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塩抜きとお風呂とアサリを見続けるステファン様



 ロベリアに皆で帰ってきた私は、塩水にアサリを入れて、砂抜きをしている間にお風呂を沸かした。

 たけのこ掘りの後と同じ既視感があるのだけれど、お外でなにかを採集してきた後はお洋服とか体も汚れるものだから、仕方ない。


 特に海で遊んだあとは体に砂がついているし、塩水でべとべとするし、髪にも気づかない間に砂がついているしで、洗うのが結構大変なのよね。

 お風呂の洗面器にお湯をためて、石鹸とスポンジで泡をたくさん作ってその中にエーリスちゃんを入れる。

 ファミーヌさんとイルネスちゃんは、お行儀よく待っていてくれている。


 泡の中でごしごし体を洗うと、ちょっと汚れた体が綺麗になる。

 綺麗な白になったエーリスちゃんをぎゅっと掴んで、私は自分の腕をごしごししてみた。

 すごくいい、洗い心地だった。


「かぼちゃぷりん!」


 エーリスちゃんがばたばたしながら私の手から逃げて、ぼちゃんと浴槽に入る。浴槽に泡が広がって、溶けていく。そのままぷかぷか浮かんでいるエーリスちゃんは、私が「ごめんね」と言いながらなでなですると、海水を舐めたみたいなしょっぱい顔をした。


「……ぷりん」


「怒らないでください、出来心です」


 出来心なのよ。

 好奇心に負けてしまった。だってすごく、スポンジみたいな触り心地で、スポンジみたいな形をしているのだもの。


「タルトタタン」


「あじふらい」


 ファミーヌさんが半眼で私を見つめ、イルネスちゃんは不思議そうに目をぱちくりさせている。


「もうしません、さぁ、ファミーヌさんの番ですよ」


 私は嫌そうな顔をしているファミーヌさんを掴んで、ごしごしした。

 イルネスちゃんまで洗い終わると、大き目の洗面器――というか、たらいにお湯を入れて、皆をそこにいれてあげる。

 私が入る浴槽は、皆にはちょっと深すぎるので用意したものだ。


 たらいの中でばしゃばしゃ遊び始める皆の様子を確認したあと、私は自分の体を洗った。

 ロクサス様はお風呂には入らなかったけれど、ステファン様はべとべとだし、入るかしら。

 先にお風呂に入ってくださいと伝えたのだけれど、凄い勢いで遠慮されてしまった。

 ロクサス様といい、ステファン様といい、私の家のお風呂は嫌なのだろうか。

 狭いから?


「確かに、王宮とか、ジラール公爵家のお風呂よりは狭いですけれど……」


 一度ロクサス様に攫われた時にジラール公爵家別邸のお風呂に入れられている私。

 そしてロクサス様のご実家のお風呂にも入っている私。

 広かったわね。うん。広かった。

 ロベリアのお風呂の五倍ぐらいあるのではないかというぐらい広かった。

 そして侍女の方々が甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。


「……あ。もしかして、ロクサス様やステファン様は、侍女の方々のお世話がないとお風呂にはいれないんじゃ……」


 それはそうかもしれない。だって高貴な身分の方々だもの。

 誰にもお世話にならずに一人で身の回りのことができるルシアンさんとかシエル様――シエル様は少しあやしいけれど、ともかく、二人の方が特殊なのかもしれない。レイル様はよくわからない。

 シエル様があやしいというのは、シエル様は生活に興味がなさそうだから、お風呂も入っているかどうかあやしいと思うからだ。浄化魔法で済ませている気がする。

 浄化魔法だってお風呂に入ったぐらいに綺麗になるけれど。


「私が、侍女の代わりをするべきなのかな……」


 ステファン様の頭を洗ってあげる私を想像してみる。

 できなくはなさそう。できなくはないし、もしかしたらステファン様は喜んでくれるかもしれない。

 吹っ切れたように見えてそうでもなくて、時々元気がなくなるステファン様だから、こう、何かしてあげたいわよね。


「タルトタタン……」


 ファミーヌさんが何か言いたげに、たらいの端をぺしぺしした。

 頑張れなのか、やめろ、なのか、どっちなのかよく分からなかった。


 お風呂から出た私は、新しいお洋服に着替えて髪を拭きながら一階に向かった。

 アサリの様子を見ていてくださいとステファン様にお願いしていたのだけれど、一階に降りるとステファン様は調理台の上に置かれたアサリが入ったボウルをそれはもう熱心に見つめていた。


「……あ、あの」


「リディア、出たのか。あぁ、駄目だろう、まだ髪が濡れている。しっかり乾かしてこないと、体が冷えてしまう」


「お母さん……じゃなくて、ステファン様。アサリ、ずっと見ていてくれたんですか?」


「見ていた。時々ぱかっと、口が開くのだな。砂を吐き出しているのか。面白いな」


「そんなにじっと見なくても、なんとなく、時々見てくれるだけでよかったんですけれど」


「そうなのか。見ていないと逃げるのかと思っていた。だが、楽しかったぞ」


「それなら、いいですけれど……」


 どこまでも真面目なステファン様が、私に近づいて来てタオルで覆っていた髪を丁寧に拭いてくれる。

 お母さんに髪を拭いて貰った記憶はないけれど、お母さんみたいだ。


「ステファン様もお風呂に入ってください。お着換え、お父様のものがありますから」


 フェルドゥールお父様のものではなくて、本当はアルジュナお父さんのものである。

 人間体になれるお父さんのために、「毎回リディアちゃんの前で全裸になるつもり!? 許されないわよ!」と言いながら、マーガレットさんが用意してくれたものだ。

 でも内緒にしておいた。お父さんは皆の前では可愛い犬でしかないので、秘密にしていたほうがいいのかなと思う。


「そうか、ありがとう。フェルドゥール殿の服か……借りてしまい、すまない」


「い、いえ、気にしなくて大丈夫です。お父様、万が一泊まりに来た時のために置いていっただけなので」


 お父さんが万が一人間体から子犬に戻れなくなったときのために、置いているだけなので。


「ありがとう、リディア」


「ステファン様、髪の毛、洗いましょうか? 一人で大丈夫ですか?」


「髪を? リディアが?」


「はい」


「それは駄目だ。俺は一人で大丈夫だ、リディア。気持ちはありがたいが……もしかして俺は男と思われていないのだろうか……」


 ステファン様は慌てたように二階にあがっていった。

 何かをぶつぶつ言いながら。

 お父さんも「ステファンのあとに風呂に入る」と言って、その後姿を追いかけていった。

 私はたっぷり砂を吐き出したアサリたちを、今度は塩抜きをするために海水の入ったボウルからざるにあげることにした。



お読みくださりありがとうございました!

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