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罪の後始末



 お父さんの話だけ聞いていたら私はもっと混乱していただろうと思う。

 だって、シルフィーナは悪い魔女で、テオバルト様とアレクサンドリア様が悪い魔女からこの国を守ったのだと、王国では信じられていたのだから。

 けれどエーリスちゃんたちが私にシルフィーナの記憶をくれたから、そしてキルシュタインの王子様だったルシアンさんとも知り合うことができたから、今はすんなり理解することができた。


「長く続いた戦乱がおさまり、なもなき国はキルシュタインから土地を奪うことで大国となり、ベルナール王国となった。テオバルトは国の有力者から嫁を娶り血を繋いだ。再び魔女の封印がとかれることがあった時、アレクサンドリアから授けられた聖剣で、魔女から人々を守ことができるように」


「なるほどね。おかしいなって思っていたんだよ。ベルナール王家とレスト神官家に、テオバルトとアレクサンドリアの血が分かれているのはどうしてだろうって。愛し合っていたのなら、その血は一つになるはずなのに」


 レイル様が疑問の答え合わせができて嬉しいとでもいうように、弾んだ声で言った。


「二人は交わっていないし、子孫は残さなかった。アレクサンドリアは自分の半身として、私を作った。いわゆる、処女受胎というものだな」


「しょ?」


「……お父さん。リディアの前でそういった発言はダメだ」


「ステファン。リディアももう立派な大人だ」


「駄目だ……!」


「あ、あの、……まじわるというのは、その」


「リディアにはまだ早い……」


「ステファン、いつまでリディアを幼女のように扱うつもりだ」


 ステファン様がやや焦っている。

 ロクサス様が腕を組んで、じろっとステファン様を睨んだ。ステファン様は「しかし……いや、でも……」と、ぶつぶつ言った。


「リディア、それは今度私がゆっくり教えてやろう」


「教えるというのであれば、僕の方が適しているのでは? ルシアンは危険です」


「お前も人のことは言えないだろう」


「二人とも、どうやって教えるつもりなの? 私もまぜて」


 ルシアンさんとシエル様が何故か揉めはじめて、レイル様がわくわくしながら言った。

 ロクサス様が「兄上……!?」と、カップを倒しそうになって、ソーサーにカップがカシャンと大きめの音を立ててぶつかった。


「……皆。私は真面目な話をしている。思春期は後にしなさい」


 お父さんが小さな前足でテーブルをぽんぽん叩いて、ざわつき始めた皆を嗜めたので、私は背筋を伸ばした。

 怒られてしまった。そして結局、しょ、何とかについての意味はよくわからなかった。


「──私をうみだしたアレクサンドリアは、本来なら王国に紛れ込んだキルシュタイン人を識別するための道具だった女神の泉と、私を残して、謝罪を碑文に刻むと月へと戻った。私は地上に残ったただ一人の不死者だ。しかし、アレクサンドリアのように誰かを癒やす力は持たなかった」


「どうしてでしょう……?」


「本来、不死者とは人に関わってはいけないという理に縛られた存在だ。アレクサンドリアは禁忌を破り、王国に騒乱を巻き起こした。それゆえ、私にはただ、見守り助言するだけの役割しか与えなかった。そして、人のように血を繋げ、と……アレクサンドリアの子供である私の子供たちの誰かに、癒やしの力を継ぐ者が現れるだろう。その子供は、シルフィーナを救うだろう、と」


「今までも、アレクサンドリアの聖女はうまれたはずだよね。お父さんがいながら、何故女神の望みは果たせなかったんだろう?」


 レイル様が不思議そうに言う。

 それは確かにその通りだ。どうして、今までずっと、シルフィーナは苦しみ続けているのだろう。


「それは……私は、嫁を娶った。それはそれは可愛い嫁だった」


「お父さん、急な惚気……」


 既婚者のお父さんの惚気に、私はお父さんの顔をつついた。


「可愛かったのだ。リディアに似ていた。テオバルトの計らいで、私はレストという姓を得た。アルジュナ・レストとして、アレクサンドリアの血筋を繋ぐ、神官となった」


「お父さん……ということは、お父さんは私の、古い古い、おじいちゃん……」


「お父さんだ。……私の望みは、けれど結局果たせなかった。テオバルトが亡くなり、治世が変わる中で、レスト神官家とベルナール王家は結託し、事実を隠した。ベルナール王国が正義で、キルシュタインは悪。シルフィーナは悪い魔女で、アレクサンドリアとテオバルトは国を救ったのだという歴史を作り出した」


「今の歴史、ということですね」


 シエル様の言葉に、お父さんは頷く。


「あぁ。聖女が生まれると私はシルフィーナを救いたいというアレクサンドリアの望みを伝えたが、叶えられることはなかった。シルフィーナという悪がいた方が、王国にとっては都合がよかったのだ。私は、邪魔な存在として幽閉された」


「お父さん……いつも結構幽閉されていますね……」


「可愛い子犬に酷いことをするものだ。その時は可愛い子犬ではなかったのだがな。……長らく幽閉されているうちに、私の存在も皆が忘れた。私は幽閉されていた塔から抜け出すと、身分を隠して聖女の側へと現れるようになった。……私は人に失望していたし、私の言葉は誰にも届かないと思っていた。だから、話すことを諦めていた」


 お父さんも結構苦労しているのね。

 秘密ばかりで、可愛いに拘っている子犬だとばかり思っていたけれど。

 お父さんというか、私のご先祖様だ。


「いつか誰かが、自分の力で歴史の嘘に気づくだろう。聖女の使命に気づくだろうと──その時が、私が真実を打ち明ける日だと、考えていた。そうして、リディア。それから子供たち。君たちは自分自身の力で、シルフィーナの嘆きを知った。……だから私も、君たちに全てを話そうと決意することができたのだ」


 お父さんが全てを話し終わると、わずかな沈黙がロベリアを支配した。

 私はお父さんの頭をぐりぐり撫でながら、空に浮かんだ赤い月と白い月を思い浮かべていた。





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