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無心で穴を掘る国王陛下



 それにしても――ステファン様、正気に戻ってからはずっと実質国王陛下として国を治めているのだけれど、戴冠式が終われば本当に国王陛下という感じね。

 もちろん今でも、国王陛下なのだけれど。


「リディア、戴冠式のドレスは俺が無理を言って君を呼ぶのだから、王家から送らせて欲しい」


「駄目です」


「駄目か……」


「ステファン様、ドレスは好きな女性にしか送ってはいけないんですよ」


「そうか……」


 ステファン様がしょんぼりした。

 心が凄く痛んだけれど、ここは断固として断らなくてはいけない。

 私のせいでステファン様がご結婚できなくなったら、大変なことだ。


「……で、では、せめて、ドレスの費用だけでも……! リディア、俺はリディアの婚約者には戻れないだろうが、兄……いや、やはり父として、ドレス代ぐらいは払いたい。本来なら君にしてあげなければならなかった全てを、取り返したいんだ」


「ステファン様……そ、その、お気持ちは嬉しいのですけれど、フェルドゥールお父様にも相談してからで……その、あの、お父様ももしかしたら、もしかしたらですけれど、私にドレスを作ってくれるかもしれませんし……」


 ステファン様の気持ちはとても嬉しいのだけれど。

 でも、お父様にもちゃんと相談しなきゃいけないって思うし。

 もちろんステファン様の気持ちはとても嬉しい。嬉しいけれど――ステファン様と私は。

 なんだろう。元婚約者で、今はお友達。

 それから私はずっと今まで否定してきたけれど、もう自信がないって逃げるのをやめた。

 私は、女神アレクサンドリア様の力がある、聖女だ。

 聖女として、ステファン様を支えるのも私の役目なのかもしれない。

 ロクサス様やレイル様、ルシアンさんやシエル様が、これからそうしていくように。

 私も――そう、女騎士として。

 女騎士リディア。格好いい。馬に乗った私。素敵。でも、騎士にはなれないわね。戦えるわけじゃないもの。

 私はレスト神官家の聖女として。

 ロベリアの料理人を辞めるつもりはないけれど、でも、戴冠式には参加しよう。私は、私のできることをしたい。


「ステファン様、お気持ちはありがたいのですけれど、もっと自然に、お友達みたいにしてくれると嬉しいです。私、昔のことはもう気にしていませんし、私のために何かを一生懸命しようとしなくても、ステファン様が優しいステファン様でいてくれるだけで、私は嬉しいんですよ」


「リディア……」


 ステファン様がうるうるした。

 エーリスちゃんが「ぷりん」と言いながら、ステファン様の頭をぺしぺし叩いて、イルネスちゃんが「あじふらい」と言いながら、ステファン様の手をがじがじ噛んだ。

 たぶん、二人とも「元気出せ」って言っているのだと思う。


「ともかく今日は楽しい潮干狩りの日です、ステファン様も海を見たらきっと元気が出ますよ」


「そうだな、俺は駄目だな……よかれと思って行った行動が、リディアの迷惑になってしまう」


「迷惑なんて思っていませんよ。ただ、ステファン様は国王陛下で、大切な立場の方なので、私も大人になりましたので、色々考えるのです」


「……俺ももう少し、わきまえなければ」


「ステファン様、ロベリアに来た時は大丈夫です。ステファン様が国王陛下なのは、皆の前で、なので……今日はお忍びなので、国王陛下じゃなくてただのステファン様ですね」


「あ、あぁ、そうだな!」


 海の音が聞こえる。潮風が髪を靡かせて、青々とした空と海が眼前に広がっている。

 海を見ると人は元気になるものだから、ステファン様も少し元気になったみたいだ。


「海です、ステファン様! アサリ、アサリをとりましょう!」


「すまない、リディア。俺はやり方を知らない」


「ステファン様はお召し物が立派なので、少し離れたところで見ていてくださいな」


「いや、俺も一緒に……大丈夫だ、服が汚れることぐらい気にならない」


 エーリスちゃんやイルネスちゃんが、「かぼちゃぷりん!」「あじふらい」と言いながら、ぽてぽてと砂浜を歩いていく。砂の感触が面白いらしく、そのうち走り出すので、お父さんが「子供たち、傍にいなさい」と言いながら、追いかけて行ってくれる。

