戴冠式とかドレスとか
私をぎゅうぎゅう抱きしめて、ぐずぐず泣いているステファン様の背中をぽんぽんして、私はそっとステファン様から離れると、頭をよしよししてあげた。
ステファン様の方が私よりも背が高いので、よしよしするためには少し背伸びをしなければいけない。
よしよししていると、エーリスちゃんやイルネスちゃんがステファン様に飛びついて、「よしよしして」と言わんばかりに頭を差し出してくるので、順番によしよししてあげた。
私の肩に乗って、ちらちらそれを見ているファミーヌさんの頭もぐりぐりしてあげると、ファミーヌさんはちょっと嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせていた。
「ステファン様、泣かないで、ステファン様」
「リディア、生活に苦労しているのなら王宮に来て欲しい。ドレスも、靴も、不自由はさせない」
「ステファン様、私、別にお金がないからこのような恰好をしているわけではないのですよ」
ステファン様を見ていると、フェルドゥールお父様を思い出すわね。
ずっとレスト神官家に会いに行こう会いに行こうって思っているのだけれど、気付けば季節は春。
お母様とお父様、元気にしているかしら。新婚夫婦ぐらいに仲良しで、元気だと思うけれど。
「今から潮干狩りに行くのです。潮干狩りに行くと、足が汚れますから、サンダルを買ったのです」
「潮干狩り……?」
「アルスバニアの砂浜には、アサリがいるのですね。それをこの熊手で、ざかざか砂をかき分けて採るのです。アサリ、美味しいですよ」
「……砂浜に、アサリが。しかし、危険ではないのか。そのような姿で街を歩くのか? もちろん可愛い、俺の大切なリディアはいつだって愛らしいが、愛らしいからこそ悪い人間に攫われるのでは……」
「あの……大丈夫です。昔は怖いこと、少しありましたけれど、今は大丈夫なのですよ。皆、私に優しくしてくれますし、シエル様とか、ルシアンさんとか、レイル様とかロクサス様もそうですけれど、それからセイントワイスの皆さんとかレオンズロアの皆さんとか……ともかく、ロベリアのお客様や私のお友達に有名な方々が多いので、悪い人たちは近づいてこないのですね。怖いから」
ステファン様に納得してもらうために私は一生懸命説明した。
このままでは潮干狩りに行かせてもらえないかもしれないもの。私は必死だ。
せっかくここまで完璧な潮干狩りスタイルに着替えたのだから、今日は潮干狩りに行きたいのだ。
「昔は怖いことがあったのだな、リディア。俺のせいだ」
「ステファン様、落ち込まないでください……ステファン様のせいではないですし、ルシアンさんがステファン様から婚約破棄されたあとに居なくなった私を気にして、助けてくれたから。だから、大丈夫だったのですよ」
「ぐ……そ、そうか……ルシアンには改めて礼を言わなければいけない。俺は皆に助けられてばかりだ」
「ステファン様、皆に助けてもらえるのは、ステファン様が優しくていい人だって皆知っているからだと思います。だから、元気出してください」
私は余計なことを言ってしまったのかもしれない。
「そうだぞ、ステファン。誰かの世話にならずに生きられるものなどいないのだから。私は可愛い子犬なので、リディアの世話になっている。可愛い子犬としての役目以外は何もしないつもりだ」
「お父さん、お風呂の時は人間に戻ってますよね」
「私も風呂というプライベート空間では、多少羽を伸ばしたくもなる」
「子犬の姿って窮屈なんですか?」
「いや? 快適だな。なにせ可愛い」
私の腕に抱えられているお父さんが、きゅるんとした可愛い瞳で私を見上げてくるので、私は何もかもを許してあげることにした。
お風呂の中では全裸のイケメンになっているお父さんだけれど、覗かなければ大丈夫だ。
よくよく考えたら男性と二人暮らしをしている気もしないでもないのだけれど、お父さんはお父さんなので。
「人間の姿……?」
ステファン様が訝し気に尋ねてくる。
そういえば、お父さんの人間の姿は、私とマーガレットさん以外は誰も見ていないのよね。
ややこしくなる気がしたので、私はあわてて話題を変えた。
「ステファン様も行きますか、潮干狩り。潮干狩りをしなくても、海風にあたると気持ちが爽やかになりますよ。きっと元気が出ます」
「……いいのか?」
