レスト神官家の愛娘リディア
リディア様に食べていただきたい料理がたくさんあるのだと、料理人の方々が言って、それはそれは豪華な料理がテーブルには並んでいる。
海老のテリーヌに、レバーのパテ、キノコのポタージュに、野菜のファルシ。
牛肉のステーキ、果物の盛り合わせ、その他諸々。
とても食べきれないぐらいのお食事は、私が過去、ご飯美味しそうだなぁと思って眺めていたものばかりだ。
「たくさん食べて大きくなるんだぞ、リディアちゃん」
「これ以上大きくなりません……」
「そうだ。お父様が食べさせてあげよう」
「一人で食べられます、もう大人なので」
「そこをなんとか」
「なんともなりません」
私の隣に座ったお父様がそれはもうじっと私を見つめた後、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「リディアちゃん。抱っこしてあげよう」
「お父様、私はもう十八歳。もうすぐ十九歳になるのですよ……?」
私とお父様のやりとりを気にせずに、エーリスちゃんとイルネスちゃんがすごい勢いでもぐもぐとたくさんのご飯を食べ始めている。
ファミーヌさんはお上品に少しずつご飯を食べていて、メルルちゃんはエーリスちゃんたちを眺めた後、真似をするようにしてぱくぱくご飯を食べ始めた。
どうやらエーリスちゃんたちをお手本にして、ご飯とは食べるもの、と、学んでいっているみたいだ。
できることならファミーヌさんのお上品さを学んで欲しいのだけれど、エーリスちゃんやイルネスちゃんにその食べ方は似ている。
「リディアちゃん。お父様は、……リディアちゃんを、リディアたんと呼ぼうか、リディアちゃんと呼ぼうか、すごく考えていてね。どちらがいい? どちらが、親しみやすいお父様という感じがするかな?」
「お父様、無理をしなくていいです……!」
「無理などしていない! 私は、リディアちゃんを愛していることを私の全てで伝えたいのだ!」
「お母様……」
「あらあら……」
力説するお父様に困り果ててお母様に視線を送ると、お母様は口元に手を当てて優雅に笑った。
「リディアちゃん。お父様はね、リディアちゃんと暮らせなくて、とても寂しいのよ。だから、たまに帰ってきた時ぐらいは、甘やかされてあげて欲しいのだけれど」
「甘やかされてあげる……」
「そうねぇ、できれば、抱っこをされてあげて、ご飯を食べさせてもらうぐらいは、どうかしら?」
「それはその、私は大人なので、駄目です」
「リディアちゃん、そのうちリディアちゃんが誰かと結婚したとしたら、その男は可愛いリディアちゃんを抱っこして食事を食べさせるなどするだろう。絶対にする。嫁を可愛がりたい男はそれぐらいするものだからな!」
「まぁ、そうだな」
お父様の力説に、お父さんが同意した。
これは、二人ともやっているわね。知らなくていいことを知ってしまった気がする。
お父様やお父さんがいかにして妻といちゃいちゃしているかなんて、別に知りたくなかったのに。
「私は……リディアちゃんの結婚相手よりも先に、リディアちゃんの初めてを奪いたいのだ……!」
「その言い方は、かなり倫理的問題が発生しますね、フェル様」
「抱っこしてご飯を食べさせたい、という意味だが」
「りんりてき、問題とはなんですか、お母様……?」
「ふふ……私の夫と娘が可愛い」
お母様の言っている意味がわからなくて尋ねると、お母様はにこにこした。
それにしても、お父様はさっきからずっと必死だわ。
私、まだ結婚はおろか、恋人さえいないのに。
もし私が誰かと結婚したとして、その男性は私を抱っこしてご飯を食べさせたいと思うものなのかしら。
子供ではないのに。不思議。
「リディアちゃん、駄目か……」
「駄目です」
「お父様の一生のお願いだ……そうだ、お父様のお願いを聞いてくれたら、お小遣いをあげよう」
「お小遣い」
「あぁ。リディアちゃんにはずっとお小遣いをあげることができていなかったから、過去から現在までを全て含めて、五百万ほど」
「お父様……いらないです……」
お父様が涙目になっているので、だんだん可哀想になってきた。
お父様は若々しい美形で、どちらかといえば女性的な容姿をしているので、涙目になると悲壮感と哀れさがすごい。
綺麗な顔の男性が泣きそうな顔をすると、すごく同情してしまうものなのね。知らなかった。
「……わかりました。少しだけですよ……」
私は腹を括った。これも親孝行なのかもしれない。
恥ずかしいし、いたたまれないけれど。
「抱っこは駄目です」
流石にそれは無理なので、お父様を見上げて口を開くと、口の中にスプーンですくったスープがそっと流し込まれた。
濃厚なキノコの味がする、まったりとしたスープ。美味しい。
「美味しいか、リディアちゃん」
「美味しいです……! ずっと、食べたかったんですよね、料理人の方々が作ってくださったお料理」
スープがとっても美味しかったので、私はにこにこした。
途端に、状況を見守っていてくれていた使用人の方々から再び大号泣の大合唱が沸き起こり、お父様も「初めて娘にあーんをして、ご飯を食べさせることができた……」と言いながらぼろぼろ泣いた。
私は口に運ばれてくる美味しいお食事をもくもくと食べながら、家族ってこんな感じなのね……と、すごく恥ずかしいやら、嬉しいやらの気持ちを味わっていた。
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