 ファミーヌさんは波の音が怖いのか、私の首から丸まって動かない。

 私はエーリスちゃんとイルネスちゃんをお父さんに任せて、波打ち際へと向かった。


「ステファン様、アサリがいるのは砂浜の乾いた白い部分じゃなくて、濡れた黒い部分なんです。ちょっと波が被っている場所とか、波が引いた場所とか。この辺りを、皆がしているみたいに、熊手で掘るのですよ」


 私たちの他にも潮干狩りをしている方々がいる。

 皆砂浜を熊手でかいて、砂を掘って顔を出したアサリを拾っている。


「分かった。熊手は一つしかないのか?」


「ええと、一応、二つもってきました。熊手じゃなくて、シャベルですけど。エーリスちゃんが遊ぶかなと思って、持ってきてみたんです」


 ファミーヌさんやイルネスちゃんはシャベルを持てないけれど、エーリスちゃんなら持てそうだから、持ってきてみた。

 私はシャベルをステファン様に渡した。

 ステファン様はシャベルを受け取って、心なしか嬉しそうに瞳を輝かせた。


「このような道具を手にしたのははじめてだな」


「そうですよね、ステファン様、王子様ですもんね……」


 王子様は土を掘らない。それはそうよね。


「庭師などが使用しているところは見たことがある。これで土を掘ればいいのだな」


 ステファン様はざくりと、シャベルを塗れた砂浜に突き刺した。

 波打ち際にいるせいで、波が私たちの足元を濡らした。

 ステファン様は足首までのブーツを履いているのだけれど、皮のブーツは水に強いのかしら。

 物によるだろうけれど。中がびしょびしょになったりしないかしら。

 ちょっと心配になったけれど、ステファン様は一緒に潮干狩りをしたいみたいだから、気にしない方がいいわよね。

 私のサンダルを履いた足を海水が濡らした。冷たい。気持ちいい。


「いっぱいとれるかな……アサリ、いるかな……」


 私は波打ち際にしゃがむと、熊手で浅瀬をざくざくした。

 ざくざくすると、砂の中からころんころんとほどよい大きさのアサリが出てくる。


「アサリ、可愛い……」


 貝は大体可愛い形をしているけれど、アサリはその中でもかなり可愛い方だと思う。

 閉じた貝殻から、ぴゅっと海水を吹き出すのも可愛い。小さな形も可愛い。その上美味しい。


「ふふ、アサリ、アサリ」


「かぼちゃ」


「たると」


「あじふらい」


 かぼちゃたるとあじふらい。

 凄い食べ物が完成したわね。


「あれ? お父さんは?」


「私は濡れたくない」


 いつの間にかエーリスちゃんとイルネスちゃんが私の近くに来ていた。

 波打ち際でちゃぷちゃぷと遊んでいるけれど、お父さんがいない。

 お父さんは砂浜の向こう側にちょこんと座っている。濡れない位置にちゃんといるお父さんの元へ、ファミーヌさんが自分も濡れるのは嫌だとばかりに走っていった。


 ころころ転がるアサリを、私はバケツに入れていく。

 エーリスちゃんとイルネスちゃんも手伝ってくれる。

 エーリスちゃんはアサリを拾ってバケツに入れて、イルネスちゃんは穴を掘ってくれる。

 在りし日のたけのこ掘りの時みたいに、イルネスちゃんが砂だらけになっている。

 帰ったらお風呂ね。


「ステファン様、アサリ、採れましたか?」


 熱心にアサリを採っていた私は、ふとステファン様がとても静かなことに気づいて顔をあげた。

 私のすぐそばで、ステファン様は無心で穴を掘っている。

 ステファン様の掘った穴は、小さな池ぐらいになっていた。


「……ステファン様、あの、同じ場所を掘り続けても、アサリがたくさんとれるわけじゃなくて……」


「違うのか? どうりで、掘っても掘っても、アサリが出てこないと思っていた」


 ひたすら同じ場所を掘り続け、その穴をだんだん拡張して池をつくっていたステファン様が、真剣な表情で言った。

 声をかけなかったらきっと、巨大な池ができていたかもしれない。

 浅瀬にできた小さなプールの中に、エーリスちゃんとイルネスちゃんがばしゃんと飛び込んで遊び始める。


「プールですね、ステファン様。二人とも楽しそうです」


「穴を掘るのが楽しくて、やめどきが分からなくなっていた。声をかけてくれてよかった」


 ステファン様は穴を掘るのがすきなのね。

 無心で穴を掘るのは楽しいので、気持ちは何となくわかる気がした。



 

お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

本日書籍一巻発売日なので、折角なので更新を…!と思いまして、夜更新です。

今夜はアサリパスタだね、リディアちゃん。

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