アサリひろい
服飾店二ニスさんのお店で、ビーチサンダルを買った。
木製の靴底と布で出来ていて、特に紐で縛ったりもしない簡素なつくりのビーチサンダルは、履くと当然ながら足がむき出しになる。
貴族女性は膝から上と足首から下は人前で晒さないという決まりがあって、サンダルは履かないし、海に入ったりもしない。
けれど私は貴族女性ではないのでサンダルを履いても問題ない。
一応レスト神官家の娘ではあるのだけれど――。
「ロベリアの料理人だし、いいですよね」
サンダルに足を通して、履き心地を確かめながら私は言った。
素足にサンダル、とっても風通しがいい。
マーガレットさんにサンダルを買ったと報告したら、足の爪にマニキュアというものを塗ってくれた。
マーガレットさんの爪は時々赤くなったり青くなったり紫色になったりしている。あれだ。
「料理人は、手の爪に塗るのは駄目でしょうけど、足ならいいんじゃない?」
と言って、可愛らしい小瓶に入っているマニキュアを一つくれた。
桜貝みたいな色合いで、サンダルを履いた足からはつま先をばっちり見ることができるので可愛い。
サンダルを履いて、髪の毛を一つに結わいて、帽子をかぶって、膝丈の短めのワンピースにドロワーズをはいた私は完璧だ。
「完璧な、アサリひろいスタイルです」
私は寝室にある鏡の前で自分の姿を確認しながら、両手を握りしめて、うん、と、気合を入れた。
「かぼちゃ」
「アサリです、エーリスちゃん」
「あじふらい」
「今夜はアサリパスタですよ、イルネスちゃん」
「…………タルトタタン」
「ファミーヌさん、どうしてちょっと呆れた顔をするんですか……? まさか女子力が足りないですか……?」
「せっかくオシャレをしたのに、どうしてデートに行かないのかと言いたいのだろう」
私の周りをぴょんぴょんしながらお出かけを喜んでいるエーリスちゃんやイルネスちゃんと違って、ファミーヌさんはちょっとだけ対応が冷ややかだった。
ファミーヌさんの気持ちを、お父さんが代弁してくれる。
「デート……」
そう言われても、私に恋人はいないのだから、デートには行けない。
今日の私は可愛い格好をしているけれど、これはデートの為ではなくて潮干狩りのため。
サンダルを買ったのは、砂浜で濡れたり砂まみれになってもいいようにだ。
マニキュアは可愛いけれど、マニキュアを塗った足を曝け出しながら歩くのはあんまり褒められた行動じゃない。
とはいえこれは貴族女性の淑女としての常識で、アルスバニアには夏は薄着でサンダルをはいて生活をしている女性はいっぱいいる。海で遊んでいる女性も多い。
「先日はロクサスとたけのこ掘り、今日はアサリ拾い。リディアは拾うのが好きだな」
「この季節は、採れるものが多いですからね。たけのこは、たけのこ掘り大会がありましたけれど、潮干狩りはとくに大会はないのですよ。春から夏にかけては、市場の傍の砂浜で、皆よく、アサリをとってます。アサリとか、ウニとか、ハマグリとナマコが採れるのですね」
「ナマコ」
「ナマコは食べないです……ナマコ、ツクヨミさんは好きみたいですけど、ベルナール王国ではあんまり食べないです、タコはよく食べますけど」
「あじふらい!」
「イルネスちゃん、食べたことがないものが好きなのですね……ナマコは、調理するのもちょっと苦手なので、今日はアサリです」
「タルトタタン……」
「ファミーヌさん、砂に汚れるのが嫌みたいな顔をしないでください、海、楽しいですよ」
「かぼちゃぷりん」
「エーリスちゃんは私の傍から離れないでくださいね、エーリスちゃんは小さいんですから、波にさらわれたら大変です」
そんなことを言いながら、私は一階に降りた。
バケツと、熊手。お金を持った。砂浜は市場が近いので、お昼ご飯は市場にある露店で何か買って食べようかなって思っている。
ロクサス様とたくさんとってきたタケノコたくさんランチは好評だった。
アサリも冷凍してしまえば長持ちするので、たくさんアサリがとれたらランチメニューはしばらくアサリパスタに、朝ごはんはアサリのお味噌汁にしようと思う。
ロベリアの戸締りをして外に出ると、どうしてかちょうどステファン様がお店の前に立っていた。
「リディア、なんて格好をしているんだ……!」
私はものすごく慌てているステファン様に怒られた。
ステファン様がご自分の肩からかけている多分お忍び用のマントで私の体をぐるぐるに巻いてくるので、私は為すがままになりながら、首を傾げる。
「おはようございます、ステファン様」
「おはよう、リディア。駄目だろう、そんな半分裸みたいな姿で外に出たら。リディアは愛らしいのだから、攫われてしまう」
「半分裸……」
そんなことはないと思う。
ステファン様は貴族の中の貴族、みたいなものだから、足をむき出しにしているだけで裸のように見えてしまうのね、きっと。
「それにこの、足の爪……リディアが不良に……」
「ふりょう……不良品……?」
「違う、そういう意味じゃない。リディアはいつだって俺の大切な可愛いリディアだ。だが、アルスバニアの者たちに少し毒され過ぎではないだろうか。こんなはしたない姿で外に出るなど、俺は心配だ……」
「朝から泣かないでください、ステファン様」
ステファン様、情緒不安定だわ。
爽やかで涼しい初夏の朝に、店先で私を抱きしめて泣き始めるステファン様の背中をぽんぽんしながら、私は困って眉を寄せた。
潮干狩りに行くだけなのに。前途多難かもしれない。
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