしていた足の疲れが取れていく。
メルルちゃんが私の元へ来て、ぺしぺしと前足で私の顔を叩いた。
毛並みがいい。ふさふさすぎて、元々狐っぽいメルルちゃんだけれど、何の動物なのかますますわからなくなっている。
「メルルちゃん、ふさふさ……妖精竜って一体なんなんでしょう」
「魔物の一種だろう。妖精竜という名は、人間が勝手に名付けて呼んでいるだけだから、本当はなんなのかわからない。シルフィーナがうんだ子供が、今は宝石人と呼ばれているように」
いつもと変わらないお父さんがいう。
お父さんはいつもと一緒。もさもさが倍増していたりはしなかった。
「お父さんは同じ。手入れされても同じ」
「私は侍女に手伝って貰わずとも風呂に入れる。逃げてきた」
「いれてもらったらよかったのに」
「リディア。私は今でこそ可愛い子犬だが、本体は誰もが羨む美貌のイケメンなんだぞ」
「まぁ、確かにそうですけれど」
お父さんは自信に満ち溢れているけれど、否定はできない。確かにその通りだからだ。
「お父さんは、アレクサンドリア様に似ているのですか?」
「似ていると言えば似ている。私を女にしたらアレクサンドリアという感じだ。いわゆる、女体化というものだな」
「にょたいか?」
「気にしなくていい。不死者というのは、美しい容姿をしている。死なず老いず、退屈な者たちだ。己をより美しくするのは退屈しのぎの一つだな」
「そうなんですね。長く生きるのは、大変そうです。お父さんも、退屈、ですか?」
「いや。今は楽しい。幼い頃の君があまりにも哀れで声をかけてしまった時から、私は本当に君を、私の娘のように思っている。もともと、私は君の遠いご先祖様ではあるのでな。レスト神官家の者たちは、私の子供のようなものではあるのだが」
「ふふ……」
私はお父さんの頭をよしよし撫でた。
「お父さんは、シルフィーナを助けたいのですよね」
「あぁ。哀れな娘だ。……アレクサンドリアさえ現れなければ、ベルナールもキルシュタインも、今よりももっと平和だっただろう。シルフィーナも、魔女になどならなかったはずだ」
「でも……シルフィーナが宝石人をうんだから、シエル様がいて。お父さんをうみだしたから、私がいるのですよね。ステファン様も、そう」
「そうだな」
「……難しいです」
「遠い昔の人間がちが犯した罪を、本来なら今を生きるリディアたちが被る必要はない。すまない」
「謝らなくていいです。きっと、大丈夫です。私もシルフィーナを救いたい。それに、魔物が落ちてこなくなれば、皆安心して暮らすことができますよね」
エーリスちゃんたちが私にくっついてくる。
私は皆と一緒に、少しだけお昼寝をしようと目を閉じる。
赤い月の牢獄に囚われているシルフィーナが、助けてと言いながら泣いている夢を見た。
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