ルシアンさんの特技
私は、赤い月に幽閉されているシルフィーナを救わなければいけない。
それは、アレクサンドリア様に託された望みだから、ではなくて──。
「シルフィーナは、エーリスちゃんたちのお母さん。すごく、苦しいことがたくさんあって……長い間閉じ込められて、ずっと苦しいばっかりの夢を見ているとしたら、それはすごく悲しいことだなって思います。私にそれができるのなら、解放、してあげたい」
「リディア。それはアレクサンドリアの望みではあるが、君には拒否をする権利がある」
「お父さんは、私を……私たちを信頼して、それをお話ししてくれたのですよね? 私も、助けたいって思ってます。……あの……!」
私は、少し大きめの声を出した。
私はシルフィーナを助けたい。けれどそう思っているのは私だけかもしれない。
でもきっと、私一人じゃ何もできない。今までもそうだった。
私はそんなに強くない。自分一人で頑張るなんて、とてもできそうにない。
だから──。
「私、……どうやって、月に行けばいいのかわからないし、どうやってシルフィーナを救えばいいのか、わからないですけれど……助けて、くれますか……?」
「もちろんだ、リディア。君の頼みならなんでも聞こう。君が行くというのなら、そこがこの世の果てでも共にしよう」
ステファン様が、力強く頷いてくれる。
「月の魔女を倒す……ではなくて、解放する、か。勇者としてはとても、ワクワクしてしまうね。姫君、私は君とずっと一緒だよ。何があっても」
レイル様が楽しそうに瞳をきらきらさせながら言った。
「……お前の頼みだ。仕方あるまい」
「ロクサス様、嫌なら無理しなくていいです……」
「無理はしていない……! 頼られるのは、悪くない。俺も行く」
ロクサス様がやや慌てたように言う。
「リディア。私の剣も、私の心臓も、全て君のものだ。好きなように使うといい」
ルシアン様が、甘く優しい声で言った。
「僕も、同様に。僕の全てをあなたに捧げましょう。あなたの望みを叶えるため、あなたを守るために、僕は存在しています」
シエル様は穏やかで涼しげな声で言って、微笑む。
エーリスちゃんたちも「かぼちゃぷりん!」「タルトタタン」「あじふらい!」と言いながら、私の膝の上からテーブルに移動してぴょんぴょん跳ねた。
「ありがとうございます……! 私、いつも……助けられてばかりです」
「リディアは私の次に可愛いからな。助けたくなるのは当然だ。……というのは、冗談だが」
お父さんが続ける。
「私の記憶が確かならば、一部のキルシュタイン人は魔物を召喚する力を持っていた。シルフィーナが魔物を生み出しているのは、その力の一端なのだろう」
「キルシュタイン人の一部の者は、魔物を操ることができるが……召喚するというのは」
「セイントワイスは召喚術を使えます。これは、魔力を練り上げて、限りなく実物に近い虚像をつくりあげるものですね。召喚とは、それと同じでしょうか」
ルシアンさんが首を傾げ、シエル様が確認するように言う。
「そうだな、似ている。だが、魔物の召喚は虚像ではない。魔力によって練り上げた、意志を持つ生物と言えばいいのか。キルシュタイン人は使い魔としてそれを操り、長らく、土地に君臨していた。……彼らは作り出した魔物との意思疎通ができるのだ。つまり、会話が」
「……ん?」
お父さんの説明に、皆の視線がルシアンさんに一斉に向いた。
ルシアンさんが一瞬驚いたように目を見開いた。
「つまり、ルシアンは……妖精竜と話ができる、と」
「以前から気になっていていたんだが、それは本当に妖精竜なのか?」
シエル様の首に巻き付いている可愛い動物を示して、ルシアンさんは訝しげに眉を寄せる。
「確かにエーデルシュタインで見た竜は、以前王国に現れてお前が倒した妖精竜と同様のものだった。だが、それがどうして今は、お前と共にいるんだ、シエル」
「あぁ、それは……かつて、妖精竜を倒した時、……僕は妖精竜を哀れみました。僕には妖精竜が、この世界に迷い込んでしまった迷子に見えました。その時の僕は、自分のことを魔物と同様だと思っていたから、余計に」
シエル様はなんでもないことのようにそう口にした。
シエル様はいつも自分のことを話す時少し苦しそうだったけれど、今は過去の事実を淡々と告げるような口ぶりだった。
「殺さず、情けをかけて、瀕死の竜に僕の宝石を一欠片埋め込みました。もしかしたら助かるかもしれないと考えて。……生き延びたこの子は僕の気配をたどり、追いかけてきたようです。僕はこの子を殺そうとしたのですが、この子は僕を恩人だと思っているようですね」
「その子、名前はないのですか?」
「妖精竜に、名前?」
「はい。名前がないと、不便かなって……」
「どうなのでしょうね。エーリスさんたちは自分で名乗りました。だから、本当は名前があるのかもしれませんが……」
「ルシアンは、丸餅や、猫もどき、鏡餅や化け狐と話ができるのだろう」
「ロクサス様、そういうことを言うから嫌われるんですよ」
丸餅。猫もどき。鏡餅。化け狐。
可愛いといえば可愛いけれど、名前で呼べばいいのに。
ロクサス様がエーリスちゃんたちに威嚇されている。
「ロクサスは照れ屋だからね……可愛い動物を可愛い名前で呼ぶと照れてしまうんだよ」
「違う。俺は可愛い姿になろうと、本来こいつらが化け物であることを忘れていないだけだ」
レイル様に嗜めるように言われて、ロクサス様は不機嫌そうに否定した。
確かにエーリスちゃんたちは酷いことをしたかもしれないけれど、でも、もう何にも覚えていない赤ちゃんみたいなものなのだから、怒っていても仕方ないのに。
「ちょっと待て。私が、魔物たちの声を聞ける……というような話の流れになっている気がするのだが」
「そういう流れだろう。ルシアンはすごいな。魔物の声を聞けるのだな」
「陛下、そう純粋に褒められると、困るというか……私には、今のところ魔物と会話ができる能力はないのですが」
ステファン様に褒められて、ルシアンさんは困り果てたように眉を寄せた。
「それは、ルシアンが声を聞こうとしていないだけだろう。君はキルシュタインの王族だ。シルフィーナと同じ力があるはずだ」
お父さんの説明を聞いたからかしら、エーリスちゃんとイルネスちゃんが、ルシアンさんに向かって「かぼちゃぷりん、か、かぼちゃ、かぼちゃ、ぷりん!」「あじふらい……あじふらい……」と騒ぎ始めた。
「落ち着け、二人とも。そんなに伝えたいことがあるのか?」
「かぼちゃ!」
「あじふらい」
「困ったな。……自分が魔物と話せるなど、考えたこともなかったからな」
「ルシアンさん……いいな。私も、エーリスちゃんたちとお話ししたいです」
「そうか。……それならずっと私のそばにいるといい。私がリディアに、エーリスたちの言葉を通訳してあげよう」
「いいんですか? 嬉しい」
「まだ何を言っているかわからないのだろう、ルシアン。先走るな。そして受け入れるな、リディア」
ロクサス様が苛々したように言った。
「……僕も魔物のようなものですから、頑張ればなんとかなる気がします」
「張り合うな、シエル」
真剣な表情で何かを考え始めるシエル様を、ロクサス様が半眼で睨んだ。
レイル様が「忙しいねぇ、ロクサス」と、頬杖をついてにこにこしながらロクサス様を見つめていた。
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