「はい! 私一人だと、イルネスちゃんやお父さんと、荷物を抱えて歩くのはちょっとだけ大変なので、一緒に来てくれると助かります」
「ありがとう、リディア。それでは俺も共に行かせてもらおう。リディアの身が安全であることは理解できたが、やはり心配だ。愛らしいリディアに何かあったらと思うと、一緒に行かなかったことを一生後悔すると思うからな」
「いっしょ、いっしょう……」
早口言葉みたいで少し面白い。
私はくすくす笑いながら、ステファン様と一緒に歩き出した。
ステファン様の頭の上にエーリスちゃんが乗っていて、イルネスちゃんが抱っこされている。荷物も持ってくれた。
お天気のいい土曜日の朝の日差しはとても心地良くて、剥き出しの足にあたる風が涼しい。
足の爪を綺麗にしてもらっただけなのに、特別可愛くなれたような気がして嬉しい。
そう――大人の女性、という感じがする。
今年で私も十九歳。大人といえばもう大人だ。
貴族女性は大抵十八歳には結婚してしまうし、二十歳も過ぎればみんな子供がいたりもする。
アルスバニアの人たちもそうで、王国では結婚適齢期は二十一歳ぐらいまで。
ふとそんなことを考えて、私は隣を歩くステファン様を見上げた。
「ステファン様は、国王陛下になったのですよね?」
ステファン様は誰かと結婚したりしないのかしら。
「そうなんだ。近々戴冠式がある。今日は、リディアに参加をしてもらいたいと言いに来た」
「私に?」
「あぁ。君は、レスト神官家の聖女。俺の……婚約者ではもうなくなってしまったし、今更戻って欲しいとも言えないが……可能なら、戴冠式にフェルドゥール殿と共に参加をして欲しい。そこで、俺に祝福を与えて欲しいと思っている」
「祝福? 祝福……」
祝福とはなにかしら。
戴冠式への参加。あんまり、考えていなかったわね。
ドレス、着るのかしら。
着るわよね、ドレス。
皆の前でドレスを着て立つ私。私の前に跪くセイントワイスとレオンズロアの皆さん。
いつかの夢が思い出されて、私はぶんぶんと首を振った。
戴冠式の話だ。あれは正夢にはならないわよね。当たり前だけど。
「祝福とは、レスト神官家の聖女として、俺の即位を認めること。それから、承認の証に、君の手の平に口づけをすること」
「そ、それは、駄目です……!」
「駄目なのか……?」
「駄目ですよ。認めるのはいいです。でも、その、それは駄目です、口づけはその……好きな人としか、しちゃいけないので」
そんなことをしたら、ステファン様の未来の奥様が傷ついてしまうかもしれないもの。
ステファン様は「そうか……」と、すごく悲しそうに目を伏せた。
私は慌てた。今のだと、私がステファン様のことを嫌いと言っているように聞こえたかしら。
そういうわけじゃないのだけれど。
「ステファン様のこと、好きです、けど……」
「リディア……俺も……!」
「でも、私とステファン様はもう婚約者じゃないですし、ステファン様は国王陛下として、ちゃんと結婚をしなきゃいけないので、私にあんまり構いすぎると、よくないんじゃないかなって」
「……俺も、希望を持っていいのだろうか。しかし、……今更。虫のいい話だな」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
「戴冠式の話は分かりました。ドレス、昔は着るのが嫌でしたけれど、今は着たいなって思います。だから、少し楽しみです」
「あぁ。ありがとう、リディア」
ドレスを着る日は、晩餐会などに参加しないといけない日だ。
私はいつでも一人ぼっちだから、フランソワのおさがりのドレスを着せられながら、ずっと気が重かった。
でも――今は。
褒めて貰えるかもしれない。可愛いって、言って貰えるかもしれない。
いつかシエル様が言っていたわね。ドレスを着た私を見てみたいって。セイントワイスの皆さんともお知り合いになれたし、褒めて貰えるかもしれないわよね。もう一人ぼっちで寂しい気持ちにならないかもしれない。
そう思うと、気持ちが弾んだ。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。
本日書籍化一巻、オーバーラップノベルスf様より発売になりました!
ウェブ版にかなりの加筆修正しておりまして、違う話として楽しめるのではないかなと思います、
よろしくお願いしますー!!




