とろとろ親子丼といつものみんな
薄くスライスした玉ねぎをしんなりするまで炒めて、一口大の鶏肉を入れる。
臭みをとるためにお酒をたっぷり入れて、みりんと、だし汁と、お醤油で、少し濃いめの味付けにしてぐつぐつ煮込んでいく。
ぐつぐつ。ぶくぶく。じゅわじゅわ。
鶏肉にしっかり火が通ったところで、新鮮な卵をボウルいっぱい、ふんわりかき混ぜたものを中に流し込んでいく。
卵に火が入って、端っこの方から薄い黄色と白とに固まっていく。
お醤油とみりんの甘辛い匂いが、ロベリアの店内に漂った。
「シエル様、深めのお皿……ええと、どんぶりを用意してくださいな。ルシアンさん、ご飯をよそってくれますか?」
私がお願いすると、お湯を沸かしてほうじ茶を淹れてくれていたシエル様が、食器棚から魔法を使ってどんぶりをふわりと浮かせて、調理台の上に並べてくれる。
ルシアンさんが炊き上がったつやつやのご飯が入った羽釜から、どんぶりにご飯をよそってくれる。
「かぼちゃぷりん」
「どんぶりです、エーリスちゃん」
「かぼちゃぷりん、かぼちゃぷりん」
どんぶりという単語が面白かったのかもしれない。エーリスちゃんが私の頭の上でぱたぱたしながら喜んでいる。
ぐつぐつ卵が煮え始めるフライパンに蓋をして。
「いち、にー、さん、し」
「かぼ」
「ごー、ろく、しち、はち」
「タルトタタン」
「きゅー、じゅう、じゅういち、じゅうに」
「あじふらい!」
私が数を数え始めると、何事かとファミーヌさんやイルネスちゃんも寄ってくる。
きっちり三十秒数えて蓋を開けると、半分ほど固まった、つやつやきらきらの卵が顔を出した。
鶏肉と玉ねぎを、つやつやきらきらふんわりした卵が包み込んでいる。
煮詰めたので汁気が少し飛んでいて、卵を入れるし、ご飯にかけるから味つけは濃いめ。
ルシアンさんがよそってくれたご飯の上に、ふんわりかけて、最後に彩にミツバを散らす。
ご飯や卵の熱で、ミツバがしんなりする。
卵の黄色と、ミツバの緑が鮮やかで美味しそう。
「できました! みんな一緒にふんわりとろとろ親子丼です!」
うん。上手にできた。卵も硬すぎず、半熟すぎず、とろとろ輝いている。
「卵、硬めの方が好きな人もいるのですけれど、とろとろです。大丈夫ですか?」
「あぁ。問題ない。リディアの存在は、すでにこの親子丼の卵のように私の心を蕩けさせてくれている」
「???」
綺麗な顔に笑みを浮かべて、ルシアンさんが私の手を取って言った。
ルシアンさんはいつも歯の浮くようなことを言うのだけれど、今回の台詞はよくわからなかった。
親子丼のような私?
「リディアさん。あまり深く考えなくて大丈夫かと。ルシアンのそれは、鳴き声のようなものです」
「かぼちゃぷりん」
「ええ。エーリスさんのかぼちゃぷりんと同じですね」
「私は常に真剣に、リディアに私の気持ちを伝えているだけなんだが」
シエル様に言われて、ルシアンさんは腕を組んで「今の例えはやや強引だったか……」と、ぶつぶつ言った。
「これは、親子丼というのですね」
トレイにすでに出来上がった親子丼を乗せて、運んでくれようとしながらシエル様が言う。
「はい。ちょっと残酷なお料理ですけれど、にわとりのお母さんから卵が生まれるので、両方を一緒に食べるから親子丼というのですね」
「なるほど」
「ほかに、シャケといくらご飯も、親子丼と言ったりするのですよ」
「そうなのですね。料理名とは不思議なものですね」
シエル様が感心したように言った。
シエル様の首には、エメラルドグリーンに輝く猫ちゃんに似た不思議な動物が巻き付いている。
この子は、エーデルシュタインで死にかけたシエル様を、エーデルシュタインの街から私たちの元まで連れて来てくれた子だ。
あの時は、光り輝く大きくて美しい『妖精竜』の姿をしていた。
けれど今は、小さな動物に戻っている。
「リディア、テーブルはこれでいいかな」
「テーブルを移動してみんなでご飯を食べるって、パーティーみたいで楽しいね、姫君」
「運ぶのを手伝おうか」
「ロクサスは座っていて大丈夫だ」
「ロクサス、座っている方が平和ということもあるのだよ」
ステファン様とレイル様が、ロベリアのテーブル席を移動して中央に集めてくっつけてくれている。
テーブルには可愛らしい小さな星柄のクロスがかけられていて、みんなの分のスプーンやお茶が並べられた。
ロクサス様はステファン様やレイル様に言われて、椅子に座って大人しくしている。
ロクサス様の膝の上にはお父さんが座っていて、ロクサス様が動かないように重しになってくれているようだった。
「ありがとうございます。今日は親子丼と、あさりのお味噌汁ですけれど、せっかくだからもっとおしゃれなご飯の方がよかったでしょうか……」
「そんなことはない。俺は、リディアの作る料理が好きだ」
「そうだよ、姫君。親子丼とあさりの味噌汁とか、最高の組み合わせだと思う」
「高級な料理など、ジラール家で食い慣れている。リディアの食堂に来ないと食えない料理のほうが俺はいい」
ステファン様たちが励ましてくれるので、私は微笑んだ。
親子丼とお味噌汁を、ルシアンさんとシエル様が並べてくれる。
私も座るようにとルシアンさんに腰に手を置かれて促されて、シエル様には「ありがとうございます、リディアさん」と、さらりと髪を撫でられた。
「最近、堂々と行動に出ていない、二人とも?」
「大人だからな」
「遠慮をする必要が、なくなりましたから」
レイル様に指摘されて、ルシアンさんとシエル様がさらりと言った。
なんのことかしらと不思議に思いながら、私は椅子に座った。
エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんも、テーブルの上にちょこんと座る。
イルネスちゃんは大きめなので、テーブルじゃなくて私の膝の上によいしょと持ち上げて移した。
エーデルシュタインの騒乱から数ヶ月。
あの時のことをお話しする暇もないまま、私は日常を取り戻していた。
王宮はステファン様の戴冠式の準備で忙しく、こうしてみんなで集まるのは久しぶり──というわけではないけれど、今回集まってもらったのには理由があった。
お父さんが「お父さんの秘密をそろそろ皆に話す時がきた」と言ったからだ。
私はシエル様とルシアンさんに頼んで、皆で集まってもらうことにした。
お父さんの秘密とはなんだかわからないけれど、何かしら、大切なことらしいということは理解できたからだ。
最終章始めました。よろしくお願いします!




