久々のお父様とお母様
レスト神官家に帰ることを、私はお手紙を出して伝えていた。
お手紙は、街の宅配屋さんに頼むと届けてくれる。
聖都の中なら、一日か、二日で届くみたいだけれど、余裕を持って一週間前にはお返事を出しておいたので、お父様の手にもうお手紙が届いているはずだ。
お手紙には、今日帰ることと、今まであったことをつらつら書いていた。
ロクサス様と偽物の結婚式をあげたこと。
エーデルシュタインで起こったこと。
シエル様が死んでしまうのではないかと思って、すごく悲しくて、苦しかったこと。
聖獣であるお父さんが、実はレスト神官家の遠い遠いご先祖様だということは書かなかった。
これは直接お話しした方がいいと思ったからだ。
レスト神官家は、大神殿の奥にある。
そういえば大神殿でファミーヌさんに襲われたんだったなぁと、なんだか懐かしく思いながら、私は──横断幕とお花と、キラキラした飾りでごてごてに飾り付けられた大神殿を見上げた。
「これは……」
横断幕には、大きくて荒々しい文字で、『リディアちゃんおかえり!』と、書かれている。
「リディアちゃん……」
一瞬、見なかったことにして帰ろうかなと思った。
大歓迎してくれている気持ちは伝わってきたのだけれど、心の奥がなんだかむずむずする。
「帰ろうかな……」
「それは反抗期だな、リディア。いい傾向だ」
「はんこう?」
「親の愛情が鬱陶しくなる時期だな。私もかつて、娘を愛でるあまり、娘に嫌われた時期がある。懐かしい」
「大切にしてもらうの、嬉しいのに、嫌いになるのですか?」
「そうだ。親を鬱陶しく思い、やがて大人になっていくのだ」
「お父さん、娘さんに嫌われて寂しくなかったですか……?」
「それはもう寂しかった。寂しかったから構い倒したし、娘が好きな人とやらを連れてきた時は、絶対に許さんと言ったりしたものだが、嫁に怒られてな。懐かしいな」
「お父さん……お父さんの役割は、血を繋いで聖女をうんで、シルフィーナを助けることなんじゃ……」
「それはそうだが、それとこれとは話が別だ」
そういうものなのかしら。
私がしばらく大神殿の前で佇んでいると、大神殿から私に向かって走ってくるお父様の姿がある。
その後ろを、お母様がにこやかに、優雅に歩いてくる。
お父様、見た目は若いのだけれどお年はそんなに若くないのだから、あんまり走らない方がいいような気がする。
「リディアちゃん……! おかえり! お父様は待っていたよ……!」
「お、お父様……ただいま、です」
「リディアちゃん、少し見ない間により一層可愛くなって、そして美人になって……! こんなに美しく可憐な私の娘が街で一人暮らしをしているなんて私は心配で心配で、何か怖いことはなかっただろうか? 怖い目にはあったようだけれど……ともかく無事でよかった……!」
「お父様、落ち着いて……」
「リディアちゃん。お帰りなさい」
「お母様!」
お父様よりも、お母様の方が落ち着きがある。
長い間ファミーヌさんの中で眠り続けていたお母様の見た目は私よりも少し上ぐらいだから、ちょっとだけ違和感があるけれど。
お父様の見た目も若いので、二人並ぶと私の両親とは思えないぐらいに若々しい。
お父様が私の体をぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
ちょっと痛い。
「お母様、お父様、あの、大神殿が大変なことになっています……」
「久々にリディアちゃんが帰ってくるから、お父様はかなり張り切ってしまった」
「リディアちゃんお帰りなさいパーティーをしようという話になってね」
「そうなんですか……」
ちょっと嫌な予感がした。
大神殿の外がぎらぎら飾りつけられていたのと同じように、大神殿からレスト神官家に向かう通路も、それから、久々に帰る家の中も、それはもうきらきらだった。
新装開店でしょうか、というぐらいの花輪が飾られて、王国中の切花を集めたんじゃないかっていうぐらいのお花が飾られて、どこで買ってきたのかよくわからない丸型や星型の飾りが壁に並んでいる。
大神殿の礼拝堂では楽団が音楽を奏でていて、レスト神官家の広間にたどり着くと、テーブルにはたくさんのお料理が用意されていた。
「なんだか、すごいですね……」
「生花は、枯れてしまうからね。明日には礼拝に来た人々にお土産として配るつもりだから、心配しなくていい」
お父様が椅子を引いて、私をテーブルの前に座らせてくれる。
エーリスちゃんたち用の背の高い椅子も準備されていて、そこにエーリスちゃんたちはちょこんと座った。
メルルちゃんは大きな姿から小さな姿に戻ると、私の膝の上に乗って目を閉じて眠ってしまった。
「お料理も、すごいです……」
「昨日、使用人のみんなと一緒に、飾り付けをしたのよ。料理人たちが、リディアちゃんには悪いことをしてしまったと言って、泣きながら料理を……」
いつの間にか、私の正面に使用人の方々が並んでいた。
顔は知っている料理人の方々や、侍女の方々がピシッと並んでいる。
「「「「リディア様、申し訳ありませんでした……!」」」
一斉に頭を下げて謝られたので、私は驚きに目を見開いたあと、どうしていいか分からずに困り果てた。
「実はな、リディアちゃん。かつて、ファミーヌの支配下にあったのは私だけだったんだ」
お父様が、過去を悔いるようにして言った。
ファミーヌさんが私の元に走ってきて、メルルちゃんと一緒に私の膝の上にのって隠れた。
名前を呼ばれたからびっくりしてしまったのか、それとも記憶が少し残っているのかはわからないけれど。
私はファミーヌさんの背中を撫でる。大丈夫だよという気持ちを込めて。
「使用人たちは、リディアに構うなという私の言葉に従っていただけだった。ここでは、私の言葉が全てだ。神官長である私に逆らうのは、女神アレクサンドリア様や神祖テオバルト様に逆らうのと同義。誰も、私の言葉に疑問を持ったとしても、私に意見することはできなかった」
「ええと、はい……」
それはそうだろう。
お父様は最も女神様に近しい場所にいる方なのだから。
「だから、リディアちゃんに手を差し伸べることができなかった。彼らができたことは、リディアちゃんの部屋を最低限整えることと、調理場で座っているリディアちゃんの存在を、見て見ぬふりをすること。それから、食材を少し残しておくこと、ぐらいだった」
「あ! だから私、調理場でお料理を見ていても、咎められなかったのですね」
「あぁ。リディアちゃんをいないものとして扱うことで、彼らはリディアちゃんを私やフランソワたちから、守ってくれていたのだな」
「ありがとうございます。おかげさまで、私、お料理をすることができるようになりました。いつも、調理風景を見せてくれていたみなさんのおかげです」
椅子に座っていた私は立ち上がって、使用人の皆さんにぺこりとお辞儀をした。
使用人の皆さんが、「リディア様、なんて立派になって……」「本当にごめんなさい……!」と、大きな声をあげて泣き始めたので、私はどうしていいかわからずに再び困り果ててしまった。
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