久々の里帰り
お父様からお手紙が来た。
お手紙には、お父様らしい綺麗な文字で『戴冠式の準備があるので、リディアの都合のいい時に一度帰ってきなさい。都合のいいときでいいからね、体に気をつけるんだぞ、リディア。悪い男に捕まっていないだろうか、お父さんは心配です』というようなことがたくさん書いてあった。
特に、私を心配する言葉がたくさん書いてあったので、私はお父様にずいぶん心配をかけているみたいだと思って、少し反省して、少し嬉しくなった。
お父様が私を心配してくれるというだけで、くすぐったくて嬉しい。
そんなわけで、私は久々にレスト神官家に帰ることにした。
もしかしたら泊まるかもしれないから、日持ちしない食材は全部、お客様に多めのご飯を提供して、残った分はエーリスちゃんたちにご飯を作って食べさせてあげた。
新しい子、妖精竜ちゃんは、名前がないと不便だから『メルル』ちゃんと名付けた。
メルルちゃんは、シエル様のところではご飯を食べなかったみたいだけれど、私の作ったご飯はエーリスちゃんたちと一緒にもぐもぐ食べていた。もぐもぐ食べて、だらんと眠る生活を送っている。
ファミーヌさんもよく寝るけれど、メルルちゃんはそれ以上によく寝る子だ。びっくりするほど手がかからなくて静かな子で、時々あんまり寝過ぎていると、ファミーヌさんやイルネスちゃんが耳を噛んで引っ張ったり、尻尾を噛んで引っ張ったりしていた。
戸締りをしっかりして、荷物を持って──荷物といっても、お着替えとかは何も持ってこなくていいと言っていたので、エーリスちゃんたちみんなと一緒にロベリアを出た。
「……みんなとっても軽いですけど、私の手が足りませんね……私、手が五本ぐらいあったらよかったのに」
「ぷりん」
「あじふらい……」
イルネスちゃんを抱っこして、エーリスちゃんを胸に押し込んで、ファミーヌさんを首に巻くと、結構もういっぱいだ。
手が五本ぐらいあったら全員を抱っこできるのに。
エーリスちゃんとイルネスちゃんが、ちょっと嫌そうな顔をした。手が五本あったら便利だけど、ちょっと怖いかもしれない。
「きゅう」
ちょこちょこと私の横をお父さんと並んで歩いていたメルルちゃんが、小さく鳴いた。
見て、というように私の前に出てくると空中で見事な一回転をする。
次の瞬間、そこにいたのは大きめの犬ぐらいの姿になったメルルちゃんだった。
心なしか、小さな時よりも毛並みが光を放って輝いているような気がする。光の粒子を纏った美しい狐に似た動物が、得意気に鼻先をつんと上に向けた。
「大きい、メルルちゃん、大きい」
大きくて可愛い。
イルネスちゃんが私の手から離れて、メルルちゃんの上にぴょんと乗った。
エーリスちゃんもファミーヌさんも、背中に飛び乗る。
そして私の両手は空になった。ちょっと寂しい。
「……お父さん、抱っこしますか?」
「リディアがどうしてもというのなら仕方ない。私は可愛いからな」
私がお父さんを抱き上げようとすると、エーリスちゃんたちから一斉に抗議の声があがる。
これは、ずるい、ずるい、と言われている気がする。
お父さんは「私もメルルの背に乗ろう」と言って、メルルちゃんの背中に飛び乗った。
「お父さんも実は大きくなれるんですよね」
「私は可愛い子犬というアイデンティティを譲る気は無いからな」
「言葉が難しいです……」
「リディアはもう少し本を読むといい」
「お料理の本なら……。あっ、絵本もいいですね。エーリスちゃんたちに読んであげたいですね。レスト神官家の帰り道に、買っていきましょう」
「子供を産む前から母性を目覚めさせてしまうとは……動物を飼うと婚期が遠のくとはよく言ったものだな」
「あっ、今のはさては悪口ですね、お父さん」
「心配しているんだ」
そんなことを話しながら、みんなを背中に乗せたメルルちゃんと歩いていると、お肉屋さんの店先に座ってアロマタバコをふかしているマーガレットさんが、ひらひらと手を振ってくれた。
「マーガレットさん、こんにちは!」
「リディアちゃん、おでかけ? 新しい子が増えたのね」
「はい。この子は、シエル様から預かっている妖精竜のメルルちゃんです。大人しくていいこなんですよ」
「そうなの。シエルから預かっているのね。シエルが誰かを頼るなんて、変わったわね」
「シエル様とは、喧嘩をしてしまったんですけど……仲直りをして、もう一度お友達になりました。頼ってもらえるようになったの、嬉しいです」
「聞いたわよ」
「えっ、何をですか?」
「リディアちゃん、ファーストキスをしたのよね。シエルと」
「あ、ああ、あれは、そういうのではないので……!」
「じゃあどういうのがファーストキスなの?」
「それはその、ええと」
「たとえば……こう、手をぎゅっと握って」
マーガレットさんはタバコを指で挟んで口から外すと、私の手を握って、私の体を引き寄せた。
マーガレットさんは美人なので、美人の顔が至近距離にあって少しドキドキした。
「リディア。君が、好きだ。キスをしてもいいか?」
いつもより低い声で囁かれて、私は頬を染める。
マーガレットさん、男の人みたいだ。いつもは女の人か男の人かよくわからないのに。
「なんてことを、戴冠式の後のお祝いのパーティー会場から抜け出して、誰もいないバルコニーやら裏庭やら、庭園のガゼボやらで囁かれる、とか」
「具体的です……」
「そこでする、キスが、ファーストキスってことね」
「……ええと、その、そういうのは、そうです……」
マーガレットさんが私からパッと手を離してくれたので、私は赤くなった顔を両手で隠しながらこくこく頷いた。
そんなことは起こらないとは思うけれど、想像すると胸がキュンとしてしまう。
私だって、恋愛に憧れがないというわけじゃなのだ。
私は今年、十九歳になるのだし。
十六から二十歳の間には結婚をするのが当たり前な王国では、結婚適齢期が後数年もしたら過ぎてしまうもの。
これは、女性の場合は、という話だ。
男性の場合はもっと年齢が上でも問題ない。
マーガレットさんに、今から里帰りをするのだと伝えると、「決戦は戴冠式よ、リディアちゃん。綺麗なドレスを作ってもらいなさいね」と、熱心に言われた。
そんなつもりはなかったのに、そういうことを言われると妙に意識してしまう。
私はお友達で恋愛の妄想をしないように気をつけながら、レスト神官家へと向かった。
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