シエル様の赤い魔王的なソーセージ
シエル様がハンドルをぐるぐる回すせいで、ソーセージがどんどん大きくなっていっている。
「シエル様、おおきすぎます、……っ、もう、無理、です……」
「駄目、ですか?」
「だめじゃないですけど、さけちゃう、……まって、シエル様……っ」
「リディアさん、もう少し……」
「あぁ……っ」
腸詰の腸は、強いようでいて脆い。
あんまりお肉を詰めすぎると裂けちゃうんじゃないかと、びくびくしながら、私はお肉が詰め込まれてぷるんぷるんする成形前のソーセージを優しく掴んだ。
「ルシアンさんのより、大きいです、シエル様……」
「ええ。僕も男ですから、自己顕示欲というものがありますので」
「大きさに、自己顕示欲、関係あるのですか……?」
「はい。それに、食べた時の満足度が違うと考えます」
「そ、それは、そうかもしれませんけど……」
「リディアさん、そろそろ、良いですか……?」
「あ、……は、はい……っ、シエル様、ゆっくり……ここを、持って」
「……すごい、リディアさん。こんなに綺麗に入るものなのですね」
ルシアンさんの現実的なソーセージの二倍ぐらいの太さになったソーセージをシエル様に持ってもらって、私は慎重にソーセージフィーラーから腸を外した。
「シエル様、……長さも、ええと」
「これぐらい、ですね」
シエル様は、親指と人差し指を目一杯広げて見せた。
シエル様は手が大きくて、指も長い。
おおよそ、ルシアンさんの現実的なソーセージの二倍ぐらいだ。
「こんなに大きくて、良いのでしょうか……」
「もう少し、特徴があった方が良い気がしますね。皮の隙間に、レッドキドニーなどを入れて、凹凸をつけたいのですが」
「ど、どうして……! このままで、良いです、これ以上、無理ですから……っ」
シエル様、研究者だから、好奇心旺盛なのかしら。
今でこそ、成形するのが怖いぐらいに腸はお肉でぱんぱんなのに、レッドキドニーを入れ込むのはとても無理だわ。
「栄養価的にも……あったほうが……」
「わ、わかりました……次は、私が、全部入れますから、その時に、そうしてみます……」
お肉に先に混ぜ込んでおけば、なんとか。
なんとか、なるかしら。
やったことがないから、わからないけれど。
その時だった。
食堂の扉が、すごい勢いで開いた。
そんなにすごい勢いで開かなくても良いぐらいの勢いだったので、敵の襲撃かと思って私はびくりと体を震わせた。
「シエル……! リディアに、何をしているんだ……!」
ものすごく焦った感じで、食堂の中に駆け込んできたのはルシアンさんだった。
私はびっくりして目を見開く。
遠征から帰ってきたばかりなのかしら。
いつもの騎士服を着ていて、腰には剣。
さらさらの少し長めの金の髪を、頭の後ろでお団子にしてハーフアップにしている。
大抵の場合感情に乱れがなくて落ち着いているルシアンさんが焦っている姿、はじめて見たかもしれない。
「あら、ルシアン、おかえり」
「ルシアン、そんなに青くなってどうしたんだ?」
静かにお茶を飲みながら私とシエル様を眺めていたマーガレットさんと、ツクヨミさんが、にやにやしながら言った。
「どうしたも何も、遠征から帰ってきて、リディアに食事を作ってもらおうと思ったら、大衆食堂悪役令嬢からシエルとリディアの声がするものだから……」
「大衆食堂ロベリアです!」
私はソーセージを成形しながら抗議した。
シエル様はルシアンさんを特に気にした様子もなく、油でベトベトになった道具や自分の手などを、魔法で綺麗にしている。
「あら、あらあら。二人でソーセージを作ってるだけの微笑ましい会話なのに、ルシアンには何がどう聞こえたのかしらねぇ」
「おお、おお、ルシアン。まだ若いな。そういうのを、倭国の言葉じゃ、むっつり助兵衛と言うんだぞ」
魔法のカードをしまって、マーガレットさんがアロマ煙草に、炎魔法で火をつけながら言う。
マーガレットさんの言葉の後に、ツクヨミさんも片目を細めながら言った。
いっぱい食べるツクヨミさんは、目玉焼きソーセージ丼を食べ終えて、その横のお皿に置いてある、皮をパリッと焼いてある現実的なソーセージの三本目を食べ始めている。
「い、いや、しかし……! そうか、ソーセージを……何故シエルがリディアと一緒にソーセージを作っているんだ……!」
「ルシアンさん、何しにきたんですか……」
私としてみれば、定休日にお店に来て大騒ぎするルシアンさんの方が、何故って感じなんだけど。
「僕とリディアさんは友人ですので、友人として、ソーセージの作り方を教わっているのですよ」
「私が少し、遠征に行っている間に、一体何が……」
シエル様が諭すように言うと、ルシアンさんは愕然としたように呟いて、ツクヨミさんの隣に座った。
今日はお休みなので、帰ってくれないかしら……。
でも、そうよね。
私、少しだけ反省したのよね。
ルシアンさんもお仕事疲れているだろうし、ご飯ぐらい作ってあげても、良いかもしれないわね。
有料で。
「出来ました……! シエル様のソーセージちょっと辛め、です。あ、完成品は、レッドキドニーを入れるので、もう少し凸凹する予定です!」
「うん。魔王ね」
「ルシアンの現実的なやつの二倍はあるなぁ。見事に、魔王だな」
マーガレットさんがしみじみと言う。
ツクヨミさんが、ルシアンさんの現実的なソーセージをフォークで突き刺して、目の前に掲げながら言った。
「ええと、……シエル様の赤い魔王的なソーセージです」
「赤いのね……」
「赤い宝石か……お嬢ちゃん、頑張れ」
「ええと、はい、この大きさは大変ですけど、頑張って作ります……!」
よくわからないけれど、マーガレットさんとツクヨミさんが応援してくれている。
この大きさのソーセージを作ったのは初めてなのよ。
料理スキルが少し上がった気がするわね。
「ちょっと待て、リディア! 異議ありだ、リディア!」
「ルシアンさん、ルシアンさんの好みの太さの現実的なソーセージが残っていますよ、食べますか……?」
「食べる。もちろん、食べるが、待ってくれ! 私も、それぐらいの大きさが……!」
「こ、これは、シエル様のために作ったので、駄目、です……! またの機会で……!」
ルシアンさんが怖い。
いつも穏やかなのに、今日は鬼気迫っているのよ。
やっぱり、死神と呼ばれるだけあるのね。
ソーセージ、大きいのが食べたいからといって、そんなに怒らなくても……!
「ルシアン……リディアさんを泣かせないでください。追い出しますよ」
「シエル……お前、それは、絶対に虚偽だろう……見栄だろう、それは……」
「さぁ?」
尚も何かぶつぶつ言っているルシアンさんを見ながら、マーガレットさんはミントチョコレートの香りのする煙を吐き出して「若いわね……」と、呟いた。
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