みんなでおいしくアサリパスタ
塩抜きの終わったアサリを、真水でじゃかじゃかと洗う。
アサリの殻がこすれ合って、ぎこぎこするのが面白い。
たっぷりの砂と塩を吐き出して汚れを落としたアサリたちは、宝石みたいに輝いて見える。
アサリを洗い終えた私が玉ねぎを切ろうとしていると、ロベリアの扉がトントンとノックされた。
私は手を拭いて、ぱたぱたと扉の方へと小走りで近づいていく。
エーリスちゃんとファミーヌさん、イルネスちゃんは、海で遊んでお風呂で遊んで疲れたのか、窓辺に置かれたクッションで大きな体のイルネスちゃんをベッドがわりにして、折り重なるようにすやすや眠っている。
お父さんとステファン様はお風呂に入っていて、時刻は午後五時。
夏の近づくこの季節は、昼が長い。
夕方はまだ日が差し込んでいて、昼と夜の境に片足を一歩踏み込んだぐらいの程度の明るさだ。
扉を開くと、夕方の涼しい風が吹き抜けて、まだ少し濡れている髪を揺らした。
「リディアちゃん、来たわよ!」
「リディア、アサリは採れたか?」
そこに立っていたのは、お酒の瓶を手にしたマーガレットさんとツクヨミさんだった。
「こんばんは、お二人とも。どうしてアサリを採りに行ったこと、知っているんですか?」
「リディアは目立つからな。市場の連中が、リディアがアサリを採ってたって教えてくれた。男と一緒だったと。いつも違う男を連れてるが、大丈夫なのかとばあさまたちが言ってたな」
「ひ、人聞きが悪い……!」
「いいじゃないの、いつも違う男を連れ歩くことぐらい。モテる女のサガってやつよ」
「もてません……」
「ま、それはともかく」
「ともかく……ツクヨミさん否定して欲しいです……」
「いいじゃねぇか、別に。噂で死ぬわけじゃねぇしな」
「そうかもしれませんけれど……」
ツクヨミさんとマーガレットさんがお店の中に入ってくる。
気配に気づいたらしくファミーヌさんが顔を軽く上げたけれど、すぐに興味を失ったように目を閉じた。
「リディア、アサリといえば酒蒸しだろ? 酒蒸しは酒にあう。たけのこも残ってるか? 煮物も酒にあう」
「リディアちゃん、焼き鳥買ってきたわよ、焼き鳥。犬ころは焼き鳥が好きでしょ?」
「犬ころ……お父さん」
「あの不審者の聖獣よ」
カウンター席に座りながら、マーガレットさんが手荷物の袋をくれる。
焼きとりがいっぱい入っていた。
「リディア、ほら、タコだ。タコ。どうせアサリしかねぇだろと思ってな、タコももってきてやったぞ」
ツクヨミさんが手荷物の袋をくれる。立派なタコがうじゅるうじゅると入っている。
「ありがとうございます!」
食料を貰うのは嬉しいので、私はお礼を言った。
ステファン様は優しいので、人が増えても別に怒らないだろうし、むしろ喜ぶかもしれない。
お風呂からあがったときに皆の来訪を伝えればいいかと思い、私は料理に戻った。
マーガレットさんが調理場から食器棚をあさって、お酒用のグラスを運んでいく。マーガレットさんにとっては我が家と同じなので、グラスを出してもらうのはありがたいわね。
貰った焼き鳥を網を出してきてあぶりなおしている間に、玉ねぎをみじん切りにする。
あぶりなおした焼き鳥をお皿に持っていると、再びロベリアの扉がノックされた。
「あれ……?」
「リディアちゃん、夜は営業してないのよね?」
「はい、夜は危ないから外に出ちゃダメだって、マーガレットさんに言われてから、ちゃんと夜はお家の中にいるようにしていて……お店も、お昼までですし、今日はアサリをとりにいったので、定休日でした」
「ということは、またお友達かしら?」
「誰でしょう……」
特に今日は誰とも約束をしていないのだけれど。
扉を開くとそこには、ルシアンさんとシエル様が立っていた。
「ルシアンさん、シエル様……! お二人で、どうしたんですか? いつの間にか、凄く仲良しになったんですね」
「いや、そういうわけではないのだが」
「今日は、陛下がリディアさんのところに、戴冠式への参加を頼みにいくと言って出かけたきり帰ってこないものですから、迎えにあがりました。流石に、陛下一人で夜道を歩かせるわけにはいかないとの判断で」
