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びしょ濡れ、遭難、パン屑



 ずぶ濡れだわ。

 たけのこを掘りに来てずぶ濡れになる人なんて、私とロクサス様ぐらいではないのかしら。


「……リディア、悪い。濡れた」


「い、いえ、大丈夫です。そんなことよりも帰り道を、どうにかしないと……」


 いつかルシアンさんときのことりに行ったときも遭難――はしなかったけれど、谷底に落ちたのだったわね。

 ルシアンさんはファフニールで空を駆けることができるし、炎魔法で火を起こすこともできるから、きのこを焼いて食べてちょっとしたキャンプみたいで楽しかったけれど。

 私はお料理の魔法は使えるけれど、基本的な属性魔法は使えない。

 シエル様だったら濡れた服も浄化魔法ですぐに綺麗に乾かすことができるけれど。


「俺は、奪魂以外は氷魔法が少し使える程度だ。服の時間を奪えばあるいは乾いた状態にすることはできるかもしれないが、そこまで繊細に魔法を扱うこともできない。服に魔法をかけたら、ぼろぼろに消滅する危険もあるな……」


「服が消滅したら困ります……」


「だろうな」


 ロクサス様が腕を組んで首を振った。

 すごく落ち込んでいるわね、ロクサス様。エーリスちゃんたちが心配そうに私たちを見上げている。

 私は濡れたスカートの裾をぎゅっと絞って、乱れた服をぱぱっと整えた。

 私が落ち込むとロクサス様も更に責任を感じて落ち込んでしまうかもしれない。

 竹林で少し道に迷って、ちょっと川に落ちただけだ。たけのこはいっぱい採れたわけだし、目的は果たしたもの。

 そんなに寒くもないし、服もすぐ乾くし。うん。大丈夫。


「ロクサス様、大丈夫です。きっと帰れますよ、竹林は森と違って平らで開けていますし、崖から落ちたわけじゃないので」


「リディア……」


「落ち込まないでください、大丈夫ですから」


 私はロクサス様の手をぎゅっと握って、その顔を見上げてにっこり笑った。


「……実は、黙っていたのだが、俺はあまり野外活動に向いていない」


 ロクサス様は秘密を打ち明けるように、密やかな声で言った。

 うん。

 知ってる。


「兄上や使用人たちには、一人で山や海や川に行くなと言われていてな。特に意図しているわけではないのだが、大体落ちる。水に」


「そうなのですね……」


 地面はロクサス様の足を掴むし、水はロクサス様を引き込むのね。

 大自然に愛されているわね、ロクサス様。


「そして、特に方向音痴というわけでもないが、迷う。……頼りになる男と思われたかった。だが、駄目だな、俺は」


「ロクサス様は十分頼りになりますよ、大丈夫です。私だって駄目なところ、沢山ありますし……だから、帰り道を探しましょう、ね?」


「ロクサス。君はまだ若い。全てを完璧にこなせる必要はない。完璧なのは私ぐらいだ。私は可愛い」


「そうですね、お父さん」


「あぁ」


 お父さんもロクサス様を励ましてくれる。エーリスちゃんたちもいつもロクサス様のことは威嚇しているけれど、なんとなく元気の無い雰囲気に気づいたのか、ロクサス様の頭の上や肩の上に乗って、その顔をぺたぺたと触っている。


「……子犬や小動物に励まされるとは。俺ともあろうものが」


「ロクサス様ともあろうものが……」


「今、すこし小馬鹿にしなかったか、リディア」


「してません、してません、ちょっと面白いなとか、思ってません……」


 ロクサス様ともあろうものがエーリスちゃんたちに「かぼちゃぷりん!」「タルトタタン……」「あじふらい」とか言われながら、ぺたぺたふわふわされていて、面白いわねとちょっと思ったけれど。

 小馬鹿にはしていない。


「……あ!」


 それにしてもどうしようかと辺りを見渡すと、何故か竹林に大きめの、ハート型のプレッツェルが落ちていた。

 プレッツェル、お塩のつぶつぶがついていて美味しそう。

 竹林に、プレッツェル。どうして。


「かぼちゃぷりん!」


「あっ、エーリスちゃん、食べちゃ駄目ですよ、落ちているものを食べちゃ駄目です……!」


 エーリスちゃんがぴょんぴょんプレッツェルに駆け寄っていくので、私はあとを追いかけた。

 ロクサス様もその後を追いかけてきてくれる。ファミーヌさんを頭に乗せて、イルネスちゃんとお父さんを腕に抱いて、ついでにたけのこが沢山入った袋も持ってくれているので私は身軽だ。

 ロクサス様は力持ちなのでそれだけで十分頼りになる。

 たけのこ、重いし。


「ああ、エーリスちゃん、落ちているものを食べたらお腹が痛くなっちゃうかもしれないですよ……」


「かぼちゃ」


 エーリスちゃんはエーリスちゃんの体よりも大きなプレッツェルをもごもごしている。

 私が注意すると、大丈夫だというようにお腹をそらせた。

 多分大丈夫なのだろうけれど。でも、あんまり拾い食いはよくない。

 一つ目のプレッツェルの先には、大きめのチョコレートマフィンが落ちていた。

 エーリスちゃんがすかさずそれを見つけてぴょんぴょんはねていく。


「……どうしてパンが」


 ロクサス様が訝しげに呟いた。

 私はぽんっと手をうって、口を開く。


「昔、ステファン様に読んで頂いた童話に、出てきました。妹と二人で森の中に捨てられた兄妹のお兄ちゃんが、家に帰ることができるようにパン屑を道に落とすのですよ。それを、鳥が全部食べてしまうのです」


 つまり、エーリスちゃんはパンを食べてしまう鳥。

 パン屑……というか、プレッツェルとチョコレートマフィンと、いちごデニッシュと、シナモンパンと塩クロワッサンは、お兄ちゃんが落としてくれたパン。


「ロクサス様、竹林を抜けましたよ!」


 パンを食べるエーリスちゃんを追いかけると、私たちは無事に竹林を抜けることができた。

 たけのこほり会場で待機してくれていたオクタヴィアさんが、私たちの姿を見て驚いたように目を見開いた。


「二人とも遅かったねぇ……って、どうしてたけのこをほっていたのにびしょ濡れになって帰ってくるんだよ。二人のいた場所だけ、局地的に雨が降ったのかい?」


「川に落ちました」


「川? 竹林に川なんてあったかな……あぁ、あるね。でもかなり奥にいかないと川はないだろう。駄目じゃないか、リディアちゃん。ちゃんと、商業組合の警備員がいるところでたけのこをほらないと……でもまぁ、無事でよかったよ」


 私たちは竹林だって迷うんだから、森を甘く見てはいけないよとオクタヴィアさんに軽く叱られた。

 それから濡れた服を乾かしなさいと、焚き火の前へと連れて行かれたのだった。

 エーリスちゃんはひたすらパンを食べて満腹になったのか、私の胸の間に潜り込んで眠ってしまった。

 ロクサス様はまだ少し落ち込んでいるようだけれど、ともかく無事に帰って来れてよかった。

 それにしても、パン。

 優しいお兄ちゃんが帰り道を教えてくれたパン。

 絶対レイル様だわ。

 きっとロクサス様が遭難しないか心配で見守ってくれていたのね。

 今度会ったらお礼を言おう。



お読みくださりありがとうございました!

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