お父さんの秘密
歴代のレスト神官家に生まれたアレクサンドリア様の加護を持つ聖女たちには、魔女シルフィーナを癒やし救うという役割があった。
それが女神アレクサンドリア様の願いだった。
自分の罪を、雪ぐため。
深く傷つき魔女になってしまったシルフィーナを、解放するため。
でも──未だ、それは成されていない。
レスト神官家に生まれた聖女は私だけじゃない。過去にだって、何人かは聖女と呼ばれる癒やしの力を持ったものたちがいたはずなのに。
「……どうして、という顔をしているな、リディア」
お父さんが言う。
お父さんはテーブルの上にちょこんと座ると、私の顔をつぶらな瞳で見つめた。可愛い。
すごく真面目なお話をしているのに、お父さんは子犬なので、子犬が一生懸命喋っている感じがして可愛い。
よしよしと、私はお父さんの頭を撫でた。ふわふわ。
「リディア。私は可愛い。だが、今日は大切な話がある」
「はい。ちゃんと、聞いています」
私は撫でていた手を止めて、神妙に頷いた。
エーリスちゃんたちもすりすりしてくるので、ふわもこ天国に意識を持っていかれそうになるけれど、ぼんやりしている場合じゃないわね。
「……まず、君たちにずっと私の知っていたことを、隠していたことについて謝らせてほしい」
お父さんがしょんぼりという感じで俯いた。しょんぼりするわんちゃん。可愛い。
「私が何なのかを君たちに話そう。私は聖獣……などと呼ばれているが、本来は、不死者。そして、アレクサンドリアの子供だ」
「えっ」
驚く私に、お父さんは軽く頷く。
皆一瞬びっくりしたようだけれど、私が一番動揺したり驚いたりしているみたいだった。
お父さん、可愛い犬で、既婚者で、アレクサンドリア様の子供。幅広い。
「不死者とは、不滅の者。青年体の姿を永久に保ち、老いることも病に倒れることもない。つまり、お父さんはアレクサンドリアたちが存在していた遠い昔からずっと、この国で生きているということですね」
シエル様に尋ねられて、お父さんは「そうだ」とあっさり答えた。
「それならばなぜ、いまだにシルフィーナは赤い月に幽閉されたままなんだ? アレクサンドリアに後を託されたのなら、もうとっくに終わっていてもおかしくないはずだ。少なくとも、過去の事実を誰もが忘れてしまった今まで、あなたが動かなかった意味がわからない」
ルシアンさんの指摘に、お父さんは軽く頭を振った。
「私には、できなかったんだ。私に与えられた役割は、見守る者。助言する者。……私の知っている記憶を全て、君たちに話そう」
お父さんはどこか悔いるように、低い声で続けた。
「君たちはアレクサンドリアとテオバルトが恋人関係にあったと思っているかもしれないが、実際にはそうではなかった。アレクサンドリアという女神は……年若い不死者として、他の不死者たちから甘やかされて育った。己が愛される存在であると信じて疑わないような女だった」
「お父さんの、お母さんなんですよね……? そんなに、ひどく言わなくても」
「事実だ。天から現れた女神を、人々は崇め、テオバルトは大切にした。そうしないわけにはいかなかったのだろう。シルフィーナは捨ておかれて、嘆きと悲しみから魔力の暴走を起こし、腹の赤子を宝石のような姿へと変化させた。……シルフィーナはキルシュタイン人。元々、キルシュタイン人とはベルナール人よりも魔導に優れた者たちだった。シルフィーナは特別魔導に優れていて、だからそのようなことが起こってしまったのだ」
シルフィーナの捨てられた赤ちゃんは、元々は人の姿をしていた。
その子は本当に、テオバルト様との子供だったのだ。
子供を奪われて、捨てられるなんて、どんなに苦しいだろう。胸が心臓を鷲掴みにされたぐらいに、痛んだ。
「テオバルトは、アレクサンドリアを愛していた訳ではなかった。女神として大切に思ってはいたのだろうが。アレクサンドリアは地上のことを何も知らなかったから、幼子を庇護するような気持ちもあったかもしれない。だが、シルフィーナから見ればただの浮気。シルフィーナは心を壊し、魔女になった」
「シルフィーナが大切だったのなら、そう伝えればよかっただろうに。……全ては、ベルナール王家が悪いのだな」
「テオバルトの罪は、ステファンの罪ではない。過去の人間の犯した罪を、たまたまその血筋に生まれたからと、自分のことのように感じる必要はない」
ステファン様がお父さんの話を聞いて落ち込んでいる。
慰めるようにお父さんに言われたけれど、今まで立派な神祖様だと信じていたテオバルト様が魔女を生み出したというのは、ステファン様にとってはかなりショックなことよね。
「……だが、シルフィーナが魔女になり、封じられた。これだけならまだよかったのだろう。しかし、シルフィーナはキルシュタインの姫だった。その当時、名もなき小国だったベルナールに嫁がせた姫が傷つけられたことを知ったキルシュタインは、シルフィーナ側についた」
「……それは、キルシュタインに残っている記録と同じだ」
ルシアンさんが呟く。
シルフィーナが姫なのなら、ルシアンさんはシルフィーナの血族ということになる。
キルシュタインには、ベルナール王国とは違う記録が残っているのだと、以前ルシアンさんが言っていたことを思い出した。
「大きな戦争が起こって、多くのものが死んだ。キルシュタインは負けて、土地の大半をベルナールに奪われた。それは侵略戦争ではなかったが……テオバルトとアレクサンドリアの思いがどうであったとして、ベルナール人たちは土地を欲していた。長年、キルシュタインには名もなき小国、蛮族だと、嘲られていたのだ。だから……女神の加護を受けた自分たちは正義だと信じこみ、キルシュタインの大半を支配するまで戦争をやめなかった」
「……キルシュタイン人は、ベルナール人に土地を奪われたとずっと信じていた。シルフィーナこそが女神であると。……全てが正しいという訳ではなかったのだな。シルフィーナは魔女だが、土地を奪われたのは確かだ。……だが、戦争を起こしたのだから、それは仕方のないこととも言える」
ルシアンさんが悩ましげに眉を寄せて「まぁ、今の私にはあまり関係のないことだが」と、付け加えた。
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