ひとまずの日常
ルシアンさんは結局、エーリスちゃんたちの声を聞くことがまだできなかった。
お皿や食器洗いや片付けを、シエル様が手伝ってくれて(シエル様は一瞬でお皿を綺麗にして、食器棚にしまってくれた)、私はシエル様にくっついている妖精竜ちゃんを撫でたり抱っこしたりして遊んだ。
狐とリスの中間のような姿の、エメラルドグリーンの毛並みが美しい妖精竜ちゃんは、私が撫でても抱っこしても、のんびり寝ていた。
体にあんまり力が入っていなくて、だらんとしている。
そのだらんとした妖精竜ちゃんを、エーリスちゃんやイルネスちゃんが手でつっつく。
ファミーヌさんも鼻先でつっついていた。
新しい子に興味があるのかもしれない。
「シエル様、この子は何を食べるのですか?」
「魔物ですからね、食べるとしたら魔力なのでしょうが、今のところは何も食べずに寝てばかりいますよ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「魔物を育てたことはないので、よくわかりません。ただ、宝石人と同じだとしたら、何かを食べる必要はありません」
「そうなんですね……ちょっと心配です」
お店の中央に集められていたテーブルや椅子がふわりと浮いて、元の場所に戻った。
シエル様の魔法だ。
ルシアンさんが危なくないように、お父さんやエーリスちゃんを抱っこして避難させてくれている。
レイル様が「お前は大きいねぇ、可愛いねぇ」と言いながら、イルネスちゃんを持ち上げて、びよんと伸ばしていた。
ステファン様はロクサス様が椅子の脚に頭をぶつけないかと心配して、ロクサス様に嫌がられている。
「リディアさん、……あなたに、甘えてもいいですか?」
「えっ、あっ、はい! どうぞ! 何かありましたか? どうしますか? ぎゅってしますか?」
遠慮がちにシエル様に甘えたいと言われたので、私は慌てた。
シエル様はいつも、「甘えてしまいそうになる」と、私に頼ることをいけないことのように言っていたから、なんだか嬉しい。
何か嫌なこととか、かなしいことがあったのかしら。
わからないけれど、無性に甘えたい時ってあるわよね。
私は両手を広げてみた。甘えるというのは、抱きしめて欲しいという意味かと思ったからだ。
「いえ……もちろん、それも魅力的なのですが、……しばらく、妖精竜を預かってくれませんか?」
「え? あ、いいですよ! でも、せっかく一緒にいるのに、シエル様、寂しくなっちゃうんじゃ……」
「エーリスさんたちはあなたの料理を食べますが、この子は何も食べません。僕は、動物を育てた経験がないものですから、これでいいのかどうか、よくわからなくて。それに、セイントワイスの仕事が忙しい時は、あまり目をかけることができません。しかし、あなたの負担になるのは……」
「負担なんてことはありませんよ、みんなとってもいい子たちで、私は一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったりするのが楽しいんです。あ、お父さんは一緒にお風呂には入りませんけれど。お父さんなので」
「お父さんは男性ですからね。妖精竜に性別があるかどうか、よくわかりません」
「竜ですもんね。ええと、だから、妖精竜ちゃんが増えても大丈夫です。ご飯、何が好きか、色々作ってみますね?」
「……ありがとうございます」
シエル様はほっとしたように言って、微笑んだ。
妖精竜ちゃんがシエル様のそばにいるのは悪いことじゃないような気がしたのだけれど、でも、確かにシエル様はお仕事で忙しいし、遠くにいくことも多いみたいだから、動物のお世話というのは難しいのかもしれない。
「リディアさんの元にいれば、ルシアンが魔物の声を聞くことができるようになった時、話をしやすいでしょうし。……あなたの負担にならないよう、食材は、届けさせていただきますね」
「そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます、シエル様。食材はたくさんあっても困らないので」
「それなら、よかった」
「……私は、自分が魔物の声を聞けるようになるとは思わないのだがな」
ルシアンさんが困ったようにポツリと言った。
シルフィーナの血族だとわかり、魔物の声を聞く力があると言われてから、ルシアンさんは困惑しているように見えた。
「ルシアンさん……それが、私がルシアンさんに、料理に不思議な力があるって言われていた時の私の気持ちです……」
「あぁ、なるほど。確かに。私はリディアをずいぶん困らせたな。すまなかった」
「ルシアンさん、頑張ってくださいね。エーリスちゃんたちや、赤い月から来た妖精竜ちゃんの言葉がわかれば、赤い月にいく方法がわかるかもしれないです」
「まぁ、そうなのだろうが……私にも、どうすればいいのか、よくわからない。魔物の声を聞こうとしていないと言われてもな。かぼちゃぷりんは、かぼちゃぷりんとしか聞こえない」
「姫君、シエルにだけぎゅってするとか、ずるい!」
「してません……あっ、わ……っ」
イルネスちゃんをロクサス様に押し付けて、レイル様が私を抱きしめてくる。
ぎゅうぎゅうされるとちょっと痛い。ついでに髪をよしよしされて、小動物の気持ちを味わった。
「兄上……」
「レイル、確かにリディアは腕の中に閉じ込めて可愛がりたいぐらいに可愛いが、女性を許可もなく抱きしめてはいけない」
「ロクサスもステファンも頭が硬いね。これぐらいは挨拶と同じだよ。そんなことより、姫君の料理には不思議な力があるのだから、ルシアンの隠された能力を開花させることもできるかもしれないよね」
「ルシアンさんは、何度も私のご飯を食べていますよ」
「そっか。それもそうか。まぁ、考えても仕方ないし、今日は色々わかったからよかった、ってことで」
レイル様の明るい声に、みんな頷いた。
「姫君、ステファンの戴冠式には来るんだよね。とびきり可愛く着飾った姫君と、ダンスが踊れるかな。きっと楽しいよ」
「レイル様、私、踊ったことがなくて……」
「全て私に任せてくれたら大丈夫。とても楽しみにしているよ」
それからは、ステファン様の戴冠式の話になった。
私はドレスを着て、聖女として出席することになっている。
ステファン様に祝福を与えるために。
ドレス、持っていないから作らなきゃいけないなと思いながら、お話し合いが終わって帰っていくみんなを見送った。
新しい我が家の一員の妖精竜ちゃんは、シエル様が帰る時に一度目を開いたけれど、特に寂しそうにする様子もなく私の腕の中ですやすや眠っていた。
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