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たけのこキング



 焚き火の前でタケノコ掘り参加賞としてオクタヴィアさんがくれたホットココアを飲んでいると、濡れた体が温まった。

 びしょびしょになったお洋服はちょっとひんやりしたけれど、焚き火のおかげでだんだん乾いてきた。

 普段は炎魔石のコンロを使用しているから、あんまり炎を見ることってないのよね。

 ファミーヌさんやイルネスちゃんは、ベンチの上で眠たそうに丸まっている。


「もしよかったら、ここでたけのこの皮を剥いて煮ていくかい? たけのこが煮えるまではかなり時間がかかるし、あく抜きに糠もいるからね。準備してあるんだ。二人とも、服が乾くまではもう少し時間がかかるだろう?」


「いいんですか? 助かります」


「いいよ。鍋とお湯を用意しておくから、皮を剥いておきな。皮はそのへんに山にしておいていいよ。竹林に戻して、土の肥料にするからさ」


「はい!」


 私はオクタヴィアさんのお言葉に甘えることにした。

 たけのこは美味しいのだけれど、下処理が少し手間なのよね。

 皮を剥くとかなりの塵が出るし、塵捨ても結構大変だ。家の裏に畑でもあればそうでもないのかもしれないのだけれど、生憎そんなものはない。

 ロベリアの裏庭は手つかずで、雑草がはえている。

 あれもなんとかしないととは思うけれど、まだ何もしていない。


「ロクサス様、お洋服を乾かしながらたけのこの皮をむきましょう。茹でてから帰ろうと思うのですが、お時間は大丈夫ですか?」


「特に何か急ぐような予定はない。最後までつきあおう」


「ありがとうございます。ロクサス様、タケノコの皮を剥いて、剥いたタケノコをお鍋に入れるのですよ」


 オクタヴィアさんがそれはそれは大きな大鍋を、私たちの前に置いてくれた。「ここを使っていいよ」と言って、簡易テーブルの上にまないたと包丁も準備してくれる。

 私とロクサス様はたけのこがたくさん入った袋から、たけのこを一本ずつ取り出した。


「わぁ、見て下さいロクサス様。すごく大きくて立派ですよ、たけのこ。美味しそうです」


「そ、そうだな……」


「ロクサス様?」


「お前はたけのこを抱きしめるのをやめろ。服に土がつく」


「今更ですよ、ロクサス様。服はびしょびしょですし、泥々です。イルネスちゃんも泥だらけですし、お風呂で綺麗にするから大丈夫ですよ」


「そういう問題ではない」


「い、今、土がつくから駄目だって言ったばかりなのに……」


 よくわからないわ、ロクサス様。

 たけのこを抱きしめていると、圧迫されたらしく、胸の間にいるエーリスちゃんが「ぷりん」とちょっと嫌そうな声をあげた。


「ロクサス様、たけのこの皮はこう、上の方から、この分け目? のあたりから、指を入れてぐいっとすると、剥けるのですね。ほら、見て下さい、ね?」


「分かった、リディア、分かった。お前はどうしてそう……」


「ロクサス、リディアは真面目にたけのこについて話している。落ち着け」


「すまない父上。いや、だが、父上からも注意した方がいい」


「注意? 何を? たけのこの皮をむくなという注意か?」


「駄目なんですか……? 皮を剥かないと、たけのこ煮えません……。あっ、剥くのは固い皮で、柔らかい奥の皮は残していて大丈夫です。皮をむくとついでに汚れも取れますから、やってみましょう、ロクサス様」


「あ、あぁ」


 私とロクサス様は、せっせとたけのこの皮を剥いた。

 たけのこの皮をむくのはそんなに難しくないと思うのだけれど、ロクサス様の剥いたたけのこはところどころ皮を剥きすぎて身がえぐれたり、皮がすごく残っていたりと何故かがたがたになった。

 途中、ロクサス様のあまりにもの不器用ぶりを見かねたのか、商業組合の皆さんが手伝いに来てくれた。

 ある程度剥いて綺麗になったたけのこを、水桶で軽く洗ってお鍋の中にいれる。

 大きいお鍋がすぐにいっぱいになった。

 そこにオクタヴィアさんが、糠ととうがらしを入れてくれた。


「何故その粉、みたいなものを入れるんだ?」


「公爵様は知らないのかい? たけのこはあくが強くてね。糠を入れて煮ないと、えぐみが強くて食べられないんだ。取れたてはあくが少ないとは言うけれど、やっぱりあく抜きはしたほうがいいからね」