「あ! それもそうですよね」
ルシアンさんとシエル様は王宮で働いているから、ステファン様がロベリアに来ていることを知っているのよね。
私、ステファン様を引き留めてしまった。心配をかけてしまったわよね。
「ステファン様、一緒に潮干狩りに行ってくれて……」
「潮干狩り?」
「あの、砂の中のアサリを拾う……」
「そうです、砂の中のアサリを、熊手でかきわけてとってきました。たくさんとれましたよ」
ルシアンさんが首を傾げて、シエル様が口元に手を当てて呟いた。
私がアサリの形を両手で表現すると、微笑ましそうに瞳を細めたルシアンさんが私の頭をぽんぽん撫でてくれた。
シエル様は口元に手を当てたまま目を伏せて黙り込んだ。
心なしか軽く震えている気がする。具合が悪いのかしら。
「リディアさん……可愛くて駄目だ」
「シエル、いいかげん花畑から戻って来い」
「ルシアンはよく平気ですね」
「年上の落ち着いた男として、必死に平常心を保っているんだ」
「可愛いものを可愛いと言うのは悪いことでしょうか。リディアさん、可愛い」
「シエル様……嬉しいです」
私は少し照れながら微笑んだ。シエル様も私と同じ。アサリが好きらしい。嬉しい。
私も貝の中でアサリが一番可愛いと思うので、同感だ。
シエル様にも猫ちゃん以外に可愛いと思えるものがあってよかった。アサリがそんなに好きなら、シエル様も誘えばよかった。潮干狩りに。
「あら、ま。リディアちゃん親衛隊が増えたわよ」
「今の会話、噛みあってないと思うのは俺だけか?」
「あたしもそう思ってるから大丈夫よ」
マーガレットさんとツクヨミさんが、中に入れと手招きしている。
そういえばずっと立ち話をしてしまったので、私はルシアンさんとシエル様をロベリアの中に招き入れた。
ルシアンさんはお土産にとってもオシャレな高級紅茶の茶葉のセットを、シエル様はお土産に魔導士府で育てている品種改良野菜の詰め合わせをくれた。
これはセイントワイスの皆さんの研究の成果らしい。病気に強いお野菜を作って、王国の食物生産量をあげるのだとか。
私はシエル様とルシアンさんは、調理場でお料理のお手伝いをしてくれた。
せっかくなのでシエル様に、アサリの中にあるまだ残っているかもしれない砂を魔法を使って除去してもらい、包丁が得意なルシアンさんに玉ねぎの千切りをお願いした。
その間に私はツクヨミさんから貰った蛸をさばいて、衣をつけて唐揚げにしていく。
タコは唐揚げが一番美味しい気がする。ロクサス様がいないので煮込む時間はないし、タコは唐揚げに、残っていたたけのこは天ぷらにした。
じゅわじゅわ泡をたてながらこんがりきつね色になるタコの唐揚げをバットにうつして盛り付ける。
それから、たけのこは既に水煮してあるので、衣がカリっとする程度で、そこまで火を通さなくても大丈夫。
天ぷらと蛸の唐揚げの盛り付けが終わると、フライパンにバターとお酒を入れて、アサリを蒸し焼きにする。
フライパンの中で火が通って、蓋がぱかぱかあいてくるアサリたちが可愛い。
「アサリ、美味しそう、いい匂い」
酒蒸しにしたアサリを半分はお皿に入れて、ツクヨミさんたちの前に置いた。
もう半分はアサリだけをお皿にあげて、アサリのだし汁はボウルに入れて少し水を加えてのばしておく。
フライパンにもう一度バターを入れて玉ねぎをしんなりするまで炒めている間に、パスタをゆでる。
パスタを茹でていると、再び扉が叩かれた。
「ルシアンさん、少し、見ていてください。お願いできますか?」
「あぁ、任せておけ。大丈夫だ」
ルシアンさんに調理場をお願いすると、私は扉に向かった。
ルシアンさんの任せておけは、ロクサス様の任せておけよりも安心感があるわね。
――なんて思いながら扉を開くと、たったいま思い浮かべたばかりのロクサス様とレイル様が立っていた。
どことなく緊張した面持ちのロクサス様の隣で、レイル様がいつも通りにこやかに手を振っている。
「お二人とも、こんばんは! レイル様、今日は窓からじゃないんですね」
「うん。勇者は窓から入ってくるものだけれど、今日はロクサスと一緒だからね。ちゃんと馬車できたよ」
