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魔女の娘たちの記憶




 椅子に座って、食事の前の祈りを捧げて、親子丼をスプーンですくって口に入れる。

 ふんわりまろやかな味が口の中に広がった。甘辛くて、鰹節でとった出汁の風味もさっぱりしている。

 鳥のお肉も口の中でほろほろ崩れるくらいに柔らかい。

 玉ネギがしんなり甘くて、美味しい。


「かぼちゃぷりん!」


「あじふらい」


 器に顔を突っ込んで、エーリスちゃんがあむあむ親子丼を食べている。

 私はイルネスちゃんの分も、スプーンですくって食べさせてあげた。

 耳をぴこぴこさせながら、イルネスちゃんが喜んでいる。

 ファミーヌさんもお上品に、自分の分の親子丼を少しづつ食べて、長いしっぽをぱたりとさせた。

 皆、それぞれ食べ始めて、「美味しい」と言って褒めてくれる。嬉しい。


「リディア」


 お父さんに呼ばれて、私はにこにこしながら親子丼を食べていたけれど、表情を引き締めた。

 そういえばお父さんから、秘密の話があるのだった。

 親子丼を食べる会ではなかったわね。


「はい、お父さん」


「君は、イルネスの記憶まで見たのだったな」


「見ました」


 私は名前を呼ばれて不思議そうに私を見上げるイルネスちゃんの頭を撫でた。

 イルネスちゃんは、戦うのをやめて私に記憶をくれたのだった。とても悲しい記憶だった。

 それは、赤い月に幽閉されている魔女シルフィーナのもの。


「遠い昔……シルフィーナはキルシュタインの姫でした。争いを続けていた隣国の……名もなき小国の王子だったテオバルト様に嫁いで、幸せそうにしていました」


「あぁ」


「そこに、アレクサンドリア様が現れました。アレクサンドリアは女神として、テオバルト様に大切にされて……シルフィーナは、悲しい気持ちになりました。テオバルト様がアレクサンドリア様にばかり構って、シルフィーナのことを放っておくように、なったからです」


 実際には、放っておかれたなんて生やさしいものではなかったのかもしれない。

 私は俯いて、それから眉を寄せた。


「テオバルト様は……浮気をした、のかもしれません。シルフィーナからアレクサンドリア様に心変わりをしたのかもしれません」


「……どうかな」


 お父さんはどこか含みのある返事をした。

 私はそう感じたのだけれど、実際には違うのかもしれない。テオバルト様は、国のために女神であるアレクサンドリア様を大切にしなくてはいけなかったのかもしれない。

 その当時に私は生きてはいかなったし、シルフィーナから見た世界の記憶しか私にはないので、わからない。


「そこまでの話は、リディアから聞いている。その先の話は、まだ知らない」


 ステファン様が言う。

 私は頷いて、先を続けた。


「シルフィーナはずっと悲しんでいましたが、それでもテオバルト様を愛していました。それで……テオバルト様との子供ができたのです。シルフィーナは子供をうみました。その子は……」


 私は隣に座っているシエル様をちらりと見た。

 この話は、シエル様を傷つけるものではないのかしら。心配になる。

 シエル様は大丈夫だと、静かな瞳で私を見返して、軽く頷く。


「……その子は、宝石人でした。全身が美しい宝石でできていて……テオバルト様はその子を、魔物の子だと言って奪って、……多分、殺してしまったのです」


 親子丼を食べ終わったエーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんが、涙目になりながら私の膝の上に集まってくる。

 私は、怖い話をしてごめんねという気持ちで、みんなを抱きしめた。


「酷い話だ」


 ロクサス様がぽつりと言った。


「そうだね。自分の子を、殺すなんて。それがどんな姿をしていたとしても、可愛いだろうに。例えば私と姫君が子を成したとして、その子が狐の姿で生まれてきても、私は可愛いと思うよ」


「レイル様……」


 レイル様と私の子供。考えたこともなかったけれど、狐の子が生まれたらそれはそれで可愛い気がする。

 私は頬を染めた。ちょっと恥ずかしい。


「兄上」


「例え話だよ?」


 咎めるようにロクサス様に睨まれて、レイル様はにこにこ笑った。


「それで……シルフィーナは魔女となったのか。絶望をしたのだろうな。そんな境遇であれば、仕方ないことのように思える」


 ステファン様が苦しげに言った。


「テオバルトは、ベルナール王家の祖先。国を興した神祖だ。……だが、その話を聞くと、己の中に流れている血が、最低な男のもののように思えてくる」


「ステファン様とテオバルト様は別人ですから……そんなふうに思わないでください」


「ありがとう、リディア。けれど俺は、リディアを一度裏切った。血は争えないということなのかもしれない」


「それは色々事情があったから……ステファン様とテオバルト様は違います」


「……そうですね、違います」


 私がステファン様を励ましていると、シエル様が落ち着いた声音で言った。

 シエル様の側のテーブルの上に、小さな妖精竜が寝ている。私たちの話になんて興味がないように、すぴすぴと寝息を立てて寝ている小さな動物の姿を見ると、少しほっとした。


「僕は、聖地ハイルシュトルに残された石碑を読みました。石碑に書かれていたのは、アレクサンドリアからの後悔と謝罪の言葉。……それは、おそらく、イルネスの記憶の先の出来事なのでしょう」


「石碑?」


「ええ。……僕は、あなたに謝らなくてはいけません。……ファミーヌの記憶や、あなたの力や、魔女の娘。それから魔女、シルフィーナ。全ての出来事には関連があり、それを僕は調べていました。そして、アレクサンドリアの残した石碑を読み、……僕が全て、背負わなければと思いました。誰にも言わずに一人で解決しなくてはと。あなたを傷つけないため、巻き込まないために」


 私はシエル様をじっと睨むと、その大きくてしなやかな手の甲をギュッとつねった。

 私の隣でルシアンさんの「羨ましい……」と呟く声が聞こえた。つねられたいのかしら、ルシアンさん。



お読みくださりありがとうございました!

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