「あく、えぐみ……」


「結構手がかかるんですよ、たけのこ。その代わりに美味しいですけれど」


「何故このようなものを食おうと思ったのだろうな」


「どうしてでしょう……それを言ったら、ウニとか、カニとか、タコとかもそうですね」


 商業組合の皆さんが、大きなお鍋を焚き火の火にかけてくれる。

 お鍋が煮えるのを待つ間、私とロクサス様は水場で手を洗ったり汚れた服などをタオルで軽く拭いたりした。

 そういえばロクサス様、眼鏡がない。

 イルネスちゃんを濡れたタオルでごしごしふきながら、私はロクサス様を見上げる。

 眼鏡のないロクサス様は、レイル様に似ている。双子なのでそれはそうなのだけれど。

 やや目つきの悪い金の瞳と、銀の髪。目つきが鋭いせいか、眼鏡がないと余計に黙っているのが少し怖く見える。

 でも、不器用なことに落ち込んだり、山で迷ったりと、手がかかるしどことなく可愛らしい方だと思う。

 商業組合の方々がお世話を焼こうとしてくれる気持ちもよく分かる。

 なんというか――そうね、弟、という感じよね。

 私よりも年上だけれど。


「ロクサス様、眼鏡がないと変な感じですね」


「俺も、やや落ち着かない。あれはただの硝子だがな」


「眼鏡を外した方が、しっかり見えるんですか?」


 じいいいっとロクサス様の金の瞳を覗き込むと、ロクサス様は慌てたように視線をそらした。

 ロクサス様は私から度々視線を逸らすけれど、どうしてなのかしら。

 嫌われているわけではなさそうだけれど。


「あまり、変わらない。……その、リディア、今日は悪かった。俺のせいで川に落ちてしまって」


「ロクサス様のせいじゃないです。それにロクサス様は私の下敷きになりましたし、私の胸が石のように硬かったせいで、ロクサス様鼻を打って鼻血を出しましたから、ごめんなさいというのは私の方で……眼鏡も流されてしまいましたし」


 私は自分の胸を触ってみた。そんなに硬くない。

 ロクサス様に「やめろ」と注意されたので、やめた。そんなに硬くないけれど、やっぱりこう、上からがつんと当たられると痛いわよね。胸の下には骨があるのだし。

 私たちの会話を聞いていたオクタヴィアさんや商業組合の方々が、どうしてかお腹を抱えて笑っている。

 面白かったのかしら。そうよね。たけのこほりに行って川に落ちて、眼鏡が流されるのはなかなかないわよね。

 たけのこのお鍋が、ぐつぐつしている。

 ぐつぐつ。ぼこぼこ。


「あ。ロクサス様、たけのこの時間を奪ってくれたら、たけのこ、早く煮えるんじゃ……」


「それは構わないが、どれぐらいだ?」


「量が多いですから、三時間ぐらいでしょうか?」


「あぁ。了解した」


 ロクサス様は役に立てることが嬉しいみたいにどこか張り切った様子で頷くと、たけのこの鍋に手をかざした。


「奪魂」


 小さく言葉を唱える。

 途端に、お鍋の中のたけのこがくったりした。

 くったりしんなり。少しだけ全体的に小さくなっている。


「何をしたんだい?」


「ロクサス様、時間を奪う魔法が使えるんです。タコもすぐに柔らかくなるんですよ」


「それはすごい!」


 商業組合の方々がザワつきはじめる。

 そしてロクサス様の前に、瞬く間に素早く煮て貰いたいたけのこの鍋たちが運ばれてきた。

 ロクサス様は「仕方あるまい」と言いながら、たけのこの時間を奪ってくれた。

 満更じゃなさそうだった。そして元気そうになってよかった。

 ロクサス様は商業組合の方々に「たけのこ王」と呼ばれるようになった。

 たけのこ王、ロクサス様。

 レイル様に教えてあげよう。きっと喜ぶわね。




お読みくださりありがとうございました!

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