「兄上を馬車に乗せるのが大変だった。それはともかく、リディア」
「はい、いらっしゃいませ、ロクサス様」
「……あぁ。その、先日はお前の服を、川に落として濡らしてしまっただろう。だから、今日は詫びに来た」
「そうなんだ。ロクサスから一部始終を聞いてね。姫君に迷惑をかけてしまったようだし、怖い思いをさせてしまったようだから……とは、私は思っていないのだけれど、ロクサスがあまりにも気にしているから、ごめんなさいをしにきたよ」
「俺はそこまで気にしては……!」
「リディアに合わせる顔がないとか言って、毎日暗かったよね」
「そんなことはない」
「レイル様、先日は遭難しかけたところをパンを落としてくれてありがとうございます。ロクサス様、このあいだ急に帰ってしまったので、怒っているのかと思いました……」
「パン? 知らないよ」
「俺は怒ってなどいない」
竹林にパンを落としたのはレイル様だと思うし、ロクサス様は怒っていた気がするけれど。
ともかく、私は二人を中に招いた。
ロクサス様たちはお詫びとお土産に、ジラール家御用達高級ソープセットと、特性エーリスちゃん型魔石ランプ、ジラール家御用達高級珈琲豆セットをくれた。嬉しい。
「また増えたわね、リディアちゃん親衛隊が」
「いつものメンツじゃねぇか」
「あー、二人とも、酒を飲んでる。私にも頂戴」
レイル様がツクヨミさんとマーガレットさんと並んで座って、お酒を飲み始める。
ロクサス様は調理場でお手伝いしようとしてくれるので、レイル様の隣に座ってもらって、見ているようにお願いした。
ルシアンさんが茹で上がったパスタをゆで汁と共にフライパンにうつして、玉ねぎと一緒に軽くいためてくれている。
そつのないルシアンさんに感謝しながら、私は調理を交代した。
フライパンにアサリのだし汁を戻して、いったん火を止めてミルクを入れる。余熱でよく混ぜ合わせて、そこにアサリを戻して、塩コショウで軽く味を調える。
弱火で軽くいためて、まん丸羊のフレッシュチーズを小さくちぎって中に入れる。
チーズがとろっととろけたところで――。
「……なにか騒がしいと思ったら、皆、来ていたのか」
お風呂に入り終わったステファン様と、ステファン様に抱っこされたお父さんがちょうど二階から降りてきた。
「ステファン……! ど、どういうことだ、何故リディアの家で風呂に……!?」
慌ただしく立ち上がったロクサス様が、お酒のグラスやら瓶を倒して、ガシャンガシャン激しく音が響いた。
「そう言えばリディアも風呂に……一体何が……」
「ロクサス様、ステファン陛下だから大丈夫ですよ」
「ロクサス、ステファンは大丈夫だよ」
「……そうですね」
わなわなと震えるロクサス様に、ルシアンさんとレイル様が苦笑しながら声をかける。
シエル様もやや遠慮がちに頷いた。
「それは今まさに俺も気にしていたところだ」
「今日は子供たちがたくさんくる日だな」
お父さんを抱っこしながら、ステファン様が困ったように言う。お父さんが子犬らしく尻尾を振っている。
美味しい匂いに気づいたのか、エーリスちゃんやイルネスちゃん、ファミーヌさんも目を覚まして、窓辺からぴょんっと調理台の上に飛び乗った。
「できました、海遊びの夜はまったりアサリのクリームパスタです!」
白乳色に輝くスープの中に、ぱかっと開いたアサリが可愛いパスタが完成した。
アサリのクリームパスタ、タコの唐揚げ、たけのこの天ぷらに煮物、焼き鳥と、野菜スティック。
テーブルに並べて皆でいただきますをする。
一年目の夏のはじまりは、シエル様の訪れとともに幕を開けた。
そして二年目のロベリアに――新しい夏が訪れようとしていた。
去年の夏ぐらいからはじまった長い長い話に、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
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一旦完結して、お休みを少しいただき、最終章を始めようと思います。よろしくお願いします!




